第9話 4月30日

私は凛さんの運転する車に揺られて海へ向かった。およそ1時間半の道のりを、私と凛さんは歌ったり世間話をしたりして過ごした。目的地付近にたどり着いた時、まだ空が明るかったのでら美術館やら百貨店やらを巡って楽しんだ。凛さんはプラダのバッグを見て、

「プラダに興味はないけどプラダを躊躇なく買えるくらいの収入が欲しい」

と言った。

「年収八百万を超えると幸福度って上がらないらしいですよ」

「そうなの?多ければいいってもんじゃないのね」

「プラダも、躊躇があるからこそ買った時に嬉しいんじゃないですかね」

なるほどね、と凛さんは頷いた。

「背徳感は幸福感を呼ぶのかしら?」

凛さんは意味ありげな笑みを浮かべてこちらを見た。

「この関係のことを言ってます?」

「背徳感なのかな」

「分からないけど、いまとても幸福だなと思いますよ」

「100点満点の答えね。そのうちプラダを買って差し上げる」

凛さん私はプラダなんていりませんよ。ずっと幸福でいられるならそれでいいです。その言葉はなんとなくルール違反な気がして、私は曖昧に笑みを浮かべるにとどめた。凛さんは私の気持ちを知ってか知らずか、目を細めてとても優しい顔をした。

「美味しいご飯も私たちを幸せにするわ」


凛さんが連れていってくれたのは、明石海峡大橋が見える海沿いのレストランだった。テーブルの上に白いクロスがかかっているレストランに家族以外と来たのは初めてだった。

「ここ相当高いんじゃないですか……私そんなに持ち合わせが……」

「大丈夫、この位は私が出せるから」

「えっ、悪いですよ」

「私のわがままに付き合ってくれたお礼だと思って」

私は凛さんのことをわがままだなんて思ってません、私だって楽しんだんだから、凛さん1人のわがままなんかじゃないですよ。凛さんに言えない言葉はどんどん溜まっていく一方で、結局力なく凛さんにお礼を伝えることしか出来なかった。

「こんな高級そうなところ、初めて来た!」

私の落ち込んだ気分を晴らすように、凛さんは快活に言った。

「素敵なところですよね」

昼間の喫茶店とは対照的に、たくさんのお客さんがいた。きっとここにいる人はみんな平成を共に終えて、そして共に令和を迎えるのだろう。新しい時代でも仲良くしましょうね、なんて乾杯をしながら。けれど私たちは。

「外、暗くなってきたね」

「そうですね。海が、すごく綺麗です」

「乾杯をしましょうよ」

「平成に?」

「平成に」

私たちは静かにグラスを合わせた。

「食べ終わったら、海に行きましょう」

「そのころにはきっと真っ暗ですね」

「いい時間だと思うわ」

とても美味しい料理だったのだろうが、私には味がわからなかった。気がついたら料理は全部無くなっていて、凛さんがそろそろ行きましょうと言って腰を上げていた。

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