第8話 4月30日

凛さんと私は二人でゆっくりナポリタンを頬張った。無口なマスターが新聞をめくる音と、なんとなく黙り込んだ私と凛さんの咀嚼音だけが聞こえていた。私が「おいしいですね」なんて言って凛さんがそれに「良かった」と返したり、マスターがたまにちらっとこっちを見たり、それ以外は特に何も無い穏やかな(ひょっとしたら気まずい)時間だった。私と凛さんがナポリタンを食べ終わった頃、マスターはよく冷えたアイスコーヒーを出してくれた。凛さん曰くマスターこだわりのアイスコーヒーらしいが、喋らないマスターがこだわりを口にするはずもないので恐らく凛さんの勝手な思い込みだろう。

「みのりってブラックコーヒー飲めるんだね」

「飲めますよ、そういう凛さんはだいぶ甘くするんですね」

凛さんのコップの周りにはガムシロとコーヒーフレッシュの残骸が大量に転がっている。コーヒーというよりほとんどカフェオレだった。

「苦いのは苦手」

こだわりのコーヒーをカフェオレにされたマスターは全く意に介する様子もなく微笑んでいる。

「なんか凛さんらしいですね」

「らしいって何よ」

凛さんは私のことを小突いてククッと笑った。私も笑った。マスターも笑っていた。結局私達はアイスコーヒーの氷が溶けきるまでその喫茶店にいたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る