第4話 どんな音が好き?

 朝、起きると目の前がチカチカした。

 きらきらした粒子が雪のように辺りに舞って、その中に微かに発行する小さなひまわりが、いくつも浮かんでいた。

「ほわぁ……きれいッ」

 この音はどこから来ているのだろう。ベッドを出てから、ここが自宅ではなく六連むつら家が所有する日本家屋風の別荘であることに気づいた。寝間着のまま、智絵ちえは部屋を飛び出した。

「あ、おはよう智絵」

 流歌るかがキッチンで珈琲を淹れていた。コポコポ、という音が温かいオレンジ色の珠になって、智絵の前まで漂ってきた。残念だけどこの音ではない。

「流歌お姉ちゃんおはよ……いつも早いね?」

真夢まゆ里桜りおの方が早いよ? またカブトムシ取りに行ったからね」

 六連家には智絵を含めて六人姉妹がいる。上から、流歌るか美紅みく莉愛りあ真夢まゆ里桜りお、そして智絵ちえ。みんな何かしら楽器を愛用している。その音は他の人が演奏する音と違って、彼女たち独特の色が混じるのだ。

「智絵はカフェオレでいいかな?」

「うん……」

「どうかした? またなにか音が見えているのかしら?」

「そ、そうなのッ!」

「はいはい、慌てないでいいから」

 流歌はのんびりしているようで、的確なところをついてくる。みんなのことをよく見ている。少し温めたカフェオレを智絵の前に置いて、なにが見えているのか聞いてきた。

「あのねっ、金色にきらきらしてて、花びらが見えるの! ひまわりみたいなお花なのっ!」

「へぇ、ひまわり。夏らしくてなんだかいいわねぇ」

「お姉ちゃんたちも見えたらいいのに」

 音に色がついて見えるようになったのは、いつだったかよく覚えていない。俗に言う【サウンド・カラー共感覚】だ。でも、綺麗だったから良しとした。それに、いろんな形が出てくる。カラフルな音符やハートは、いつも智絵の周りをくるくると回って周りを明るくした。たまにウサギだったり、猫だったりが跳んだり跳ねたりしている。

 キッチンにカップを置いて、またくるくると家の中を回る。きらり、とまたどこかから音が聞こえた。

 ふわっと金色の花弁が風に吹かれていた。風が吹いている方に視線を向けると、音の正体にようやくたどり着いた。

 縁側につり下げられている風鈴だ。風で揺れる度に、そこから金色の粒子とひまわりの花弁がちらちらと降ってくる。それが風に乗って、辺りに散っているのだ。

「キミだったのね?」

 ひまわりの絵柄の、艶やかな風鈴はまた「ちりり」と鳴らして「おはよう」と言っているみたいに花弁を散らした。

「ふふっ、おはよっ」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 夜になって、今度は金魚が泳いでいた。赤と白の綺麗な尾ひれが、真夢と里桜と一緒にテレビを見ていた智絵の目の前を、ふんわりと遮った。それを目で追っていると、真夢が「また何か見えた~?」と頭を撫でてくる。

「金魚が見えたの」

 すると里桜が「またそりゃ珍しいものが見えたもんだねぇ」と夏用のカーペットの上に、まるで猫みたいにごろんと寝転がった。

 もしやとその金魚の後を追ってみると、案の定、あの風鈴が吊ってあるところに戻っていった。

 金魚の絵柄の風鈴が、ちりり、と鳴った。その度に風鈴から小さな金魚が ぽんっ と出てきて泳ぎ始めるのだ。

「ちーえー」と流歌の呼ぶ声が聞こえた。

「智絵~、お茶にしよ~」

「あ、はーいっ」

 金魚が目の前をまたひらりと翻って、風鈴を出たり入ったりしていた。

「ふふっ、金魚さんおやすみ」

 



 六連むつら 智絵ちえ

 終わりと始まりのグラスグリーティング

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る