第31話 決戦 3
「ふん、所詮下級のモノどもよな。陰陽師が相手とはいえ拍手一撃で祓われるとは」
倒れている社員さんたちを傍らに運んで寝かせている私たちの前に、いつのまにかあの講師狐が現れた。
「負け惜しみか。まだ、手駒があるなら出してみろよ」
「では遠慮なく」
狐面がスッと片手をあげる。
すると、ズオン、ズオンという音とともに、いきなり下から壁が次々生えてくる。
気が付くと、さっきまで最上階フロアにいたはずなのに、今は天井がなく、壁に囲まれた通路の途中のような場所に私はいた。
上を見上げると、青い空。さっきまでの照明のついた天井はもうそこにはない。
「た、大牙ッ!」
呼びかけてみるけど返事がない。
左右をもう一度見まわしてみる。
通路、白い壁、白い壁、通路。うん、間違いないこれ多分――迷路。
大牙も、貴子さんも、政さんもいない――孤独。
寂しいんですけど……。
大牙、守ってくれるんじゃなかったの!?
あの狐さん、追いつめられると何するかわかんない系なのに挑発してどうすんのよ。
大牙の方が思ったことそのまま口にしてるじゃない。
文句を言っていても始まらないので私は歩き出す。
おそらくこれはあの狐が術か何かで作った世界。
迷路を模してるみたいだから解いちゃえば脱出できるはず。
だと思う。なんとなく。
迷路といえば左沿いにいけば必ずクリアできるじゃないですか、楽勝!
と思っていたんだけど……
「ええええ、またここ?」
同じところに出てきてしまった。これはさっきも通った場所。
手持ちの道具でつけてた目印があるから間違いない。
となると……どうしよう。
ひょっとして私、迷路の脱出できないとこに落とされているってオチ?
マズい、マズすぎる。
でも、もうこれでぐるりと三回目。その可能性を捨てきれない私がいる。
こういうときは……。
私は、通路の壁に背をつけて体育すわり。
このスカートの丈だと見えちゃいそうだけど、誰もいないから気にしない。
うーん、ゲームの世界の時はこれで落ち着いた気がするんだけど、やっぱりひとりだと変わらないのかも。紀藤さんがここにいてくれたら……いやいや弱音になっちゃダメ。よく考えてみよう。
今度は右沿いに歩いてみたらどうかな?
でも、出口のないところだったら無理か。
出口、本当にないのかな。
あの狐さん、私や会社の人に鬼を憑依させたり、サーバ室を付喪神にしちゃったり狐のくせに意地悪すぎるよ。どうしてコンコンでモフモフじゃないの?
キュウ……
そう、こんな感じに鳴いてるの。
キュウ……
手に乗るくらいの大きさで~おいで~
キュウ……
わあ、くすぐったいよ、ほっぺなめられた~
キュウ……
すべすべふさふさ、ああもう撫でてるだけで幸せ
幸せ
幸せ
キュウ?
あれ!?
私は自分の手のひらにのる、ふさふさな動物をじっと見る。
ぴっと耳がふたつ立ってる。つぶらな瞳。
向こうもこっちをじっと見てくる。
うん、間違いないよ。
「コン太~~~」
すりすりすりすり、若干キュウキュウ抵抗してる感じもしなくもないけど、もうお姉さんは君を離さないよ~。
掃き溜めに鶴? 地獄に仏? こういうの何て言うんだっけ、もういいや。
迷路にコン太、これで決定!
「ありがとうコン太。私コン太分、接種完了できたよ!」
元気になる私。
ようやく私に地面に降してもらえたコン太は逆にふらふらしてるけど。
あれはきっと私の霊力吸い過ぎたのよね、そういうことにしておこう。
キュウキュウ
足元のコン太が鳴いて、タタタッと駆ける。
そして少し離れたところで立ち止まり、私の方を振り返る。
「ついて来いってこと?」
キュウ
首を縦に振られた……多分これ頷きサインだよね? きっとそうだ。
私はコン太の後を追いかける。
そしてしばらくした後、コン太は行き止まりの壁のところで立ち止まった。
壁の方を見て、キュウキュウ鳴くコン太。
「コン太? ここ行き止まりよ? えっ!?」
コン太の姿が消えていた。
もしかしてこの壁……
私は恐る恐る手を伸ばし、壁に触れようとする。
感触がない。
私の手は傍目には手首から先は壁に埋まってるかのように見えるが、その手先には空気を感じる。これは……
ええいっ! と目をつむり、そのまま前に一歩踏み出す。
痛くない、抵抗なし、すりぬけられました。
私は目を開ける。
「あれ……ここは……」
さっきまでの青空迷路な風景が一転。
やや薄暗い照明に照らされて見えるのは、黒板、閉められたカーテン、後ろのロッカー、整然と並んだ机と椅子。
学校の、教室だった。
「ほほほ、そなたの苦手な場所は学び舎か」
あの嫌な声。
教卓のところにいるのは、もちろん講師狐。
この言い方……ここに来させたのは私への嫌がらせなの!?
「大きなお世話よ! それより迷路ちゃんとクリアしたんだから外に出してよ」
「おや、そんな約束はした覚えがないがの」
「何ですってー、そんなこというならこっちは容赦しないわよ」
「おや、どう容赦しないのかの」
「あなた屋上や、サーバルームで私たちに負けて逃げたの忘れてない?」
「そなたの強気、白虎がおればであろう。今はその頼みの守護者はおらぬぞ」
「くっ……」
「わらわが直接手を下すまでもない、こやつで十分じゃ」
ひょいと上がった狐の左手には、小さな生き物。
首根っこをつかまれ、弱弱しくぶら下がっているあの子は……
「コン太!」
そう、まぎれもなくコン太。
さっきまで私の先を元気よく走って導いてくれたコン太。
「ちょっと離しなさいよ。コン太は私のよ!」
「おかしなことをいうやつよの、たかが
「くっ」
狐が右てのひらをこっちに広げた途端、教室に突如として巻き起こるつむじ風。
私は思わず両手で顔面をかばう。
あれ……痛くない? 攻撃じゃなかったのかな。
そんなことを考えながら、両手を下げた私は、自分が置かれている現実がさらに過酷なものになったことを認識する。
講師狐の姿は消えている。それはいい。
その代わりに目の前で倒れた教卓の上に何かがのってる。
四つ足で、人くらいの大きさのある全身真っ黒な獣。
威嚇するようにグルルルと低いうなり声。
一見犬のようにも狼のようにも見える。
明らかに私に敵意を向けていることだけはよくわかる。
そしていきなり、こちらにとびかかってきた。
私は何とか横に飛び、かわすことに成功。
獣が勢いでぶつかって後ろの方の机がガタガタと連鎖で倒れる。
ゲーム世界で鍛えられた甲斐はあったのかな、ってそんなこと考えてる場合じゃなかった。
黒い化け物は倒れた机から頭を離し首を振って起き上がる。
そして再びこちらにむかって飛びかかってくる。
またも必死で避ける私。
今度もかわすことに成功し、再び机がいくつか倒れる音がした。
うん、これ絶対あのゲームの成果出てる。相手の動き、良く見えてる、私。
獣の様子を見ると、二度も失敗したせいか、グルルルとうなったまま、向こうもこちらの様子をうかがっているようだ。
そんなに見つめられても困る。モフモフした可愛い動物ならともかく……あれ?
消えた講師狐、一緒にいたあの子、もしかして。
「まさか……お前はコン太!?」
『ほほほほ、勘の悪いそなたでもわかるものよの。可愛がっておった狐になぶられるのを楽しむがよいぞ』
どこからか狐面の声。左右を見回しても見当たらない。
そうか、ここはあいつの空間だからか。
だとすると、あの黒い獣はコン太で確定。
……どうしよう。
そんな私の迷いを感じ取ったのだろうか、あの獣が三度とびかかってきた。
考え事をしていた私の反応は、遅かった。
ズダーンと周りの机が椅子と共に勢いよく倒れる音。
私はしたたかに背中を打つ、痛い。
しまった……
私の両腕は、黒い獣の前足に組み敷かれていた。
黒い獣の顔が私の顔の前に……これ、絶体絶命!?
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