第30話 決戦 2

「あーもうめんどくさい。ガラスぶち破っちまえばよかった」


「あんたねー、この会社の人が後始末に困るでしょ」


 式神二人が言い合いしてる。

 そして、こんなときも傍らの政さんは笑みを絶やしていない。

 さすがというべきなのか、心配してあげるべきなのか、ちょっと悩ましい。


 正面玄関から入ろうとした私たちは出鼻をくじかれた。

 自動ドアがロックされて完全に閉まっている。開かない。


 お客様向けだと思うのだが、わざわざ丁寧に立て看板に書いてあった。

 『夜間は非常出入口から』


 式神と陰陽師と囮役という世間にあまり存在しない職業の私たちだけど建物の決まりには従わなければならない。建物をぐるりと回り、警備員さんのいる出入り口を見つける。きっとここだ。


 どうしよう、新入社員のカードを持ってるの、私と大牙だけなんだけど。


 今回も私の心配は杞憂だった。

 貴子さんが右手を頭の上でぐるりと回す、私たちの周りに光の雨が降る。


「これで大丈夫だ、晴子遅れんなよ」


 四人で固まって警備員さんの前を素通り。

 私たちの存在が全く見えてないみたいだ。

 どうしてもやってみたくて、警備員さんの真ん前で手をフリフリして、大牙に怒られた。ゴツン。


「痛いよ、大牙~」


「遅れんなって言っただろうが、術が破れちまうだろうが」


「ごめんなさい」


 そうだった、これから討ち入りなんだ。遊んでちゃいけない。

 セキュリティチェック無しに正に自動で開いた自動ドアに慌てて駆け込む私だった。


 ビルの中に入ったところで、大牙と貴子さんが周囲の探索を始める。


「このフロアには迷い神の気配はないわね」


「上に集めてんのかもな。本陣の守りを固めるために。そんな気配が上からするし」


「ねーねー大牙、そういえばこれからどこに乗り込むの?」


「晴子には話してなかったっけか、最上階だ」


 最上階、確かに探索してなかった気がする。なんでだろう……

 ああ、そうか!


「役員室のあるとこ!?」


「そうだ。これだけ他のフロアを探して、つぶして、まだ残ってるっていうんだから、まだ見てもない最上階の役員室エリアに何かあるって考えるのが自然だ」


「でも、高橋さん最上階は行っちゃいけないって言ってなかった?」


「お前なあ、すっかりこの会社に勤めてる人だな」


「えへへ」


「えへへじゃない、自分がハルズガーデンだってことを思い出せ」



 大牙には怒られてしまったけれど、数日居ただけのこの場所が、自分には何だかとても慣れ親しんだ場所になってしまっている。


 どう考えても自分は仕事なんてかけらもしていないのに。


 会社って未だにどういうところなのか、ここにいる人々が実際にどんな仕事をしているのかわからないままだけど、一つ言えることがある。


 この会社のことを思い出すとき、私は人の顔を思い出す。

 高橋さん、立花さん、白井さん、町田さん、紀藤さん……


 そしてその人達と話してたことを思い出す。

 皆それぞれ性格は違うし、考え方だって違うけど、どことなく雰囲気みたいなのが同じな気がした。誠実っていうのかな。私に嘘をつくような人はいなかった。


 自分が中学生であることを憚らず言わせてもらうと、これが会社そのものなんじゃないかって私は思うんだ。そしてそれは私の居場所になっていた。


 居場所って言うと、学校とか会社とか建物のイメージがどうしてもあるけど、そうじゃない。居場所って人なんだ。人が居るところ。人のつながり。


 それが中学校の屋上で私が独りだった理由、大牙と出会ってから自分の中の何かが変わったと思えた理由。


 こう思えてスッキリしたから、私は本当にこの会社に来れてよかったと思う。

 だから、この会社で知り合えた皆のために、迷い神の源を断つ!



「晴子~お前人の話聞いてるか~?」


「聞いてるよっ!」


「おっし、じゃあ行くか最上階」


「でもどうやっていくの? エレベータ、それとも階段? 私足が疲れちゃうかもだからエレベータがいいかなーなんて思っちゃったりするよ」


「お前やっぱり話聞いてないじゃねーかよ」


「おやおや、これは事件ですな、私のあずかり知らぬところで一体何が……痛い痛い痛いよ大牙~」


 頭の両側からグーでぐりぐり。これ痛いから本当にやめてほしい。

 バカになったら責任とってお嫁さんにもらってもらうからね。まったく。

 ……そんなこと口には出せないけど。


「ここからは戦いになる。本当気を付けてくれ。でないとお前を守れない」


「はい……」


 いつもの軽口の時と違う大牙の真剣な目に、私はふざけたことを言ったのを後悔し、そして反省した。


「天乙のワープで一気に飛ぶ。但し、さっき言ったように最上階には迷い神が集まってるはずだ。俺の近く、離れんなよ」


「うん」


 皆で貴子さんの周りに集まる。


「晴子ちゃん私の体触っておいてね。大牙、変なとこ触ったら消すわよ」


 殴るとか殺すとかじゃなくて消す、という単語が貴子さんの天乙の恐ろしさを表してると思う。


「俺も命はまだ惜しい。そんなことしねえよ」


 とても式神さんと思えないセリフを吐く大牙。可哀そうだから私からすりすりしてあげよ。


 しかし、貴子さんのワープは初めての経験。ちょっとじゃなくワクワクする。

 おや、そういえば……


「貴子さん、どうして外からワープしなかったんですか?」


「おいおい、これから飛ぶってときにお前は今更何を聞いてるんだよ」


「いいじゃない、大牙。晴子ちゃん、闇雲にワープするのは危険だからよ。今回は、もう最上階に敵がいることがわかってるから、あえて飛ぶの」


「それって違うんですか?」


「敵がいるかいないかわからないで飛ぶのと、敵がいるってわかってて飛ぶのは全然違うわ。状況に流されるのと状況を作るのは違うでしょ、ねっ」


「状況を作る……?」


「奇襲ってことだ」


「ありがと、大牙、貴子さん。私分かった」


「よし、じゃあ今度こそ、最上階直通でいくわよっ!」


 周りの空間がぐにゃりと歪む。

 そして、歪みが戻ったとき、私たちは最上階に到着していた。


 なぜわかったかは二点。

 ひとつは照明に照らされた床の色が他のフロアと違う。

 もうひとつは言わなくてもわかるだろう。

 周囲を敵に囲まれてるっ!

 

「天乙、本気出すな」


「こ、これは……了解」


 私と政さんを守るように囲む二人の妙な物言いの理由は私にもすぐにわかった。

 今私たちを囲んでいるのは、スーツ姿の狐面。

 おそらく狐に操られている社員さん達だ。


 白虎と天乙の攻撃では、彼らを傷つけてしまいかねない。


 大牙はあの光の剣を手にしていた。

 あの剣ならば、と思いはするけれど、敵の数が多すぎる気がする。 


 何人いるのだろう。

 役員フロアなのに、私たちの周りだけまるで満員電車みたいな人込みだ。

 今のところはこちらの出方をうかがっているようだけど、こんな人数に一斉にとびかかってこられたらと思うと、背筋が寒くなる。

 包囲の輪は徐々に縮まっている。


 あれ、頭をなでられた?


「政さん……?」


「主?」


 政さんは、すっと両手を目の高さにあげる、そして手のひらを広げると、いきなり打ち付けた。


 パンッ。


 光の輪が見えた。

 それは波のようにうねりをもって狐面の群れに広がってゆく。


 ドタドタ音がしたかと思うと、次の瞬間には、周りの人影は全て倒れていた。

 そして彼らの顔にはもう狐の面は無かった。


「ハハッ、さすが主だ」


「凄い……ただの拍手なのに……」


「お前も神社で神様にお祈りするとき、拍手たたくだろ。拍手っていうのは神を呼び出したり、邪気を祓うことができるんだよ」


「な、なるほど」


 見上げると、政さんの顔はいつもと変わらぬ微笑みをたたえていた。

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