第29話 決戦 1
「大牙~お腹すいた~、あとお風呂入りたい~」
「ぜーたくゆーな、静かにしてろ」
ゲーム世界で三時間ほど労働し、大牙に救出された後も解放された行方不明者さんの手当てを手伝ったりと甲斐甲斐しく働いていた私。そのせいで、今日はご飯というご飯を全然食べられていないというのに。いい子の私に大牙は冷たかった。
「えー、ここどうせ今私たちしかいないみたいだからいいじゃない」
「俺が嫌なんだよ」
「うー、大牙冷たい。ツンドラ気候」
「ツンドラでも南極でも絶対零度でも何でもいい」
「じゃあ、にゃあにゃあ」
「にゃあにゃあゆーな、だから俺は猫じゃねえ! 全くお前は今どこにいるのかわかってんのか?」
わかってる、わかりすぎている。
目の前にあるのは鉄格子。どう見ても鉄格子。
別々に入れられてるから大牙の声は聞こえるけど、姿は見えない。
本当は心細くてたまらない。だからついつい大牙の声が聞きたくて話しかけてしまうのだ。
ここは警察署の留置所。
どうしてこんなところにいるのかというと……。
「お前たちだな、人質をとってサーバルームに立てこもっていた犯人というのは」
うちの父親くらいの年恰好の、スーツを着たオジサン。
その後ろには、警察の服を着た人、いや普通に警察官でいいか、が何人かいる?
あれ、私と大牙のこと指さしてる。犯人って言ってる?
もしかして、もしかしなくても、この人刑事さん!?
「何言ってるんだよ、おっさん」
「そーですそーです。私どっちかっていうと被害者ですよ」
「証拠もあがってる。証人もいる、申し開きはできんぞ」
「ええっ!?」
刑事さんが手に持つタブレットには、サーバルームの扉を開けて銃を構える私と大牙が映ってる。うん、どう見ても私たちに見える。
絵になってるな、あの二人何か格好いい。私たちじゃないみたいだ。
「そんな写真、合成でいくらでもつくれるだろうが」
「写真だけならそうだが、証人もいるんでな」
「何ッ!?」
「医務室に運び込まれた社員が皆口をそろえて言ってたんだ犯人の外見を。それにお前たちはぴったりだということさ」
「くっ、狐か……」
大牙の言いたいこと何となくわかった。
これ、多分あの狐の仕業なんだ。
操るの得意だから。とくに心身弱ってる人なんて格好の獲物かも。
化けるのも得意だから、私たちの写真も、コンコンって感じで一丁上がり。
「大牙、どうしよう……」
「どうしようもない。罪のない警察の皆さんを傷つけるわけにはいかん。とりあえず捕まっとけ」
「はーい……」
生まれて初めて手錠をかけられて、上着を頭にかぶせられた。
急な事件のせいか、出入り口でパシャパシャカメラで撮られることとかはなかったけれど、これで自分は前科者というやつになるのかと思うと関係なくショック、大ショック。
そして窓のない車に揺られて連れてこられたのがこの場所だったのだ。
夜が更けてきた。
大牙はさっきから静かになっちゃって何も言ってくれない。
必死に話しかけて頑張ってた私も、何だか疲れちゃって無口に。
本当、どうなっちゃうんだろう。
私のおウチの方は、式神さんが胡麻化していてくれるだろうか。
どうせ父は、酔っぱらってると思うから、中身が私じゃなくても気づかれないとは思うけど。
そう考えると、私なんてやっぱりこの世にいなくていい存在なのかな。
べつに中学校に行きたいってこともないし、このまま刑務所に行ったって、私の人生変わらないのかも。
自分でもわかる、私の思考がどんどんマイナス方向へ加速してゆく。
でも止められない。
そんな時だった。
「ここが留置所ね。男子ならそんなに悪くなさそうだけど、女の子にはつらいかも」
鉄格子の向こうから聞きなれた声、首をかしげると揺れるツインテール。
「貴子さん!」
「ごめんね遅くなって、迎えに来たわよ、主と一緒に」
手で指し示す先には、政さんの姿。
「遅いですよーうわーん」
私はただ泣くことしかできなかった。
鉄格子から出してもらい、あやしてもらってようやく落ち着く。
気が付くと、政さんの隣には既に大牙の姿があった。
「あんた別に力使って逃げてもよかったのに。不器用ね、大牙」
「俺が逃げたら晴子が一人になっちまうだろ、守ってやるって言っちまったからさ。それに力つかってないわけじゃない、こうして牢屋も隣にしたしな」
「大牙~」
私はもう思いを抑えられなかった。
「うわっ、ちょっと晴子。抱き着くな、そして涙と鼻水を俺のスーツにすりつけんな」
「だってだって、うわーん」
私が落ち着くまでにまた少しの時間を要したのは言うまでもない。
「ところで、これ、警察さんの許可とかとってるんですか?」
「とってるわけねーだろ、晴子」
「ええっ、じゃあ、私たち逃亡になっちゃうんじゃ」
「人ならざる者により罪に陥れられたのだから、人ならざる力で解放されても問題ないわよ。そもそも悪いことなんて何もしてないでしょ、晴子ちゃんは」
「それはそうですけど」
「心配すんな、主にまかせとけば大丈夫だ」
「政さん……?」
見上げる私に、政さんはこの時もやさしく微笑んでくれた。
それから私たちは、警察署を後にした。すれ違う警察官は一人や二人ではなかったけれど、誰にも止められることも、不審な目で見られることもなかった。
これが多分さっき大牙が言っていた政さんの力によるものなのだろう。
駐車場に止めてあった車に乗る私たち。
貴子さんからメロンパンとペットボトルのジュースを支給され、私はようやく一息ついた。
「これからどうするの?」
「どうするもこうするも、夜襲だ夜襲。あの会社の害悪を今度こそ完全に取り除くぞ」
政さんの運転でしばらく車に揺られ、たどり着いたのは、もちろん
夜だからか玄関の明かりが消えている。フロアの電気もついているところとついていないところがあるのが外から見てもわかる。
「あの時よりも瘴気が増えてやがるな……」
「これは中に色々いそうな感じね」
大牙と貴子さんがうなってる。私には全くわからないけれど、この二人の様子を見るに、相当な濃さの瘴気なのだろう。
しかしこのビルどうしてそんなに澱みが溜まりやすくなっているのか、本当に理解できない。中に澱み発生装置でもあるのかな?
「どうするの大牙、時間をくれれば、周囲に大結界を敷いてビルごと浄化できなくもないとは思うけれど」
「邪魔される可能性もあるし、俺の性にあわない。正面から行って、澱みの原因を直接排除する」
大牙らしいセリフ。こういうときの彼は有言実行。今までやり遂げなかったことなんてない。
でも、この言い方。本当に澱みを発生させているものがあるみたいだ。
結構会社中見まわったと思うんだけど、まだ見てないところがあったのかな。
「わかった。私は主を守るから。大牙、あんたは晴子ちゃんをお願いね」
「言われなくてもわかってる。晴子、今度こそ俺から離れんなよ! おい、晴子? 聞いてんのか!?」
「うん、わかってるんだけど、大牙……私にあの武器貸してくれない?」
「あの武器って
私は頷く。
そう、八握剣。
大牙が剣鬼と戦った時に使っていたあの剣であれば。
「私ね、迷い神が作ったゲームの世界で敵と戦ってたの。その時使ってた武器によく似てるから。私でも扱えるかなって、その……」
「ダメだダメだ。お前は俺にとって護衛の対象だ。それが自分で戦うということは俺への侮辱だってことわからないのか」
この大牙の気持ちがわからない私じゃない。
今までどれだけ囮として守られてきたことか。
私を守るのが彼にとって誇りであるなんて、とっても嬉しいこと。
でも……それでも
「あのね、仕事ってひとりでするもんじゃないんだって。今から私たち一緒になってあのビルで戦うんだよね。だったら私もハルズガーデンの一員として戦いたい。別に前に出て剣を振りたいわけじゃないの。大牙の足手まといにならない、自分を守る力が欲しいだけ、ダメ?」
「……お前」
「負けを認めなさいな大牙。晴子ちゃんはあんたに全力で戦ってほしいって言ってるのよ」
「だけど、八握剣は借り物だし、それにあれは普通、人じゃ扱えないし」
「仕方ないわね。晴子ちゃん、無茶はしないって約束できるなら、私の護身用貸したげる」
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