第28話 会社は戦場 9

 ガシン、ガシンという音が地面に響く、揺れる。

 あの巨大ロボットが至近距離にいる証だ。

 徐々に音と振動が大きくなってる。近づいてきている。


 正直怖い、怖すぎる。

 でも、もう迷わない。


 私をここにたどり着かせるために、囮になってくれた町田さん、紀藤さん。

 彼らの想いを無にするわけにはいかない。

 普段自分が囮な分、頑張らなくちゃ。


 その前に犠牲になった白井さんだって、きっとどこかで見守っていてくれると信じてる。

 私たちはチーム。

 今は一人だけど、一人じゃない、みんなの想いを私が背負ってるんだ。



 ギュインギュインとあの嫌な音がした。

 目の前の金属柱の陰から巨大なカメラと砲塔がのぞいている。

 私の姿は完全に捕らえられた。

 まもなくやつは全身を表す。

 こちらに向けた砲身が震えている、攻撃が来る!

 

 私は、両手で例の武器を握りしめる。

 そして叫ぶ。


「発動せよ、アメノハバキリ!」


 手に持つ柄の先端から光の剣が形成される。

 それとともに私の周囲に光の壁が表れた。

 私を襲った砲弾は全てその光の壁に止められ、爆発することもなくそのまま消える。


「よーし、これならいける、いけちゃうぞ」


 私に与えられた最終決戦用の武器は、剣だった。

 なので、あの時私も紀藤さんも使えないと思ってしまったのだ。説明も読まず。

 

 考えてみよう、敵は飛び道具で攻撃してくる。剣では近づかないと攻撃できない。どう考えても近づく前にやられてしまう。


 けれど、さすが最終決戦用。説明書にはこう書いてあった。



 霊力により構成される光の剣

 周りに光の壁バリアを展開し、一定時間全ての攻撃を防ぐ。

 その性質上、持ち主の霊力により、攻撃力が上下する。



 最後の一行とか、何という私のためにあるような武器。私のために作られた武器としか思えない。霊力なら有り余ってるからね、私は。


 ここに出てる数字が光の壁バリアの残り時間かな。どんどん減ってる。ちょっと急ごう。

 私は剣を両手に敵に向かって駆け出す。


 次々と砲弾が私を襲うが、周りの壁がはじいてくれる。避ける必要もない。

 それでもやっぱり怖い、怖いけど怖くない!



 よし、ここまで近づけば、いけるんじゃないかな。

 敵の足元にたどり着いた私は剣を掲げて気合を込めた。


「くらえーっ。霊力全開!」


 私の手元から畳一畳分くらいあるんじゃないかという太さの光が立ち上る。

 光は過たず、足の上についてるロボットの胴体を貫いていた。

 ロボットは、しばらく抵抗するように揺れていたが、やがて静かになる。

 そして、光の雫となって消えていった。



「やったー、あれ、あれれ?」


 喜ぶ私の周囲の空間がぐにゃりと歪んでゆく。



 そして気が付くと私は、私の背丈よりも少し高いくらいの金属の箱がいくつも立ち並ぶ薄暗い部屋の中にいた。


 箱の一方はガラスで中が見えるようになっている。

 その中には機械みたいなのが重なって並んでいて、赤黄緑の光が点滅してピーピー言っている。あれはコンピュータ?


 ふと自分の姿を見ると服装も元のスーツ姿に戻っていた。

 いきなり変わる状況に頭がついていけない。

 ここは、どこなのだろう?



「ここにたどり着いたものがおるというから来てみたが、そなたであったとはな」


 聞いたことのある声。

 私が声のした方を見ると、そこにはあの講師狐がいた。


「だが飛んで火にいる夏の虫。頼みの綱の白虎はおらぬ。今度こそ、そなたの体いただこう」


「あなたの好きにはさせないわ!」


「ふん、相変わらず威勢だけは良いことよの。いいことを教えてやろう、ここはコンピュータに取り憑いた付喪神の腹の中ぞ、鉄壁のファイアウォールに守られておるから、外から白虎が助けに来ることはない」


 なんと、コンピュータが迷い神になっていたとは。

 これであのゲームの世界にも納得できる。できるけれど、だから何だというのか。


「何言ってるのよ。私がここにこうしているじゃない」


「付喪神の滋養のために、人間を取り込み霊力を奪うことは許可しておる。そなたは霊力の質も量も良いからの、都合の良い餌だったというわけよ」


「くっ……」


 結局私は迷い神の餌に過ぎないのか。悲しくなった私は肩を落とす。


「フフフ、余裕が無くなっておるな。その表情が見たかったのよ。では追い込むとしようかの」


 狐面がくるりと手を回すと、私の目の前に、剣を持った鬼が現れる。

 私に取り憑いて、大牙を襲わせた、あの鬼だ。


「剣鬼よ、あの娘に取り憑くが良い」


 鬼は頷くと、私に向かってじりじり迫ってくる。

 その時だった――



 キュンキュン



 私と、鬼の間に立ちふさがる小さな影。

 警戒したのか、鬼がぴたりと動きを止める。


「コン太、コン太じゃない」


 キューン、と私の方を向き、可愛くお返事。


「な、何? どうして管狐くだきつねがここにおる? むっ」


 講師狐が混乱していたその最中、部屋の中の明かりがいきなり消えて、辺りが闇につつまれた。


 次いでバン、ドゴッと大きな音がして、私の近くの空間に穴が開き、そこから光が差す。


「晴子ー無事かっ!?」


「大牙!」


 光とともに現れたのは懐かしい顔。私の白虎様。

 

「心配させやがって。だから俺から離れんなって言ってただろ」


「大牙、ごめん。それは後で謝るから、あの狐面を」


「狐面? どこにいるんだ?」


「えっ?」


 部屋の中、暗闇に目を凝らし、耳をそばだててみたけれど、もうそこにはあの狐の姿は無かった。剣鬼も、そしてコン太の姿も。





「派手にやったわね、西野君」


 大牙が第二サーバルームの壁に空けた穴を見て、ため息をつく立花さん。


「このコンピュータルーム自体が付喪神になってたからな、止むをえなかったんだ」


 付喪神というのは物につく神。普通は年代物どころでない数百年を経た掛け軸とか刀剣に宿る迷い神なのだそうだが、今回はなんとそれがコンピュータルーム全体に憑いていたのだという。全くあり得ないことで大牙にも理由がわからないとのこと。


 私がゲーム世界に取り込まれた後、大牙が私の霊力が途絶えた辺りを捜索中にコン太を見つけて追いかけて、この第二サーバルームにたどり着いたらしい。

 しかし、取り憑いている付喪神が強力で、普通の攻撃は寄せ付けず、大牙も中に取り込まれている私たちのことも考えて白虎全開というわけにはいかなかった。


 やむを得ず、彼はコンピュータ付喪神の動力源となっていた電気を遮断、つまり電源ケーブルを切断し、相手が動けなくなったところでとどめを刺した。あの暗くなった瞬間はその停電によるものだったのだ。


 付喪神の影響を受けていたサーバルーム内のコンピュータもダメージを受けており、煙を吹いたりしている。立花さんの見立てでは全部ダメになってそうだとか。


 町田さんと白井さんのゲームも、コンピュータと運命を共にしたんだろうな……そういえば!


「あの、さっき見つかった人たち大丈夫そうですか?」


 そう、彼らは、付喪神の破壊とともに、その体内から解放された。

 あの三人だけでなく、コンピュータ室を埋め尽くすほどの人数がいたのに、私はびっくりだった。


「行方不明だった皆ね。衰弱してるみたいで、今医務室で点滴うってもらってる。外傷とかはないみたいだから、じきに回復するんじゃないかしら」


 私がゲームの中にいた時間は三時間程だから軽くすんでいるけれど、疲労感は半端ない。

 彼らはもう何日もあそこにいたのだ。こんなものではないだろう。

 ゲームをしている間の時間の流れって怖い。もう絶対にゲームしない、と心に誓う私だった。

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