第16話 怪しいセミナー 5

 狐面に召喚された骸骨の群れは、白虎になった大牙の敵ではなかった。

 口から吐くブレスで瞬く間に消滅させる。

 最後の骸骨が消えるとともに、周囲の風景が、現実のものに戻っていく。


 私と大牙がいるのは、薄暗い廊下のつきあたりだった。


「こんなところだったんだ……どうしたの大牙?」


 人間の姿に戻った大牙の憮然とした表情が気になって私は尋ねた。


「まんまと逃げられちまったからさ、自分のことを情けなく思ってたんだ。最後のがあの狐面の迷い神が逃げるための時間稼ぎだってわかってればあいつの方を先にやってやったのに、チクショウが」


「そっか……」


 本当に悔しそうな顔をする彼を私は慰めたくなったのだ。


「おい、晴子何してるんだよ」


 私がぴょんぴょんしてるのが気になったらしい。


「撫でたいんだけど、大人モードだといい感じに届かないのよね。ねえ大牙、ちょっとかがんでくれない」


「その気持ちだけで十分だし、ここは会社だからやめてくれ」


「残念無念」


 とりあえず涙目の大牙をゲットしたから、よしとする私だった。



「やっぱり君たち仲がいいわね。もしかして、つきあってるとか?」


「ひょえーっ?」


 いきなりのストレートな質問に変な声をあげてしまう私。

 質問の主はもちろん立花さんだった。


「ええっと、その、あの……」


 何て言ったらいいんだろう。まだです、とかかな。うーん。


「最初から言ってるように、仕事仲間だ、仕事仲間、以上」


「えーっ、大牙、それは冷たくない。やっぱり私が大人モードだから? 大牙ロリコン?」


「ストーップ! 今はそこまでにしといてくれ、後で全部聞いてやるから」


「大牙……優しい。何か美味しいモノでも食べたの?」


「そっちにもいくんじゃない。あーもうそれもまとめて後で聞いてやるから」


「後でって、いつよー?」


「この会社の事件が片付いたらでお願いします……」


 大牙が指さす先には、立花さんの満面の笑みがあった。

 我に返って恥ずかしくなった私は、もう頷くしかない。



 それから私たち三人はあの会議室に戻ってきた。

 立花さんが携帯で呼んでくれた高橋さんも合流する。

 こっそり見てしまった画面の表示から、あれは、個人の携帯なんだと思う。

 二人はやっぱり……



「ところで、立花さんは、いいのか?」


 会議室の扉を閉じる高橋さんに、突然、大牙が尋ねた。

 何、大牙、何を訊いてるの? それどっちかっていうと多分私の役目だよ。


「どういう、意味ですか?」


「今回の件、あんたの課長さんからの極秘任務じゃなかったのかなってな」


 私はちょっと悲しくなった。まあそうかなとは思っていたけれど。


「立花先輩は当事者ですから、もう隠しても仕方ないですし……」


 ちらりと立花さんの方を見る高橋さん。もー歯切れが悪いなあ。


「茂君。それじゃダメでしょ。まあ、今回の件は、吉岡課長にもうオーケーもらってるからいいんだけどね」


「ええっ!? いつの間に」


「あなたたちがいなくなった後、医務室に来てくださったのよ。多分、茂君が報告したからだと思うんだけど。それで、内密にしてほしいって言われたから、茂君ひとりで大丈夫ですか? って伺ったら、できれば協力してやってほしいって言われてね。うちの課長とすぐに話をつけてくださったのよ」


「俺……課長に心配されてるんですかね……? 力が足りなそうだとか」


 高橋さんの背中はとても寂しそうだった。


「茂君、仕事は一人でするものじゃないって教えたでしょ。プロジェクトの状況に応じてメンバーは追加、変更があるものじゃない。今回の件、一人じゃ危険だと思うの。私と吉岡課長の間でその意見が一致しただけ。別にあなたの能力の問題じゃないのよ」


「ありがとうございます。でも……先輩のお仕事の方は大丈夫ですか?」


「そのことなら大丈夫。今日私が倒れたこともあって、プロジェクトの管理は別の方が引き受けてくださったから。でもこの状況じゃ、他にも倒れる人間が増えそうだから、何としても早くこの会社にかけられた呪いを解かないとね」


 グーで気合をいれるポーズ。

 立花さんは本当にできる社員さんなんだと、この時も私は思わずにいられなかった。私もいつかこんな感じに頼れるお姉さんになれたらいいと思う。


「こちらとしても人数が増えるのは心強い。だけど、縊鬼、天邪鬼、剣鬼を始末したからといって状況が良くなってるわけじゃないから、なるべく他の三人と一緒にいるように気をつけてくれ」


「そうね、一人になると、ハルコちゃんみたいに狙われちゃうかもしれないものね」


 私はまたも申し訳ない思いでいっぱいになった。


「ごめんなさい……」


 立花さんは、そんな私につっと近寄ってきて、耳元で、私にしか聞こえない声で囁いてくれた。


「確か言ったと思うけれど、一度した失敗を次からしないように気をつければいいのよ。これは仕事だけじゃなくて、恋も一緒だからね」


「なんだなんだおまじないか?」


 状況が理解できない大牙。


「そうねおまじない。女の子には大事なことなのよ」


 当然、立花さんの言葉を理解できない大牙は、顔中にハテナを浮かべている。


「この女、もしかしてまじないを使いこなすのか……」


 何かブツブツいっている。


「真面目だけど、それだけにはっきり言ってあげないとわからないタイプよあれは。どことなく茂君に似てるかも」


 もう一度おまじないをしてくれた。

 大牙と茂さん、確かにウマがあってるってことは似たタイプなのかな?

 でも、立花さん自身がこう言うってことは、ひょっとして彼女も私と同じ苦労を抱えてたりするんだろうか。


「よし、まじないが済んだところで、話をすすめさせてもらうぞ」


 虎の王様にして、鈍感王は、やっぱり私の視線の意味に気づいてくれてないみたいだった。でも、あの二人のためにも、事件は早く解決したほうがいいのは確か。

 お願いします、大牙さん。


「ここまで起きたことから、この会社には、迷い神を使役し、人に憑かせるモノがいると断言できる」


「私に縊鬼を、ハルコちゃんに天邪鬼を憑依させた何者かってことね」


「そうだ。『休憩室で自殺未遂』は、縊鬼の仕業だろうし、『刃傷沙汰』の件は、天邪鬼が、本人に聞こえる側を逆にしてたと考えると、成り立つ。あの鬼は人が聞くことも逆転出来るからな」


「なるほど、言ってることが逆に聞こえたら、優しい言葉は酷い言葉になるわけね」


「そのとおり。それで二人の話から、俺はやっぱりあのセミナーが怪しいと思う」


「私もハルコちゃんも、セミナーに参加したことがきっかけで被害にあってるものね。筋は通ってる」


 私と高橋さんは完全に置いてけぼりモード。

 互いに目をあわせながら、大牙と立花さんの会話にうんうんと頷いている。


 これではいけない、立花さんの素敵さに近づくために、私も何か言わなきゃだ。


「でも大牙、私の場合は、セミナーからつまみだされた後だから、関係があるかはちょっと違うのかなって思うんだけど」


「立花さんが女子トイレでお前を見つけた時には既にセミナーが終わってたんだよ。セミナー関係者に犯人がいるのならばおかしくはない」


「な、なるほど」


 私には、まだ早かったみたいだ。


「立花さん、セミナーの講師およびセミナー関係者を呼び出すことはできるか?」


「総務の知り合いに訊いてみる。今日は難しいかもだから明日でもいいかしら」


「変に警戒させても欺かれる可能性がある。それでいい。こっちも万全の準備をしておこう」

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