第15話 怪しいセミナー 4

「無事かっ、晴子っ」


 空中に十字の裂け目が入ったかと思うと、そこから光があふれる。

 ぼろぼろと崩れ落ち、そこから現れたのはもちろん大牙。

 その向こう側には、本物の会社の廊下が続いているのが見える。

 彼の両手の先には白虎の爪。あれで空間を切り裂いたのだろう。


「また霊力が途絶えたから苦労したぜ」


「貴様ッ、どうしてここが!?」


 狐女が驚いている。


「迷い神にさらわれたんなら、晴子の霊力は追えなくても、瘴気の濃いところを探ればいるって思ってな。ドンピシャだったぜ」


 なるほど、私の気配は隠されても、私を隠すこの狐女の側の気配みたいなのは隠せてなかったわけだ……でも、そんなことはどうでもいい。

 私は彼が来てくれたのがとにかく嬉しかった。飛びつきたいほどに。


 しかし、それを許す狐女ではなかった。


「ふん、しかし、ここがわらわの結界の内であることに変わりはない」


「何っ」


 狐女が両手をあげると、大牙が作った亀裂が瞬く間に修復され、元の無限廊下に戻る。さらに両手を降ろすと、停電になったかのような闇に周りが覆われた。

 何も見えない。大牙の声も聞こえない。


 静寂。しかし次の瞬間にまたぱっと灯りがつく。

 元の無限廊下のように見える。

 ただ、狐面の女の姿は消え、大牙しかいない。


 あれ……私、手に何か持ってる?

 天井からの照明を反射して黒光りに禍々しく光る刀身。

 いつの間にか両手で刀の柄を握っていた。

 しかし、おかしい。体がいうことをきかない。こんな刀持っていたくないのに。


 そして私は大牙に向かって刀を振り上げる。


「晴子っ!?」


 かろうじて身をかわした彼は、信じられないと言った表情。

 それはそうだ。振ってる私だって信じられない。


「どうしたんだよ、お前」


「大牙、こっちにきて私の刀の錆になって」


「何ッ!?」


 ダメだ。試しにと思って、しゃべってみたけれど、相変わらずのあべこべ。

 これでは、意思疎通なんて無理。状況を上手く伝えられない。


 そしてそんなことを考えている間にも私の手は動く動く。

 こんなに運動神経が良かったのかという程に、左右上下と上手に刀を振り回し、私に攻撃できない大牙を追い込んでゆく。


「お前、本当に晴子か? あいつはこんなことするやつじゃない」


「晴子なんかじゃないよ、あははっ」


「……そうか、晴子じゃないのか。晴子じゃないなら斬ってもいいよな……」


 大牙の目の色が変わった気がした。


「斬れるものなら斬ってみなさいな」


 言いたくもない挑発の台詞になる。もう、何も言わないほうがいいのかもしれない。これは、私がいつも考え無しに、思ったことを口にしてしまうことのバツなのかも。大牙の気持ちも散々踏みにじってしまったし、斬られても文句言えないのかも。


 私の思考はどんどんマイナスに向かってゆく。


 そんな私の目の前で大牙は目をつむり、片手をあげる。

 そして、てのひらを広げて叫んだ。


「来たれ、『八握剣やつかのつるぎ』!」


「……?」


 大牙の真上で何かが輝きをあげている。

 それは、ゆっくりと降りてきて、彼の手に収まる。

 徐々に輝きは収まり、それが、学校で使うちょっと長めの定規くらいの長さの棒状の何かであることがわかった。


 彼がそれを胸の前で両手で握ると、光の柱が発生する。

 あれは、光の……剣?


 私が囮役をしている時には、彼は白虎の姿で戦っているから、武器を手にとるところなんて見たことがない。


「おや、驚いているのか? お前これ見たことあるはずだろ」


 見たことなんてない。当然私はこう答える……


「見たことあるに決まってるでしょ!」


「そうかそうか。じゃあ最後にもうひとつ聞いてやるよ……お前実は男だよな」


「そうだよ、私は男だよっ!」


 大牙、何を言わせるの……私は彼がわからなくなった。


「……ちなみにお前、俺のことどう思ってる?」


「嫌いに決まってるでしょ」


 嫌いなわけないじゃない、大牙。そう言いたかったのに。


「そうなのか……なるほどな、やっぱりか。よし、じゃあ今楽にしてやる」


 そう言って彼は剣を構えなおす。

 私の体は勝手にそれに反応してはいたが、それよりも彼の剣さばき、身のこなしは数段上だった。


 次の瞬間、私の刀ははじかれて飛んで行き、体が剣の光に刺し貫かれる……私は思わず目をつむった。

 あれ……痛くない?


「ぐごおおおおおおおおおおお……」


 奇妙な低い声が私の体から発せられる。

 そして、すぐにそれが収まると私の体の剣が突き刺された辺りから黒い煙がわきだした。

 それは一つの塊となる。小さな鬼の姿に。

 傍らではあの剣も姿を変えていた。同じような鬼に。


 大牙はそれを見届けると、私の体から光の剣を抜き、素早く二体の鬼を切り裂く。

 鬼たちは、身構える間もなく、消えていった。


「天邪鬼に剣鬼か。お前は本当に迷い神に好かれるやつだな」


「た、大牙! その言い方はひどいよっ。あれ……?」


「もう思った通りに話せるだろ」


 そうなのだ。今までのあべこべが嘘のように思ったことがそのまま口に出る。


「どういうことなの?」


「今お前から引き離した鬼、天邪鬼は、取り付いた人間に思ったことと逆のことを言わせるのさ」


「そっか、だから私あんなこと言っちゃってたんだ。ごめんね、大牙」


「迷い神のせいだ。謝らなくていい。こっちこそ、油断してお前に取りつかせちまったこと謝らなきゃな」


「大牙……」


 このときふと私の頭を過ったことがあった。


「さっき色々質問してたのって、天邪鬼を確認するためだったんだよね?」


「そうだぞ、お前は変な嘘つくやつじゃないから、ありえない逆のことを言わせれば天邪鬼ってわかるだろ」


「うん、それは理解したんだけど、最後の必要なくない?」


「……気のせいだ」


「気のせいなの?」


 微妙に赤くなっている彼の反応に何だか私は嬉しくなってしまった。


「いや、その、結構言われたからさ、いくら式神でもそういうのは気にする」


「へーどう気にしたのかなー」


 大牙よ、もう容赦しないからねという私の勢いは、しかしここで終わることになった。


「貴様ら、まだわらわの結界内にとらわれておること忘れておらぬか?」


「へっ?」


 大牙と私の目の前に、いつの間にか、あの狐面の女。


「忘れてなんていないさ、お前ごとき、いつでも始末できるからな」


「ほう。言うではないか。ならばその力、見せてもらおうかの」


 さっと彼女が手をあげると、私たちの前方、後方の廊下に多数の人影が湧いた。各々手に槍や剣といった武器を持っているようだ。

 いや、よく見ると、その人影には人らしさはなく……。


「ほ、骨? どくろ? うんと……そうだ骸骨!」


 緊迫した状況にもかかわらず言いたかった単語を思い出せた私は、喜んでしまった。


「緊張感無いのな、お前。喜んでるのか? この状況」


「だってさっきまで思ったこと言えなかったんだもん。それは嬉しいよ」


「お前なあ、考えたことそのまま言っちゃダメだって、立花さんにも言われてただろ。まあ、その方がお前らしくはあるんだけどな」


 お前らしいと言われるのがとても嬉しかった。

 そうだ、今は二人きりなんだから気にしなくてもいいのだし。


「ありがと、大牙。それもあるんだけど、安心できるのはやっぱり大牙がいるからだよ」


「うん?」


「だって、私のこと守ってくれるんでしょ、大牙」


「もちろんだ。もうお前が相手じゃないから手加減しなくていいしな、白虎様の本領発揮だ」


 彼は姿を変えてゆく。光り輝く虎に。

 そしてしゃがんで私をのせるというのだ。


「しっかりしがみついてろよ」


「うんっ!」

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