第17話 怪しいセミナー 6

「大牙~、もう私走れないよ~」


 そろそろ疲れてきた。

 身を隠しつつ、もう何階、何フロアを横切っただろうか。

 どんなに隠れてもすぐに彼らは追ってくる。


 そして、その度に私達の後ろに続く人数が増えている気がする。


 だから足を休められない。走るしかない。

 お、ちょっと後ろと間が空いてきたかな?


「弱音を吐くな、晴子」


「虎になって私をのせてにゃあにゃあ走ってよー」


「虎は猫じゃない! ってゆーか、そもそも俺は虎じゃなくて神獣オブ神獣で十二天将だっての!」


「……にゃあにゃあ」


「わかったよ、もう、おぶってやるからさっさと乗れ」


 なおも抵抗する私に根負けしたらしい、立ち止まって背中を向けてくれた。

 でも待てよ、と私は考える。


「……」


「何だよ、早くしろよ」


「このスカートの丈だと見えちゃうかも」


「だあああああ、わかったよこうすればいいんだろ!」


 私の背中と足を左右の手でひょいっと持ち上げてくれた。

 そしてそのまま彼は駆け出す。


 こ、これは……お姫様だっこって言うアレでは!


「恥ずかしいよ……大牙」


 そんなことを言いながら、ひっしと彼の首に手を回し、しがみつく私だった。


「ノーじゃないと受け取った!」


 彼はさらに加速する。

 後ろから飛びついてきた影をかわすのに成功。危なかった。


 どうしてこんな状況になっているかというと……




 水曜日の次の日だから木曜日。

 私と大牙は例の会議室で、朝からあの二人と四人で打ち合わせをしていた。


「総務の知り合いによると、あのセミナー講師、今日の十時に来るって。丁度、今後行うスケジュールと内容についての打ち合わせがあるらしいの。もちろん総務のセミナー関係者も皆出席するみたい」


 総務のセミナー関係者というと、あの私と大牙をつまみだした人もそうだったりするのかな? だとすると、ちょっと気まずいよ、大牙。


「何だか都合が良すぎて困るくらいだな。まさか向こうの罠だったりは……さすがにないか。警戒するにこしたことはないが」


「会議室と参加者はおさえてるけど、どうするの? 大きめの場所を確保してるから、大人しくしているのであれば、脇に四人くらいは大丈夫だとは言われてるけど」


「一応参加したいな。迷い神が総務の人にとりついている可能性もあるかもしれないし」


 げげっ、大牙はすっかり忘れてるの?

 でも、まあ仕方ないか。いざとなったら謝ればいいや。

 高橋さんと、立花さん、お会いしたことはないけど課長の吉岡さん。この会社の人は皆雰囲気が優しく思える。もしかしてこれが噂の社風?

 であれば、あの総務の人も私が騒いだからあの反応なのであって、実際はとてもいい人なのかもしれない。うん、きっとそうだ。そう思っておいた方が気が楽だしそうしておこっと。


 そういえば……、私は隣にいる彼、高橋さんの様子を窺う。

 一見、大牙と立花さんの会話をうなづきながら聞いてる風だけど、視線はやっぱりずっと立花さんの方を向いてる。想像通りすぎて何だか嬉しくなってしまいます。


「そうだな、立花さんには最初だけいてもらって、総務の人達に俺と晴子を面通ししてもらおう」


 おっと、話が進んでる。ちゃんと聞かなくちゃ。


「名目は中途入社社員の社内見学とかにしておくわね」


「それが自然だな。頼んだ。それから、高橋さんとさっきお願いしたのを、会社中に、頼む」


 そう言って、大牙は、大きな手提げの紙袋を立花さんに渡した。

 何だろうアレ? とりあえず私の仕事じゃなさそうだからいいかな。


「私と茂君で大丈夫かしら」


 珍しい、彼女の不安げな顔。


「あんたは器用だし、高橋さんは慎重派だからまあ大丈夫だとは思ってる」


「了解」


「晴子は、俺と会議に出て、怪しいメンバーを探るからな。そうだこれを渡しとく」


 大牙は私に何かを放ってきた。


「わわわっ、いきなり投げないでよ」


 何とか両手でキャッチ成功。私は手にした物を確認する。


「これって……鏡?」


 何の変哲もない、持ち運びに便利そうな開閉するコンパクトな鏡に見える。


「そうだ。でもただの鏡じゃないぞ。雲外鏡だ、照魔鏡とも言う」


「ウンガイキョー?」


「悪霊や迷い神を見破ることができる鏡だ。とりついてればとりついてる物の姿が見える。化けてればその正体が見破れる。手元に忍ばしとけ、それで、他のやつが会議に集中してる間に確認しろ。見とがめられたら、目に睫毛が入ってどうしようもないとかの言い訳で頼む」


「でもどうして私なの? 大牙が持ってればいいじゃない」


「それ、天乙に借りたんだけど、明らかに女物だろ。俺が持ってちゃ変じゃないかよ」


「男が女がっていうのは感心しないけど、確かにその鏡は、ハルコちゃんが持ってたほうが自然ね。ノート貸してあげるから。その陰に隠しておきなさい」


 立花さんに持ち方の指導までされてしまっては断れない。

 晴子はノートを手に入れた。


「それで、何かがいたらどうすればいいの?」


「俺にわかるように合図しろ、具体的には、見えたやつの方に視線を向けてくれればいい。会議が終わったらそいつを呼び止めて始末する」


 私たちの目算は甘かったのだ。甘々だったのだ。

 でもさすがにそれをこの時予想することはできなかった。




「こちらが中途入社社員の二人よ、山田君お願いね」


 紹介された私と大牙は、最大限に硬直していた。

 もちろん初対面の緊張からではない、セミナー会場から私達二人をつまみ出した、あの総務の人だったからだ。


「おや、この二人は……まあいいでしょう。今日は気を付けてくださいよ」


「はいっ!」


 二人の声が一つになったのはうれしくもあり、悲しくもあった。


 それから会議室に案内される。この三人以外にはまだ来ていないようだった。

 あの大牙の結界が貼ってある会議室に比べて五倍以上あるのではという広さ。

 急な参加も受け付けてくれるわけである。


 私と大牙は、会議室のテーブルの指示された一角に座る。

 このテーブルは、ドーナツ状になっており。真ん中に空間がある。

 私には空間の無駄遣いに思えて仕方ないのだけれど、きっと会社として何か意味があるのだろう。あの不愛想な総務さんに尋ねるのは憚られるから、後で立花さんに訊こうと私は考える。


 そうしているうちに、扉が開き、次々と人が入ってくる。

 そのたびに、総務さんがこちらを指さしてもにょもにょ説明し、二人で立ち上がり礼をする。

 最後に、あの講師の人が、年配の女性社員と一緒に入ってきて、一同着席。

 なるほど、これで全員らしい。私と大牙以外で十人くらい。


 それから資料が配られた。私と大牙の分もあったのは、あの総務さんが気をきかせてくれたのだろう。実はいい人なんだ、きっと。


 資料には、『今後のセミナーの提案』と書いてあって、コーチング、メンタルヘルス……カタカナ用語がたくさん並んでいた。

 講師の先生によると、どれも企業で必要とされることが多い心理学の内容とのことだった。私は、こんな一見雰囲気の良さそうな会社でも、やっぱり仕事は大変なんだと改めて知った。自分もいつか社会に出る日が来るのは間違いないと思うけれど、ちょっと自信がなくなる。


 一連の説明が終わった後、他の人は、それに対して思い思いに質問し、講師の先生がそれに答える時間になったらしい。

 隣からつんつんつつかれた。そろそろ鏡を見ろってことね。わかったよ、大牙。


 ノートの裏から、鏡を取り出す。そして、目を何度か瞬かせた後、座席の後ろを向いて鏡をのぞく。こんな感じでごまかせてるのかな?


 その余裕は、鏡に映ったものを見たときに、全部無くなった。

 なぜかというと、鏡の中には一人も人間がいなかったのだ。

 狐、狐、狐、狐……狐ッ!


 トントンと肩をたたかれる。大牙だ。報告しろということらしい。

 私は困った。視線を向けろと言われても全員なのだけれど。

 天井を眺めて、いろいろ諦めのついた私は、ノートに書いた。

 そしてそれを指さす。


 全  員


 大牙の動きが一瞬止まったように私には思えた。

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