淫銃学園の禍 ~ Lebensborn Heiligtum ~

３限：仲好死小好死

―――――

「――さて、それじゃ～今日はこれから仲良く、殺し合って貰（もら）いましょうかね」

　――何を云（い）ってるんだ？

　南條（なんじょう）清人（きよと）というZ組担任の教師は、唐突（とうとつ）にそう言い放（はな）つ。

　飄々（ひょうひょう）としたその態度、妙に落ち着いたその物言（ものい）い、冷淡（れいたん）だが強いその眼差（まなざ）しに、聊（いささ）かの曇（くも）りもない。

　読み辛（づら）い。実に、その感情を探り難（にく）い人物だ。

　狂気を帯（お）びている訳でもなく、蔑（さげす）んでいる訳でもなく、かと云って憐（あわ）れんでいる様（よう）にも見えない。

　デスゲームに挑（いど）ませ様とする何等（なんら）かの気概（きがい）も見えない。

　どうする心算（つもり）なんだ？――

　教室に入って来次第（きしだい）、南條（なんじょう）は笑顔を浮べ乍（なが）ら軽口（かるくち）を叩いていた。

　授業に入る前に場を温める、そんなニュアンス。

　軽妙な語り口は偏（ひとえ）に話し上手（じょうず）。活舌（かつぜつ）も良く、イントネーションも聴（き）き取り易（やす）い。教鞭（きょうべん）を執（と）るのに向いているのだろう。

「おっ！？君が転入してきた百鬼（なきり）クンだね？ほ～ぅ、似合ってるね、ウチの制服」

「きよきよ先生ぇー！“きりチャン”は男の子だニィ～」

「ハハッ、勿論、知ってるさ、禰祜宮（ねこみや）クン！でも、ホラッ、似合ってるじゃないか！」

　当然だろう――

　担任教師がじぶんの性別を知らない訳がない。

　――それより、だ。

　誰だ、そのきりちゃん、ってのは。会って早々、妙な呼び名をつけるな。

「南條（なんじょう）先生、そう言うのは褒（ほ）めてるんじゃなく、弄（いじ）ってる事になります。モラハラに該当（がいとう）しますよ」

「番匠（ばんじょう）クンは厳（きび）しいなぁ～。ハラスメントに当たるなら気を付けなきゃいけないね。でもさ、似合ってるのは事実なんだけどな～。百鬼（なきり）クンだって、嫌な気はしないでしょう？」

「――」

　――食えないヤツだな。

　この南條（なんじょう）という男は――

「いやぁ～、先生は嬉（うれ）しいよ。こんな別嬪（べっぴん）サン達（たち）に囲まれてさぁ」

「性的（せいてき）な目で見んなし」

「そんな目でなんて見ていませんよ、英（はなぶさ）クン。先生はねぇ～、純粋に美しいものが好きなだけなんですよ、霊的（れいてき）な意味で。

　ねぇ、番匠（ばんじょう）クン、君なら分かるよね？」

「えっ？あ、はい……そうですね。霊的な華麗（かれい）さと言うものは確かにありますね」

「そうでしょう、そうでしょう！玲瓏（れいろう）たる君らが頂點（ゼニス）に抜擢（ばってき）されたのも、端的（たんてき）に云って素敵（すてき）だったからですよ。

　そう思いませんか、羽衣石（ういし）クン？」

「……そんなことより、早く授業を始めてください」

「これはこれは手厳（てきび）しい。いつにも増して不機嫌な様（よう）だね。無論、羽衣石（ういし）クンの指摘（してき）は尤（もっと）もだ。では、授業の方（ほう）に移るとしますか――

　――さて、それじゃ～今日はこれから仲良く、殺し合って貰（もら）いましょうかね」

　教室内の空気は一変（いっぺん）。

　巫山戯（ふざけ）ているのか？

　生徒弄（いじ）りの枕（まくら）は、本編で堕（お）とし困惑（こんわく）させる為の前振（まえふ）りだったのか？

　実際、後進国（こうしんこく）の危険な特殊部隊や反政府組織のゲリラ、宗教団体や武装組織の内陣（ないじん）では、確かに身内での殺し合いによる選抜という原始的な遣（や）り方も存在している。

　まあ、じぶんも経験済み、だ。殺（ヤ）れ、と命令されれば、遂行（すいこう）する。

　併（しか）し、ここは学校だろう？

　そこ迄やる必要があるのか。呆（あ）れ果（は）ててものも云えない。

「まあ、安心してくださいな。君ら頂點（ゼニス）が本当に殺し合われちゃ～、こちらとしても損失が膨大（ぼうだい）過ぎますからね。ですから、あくまでも実戦形式に近しいサバイバルゲームの一環、だと思って欲しいんですね」

「実践的な訓練、って事ですか？」

「いいえ、殺し合い、DEATH（デス）ね！」

「冗談（ジョーク）になってないし」

「模擬弾（もぎだん）として使用するのはゴム弾。白兵武器もチョーク付きのラバー製。

　とは言え、当たり所が悪いと藻搔（もが）き苦しんで沼田打（のたう）ち回って血反吐（ちへど）ブチ撒（ま）け、ま、結果的に死ぬんですけどね」

「本気（マジ）で云ってるの、先生？」

「本気（ほんき）も本気。マジ卍（まんじ）！ガチ雁字（がんじ）マハトマ・ガンジー！非暴力（アヒンサー）訴（うった）えても周りは殺（ヤ）る気満々（まんまん）、万々歳（ばんばんざい）でガンガンいこうぜ！仲好死小好死（なかよしこよし）で死屍累々（ししるいるい）待ったなし、物事（ものごと）の良し悪（あ）し関係ねーし、聖（きよ）し此（こ）の夜、生き残った勝者一人が頂點（ゼニス）のリーダーです！ここ迄（まで）、宜（よろ）し？」

　リーダー？

　このＺ組の指揮官、要は分隊長、若（も）しくは班長を決める為の模擬戦という訳か。

　まあ、そういうのは嫌いじゃない。

　任務に就（つ）く時とは丸きり違う感覚だが、競い合う、って行為そのものは嫌いじゃない。

　いや、一層（いっそ）好きな部類かもな。好き、というのも語弊（ごへい）があるか。

　日常、必然、普遍――置かれていた環境から為（な）るごく自然な反応。謂（い）わば、生活かなら為る慣（な）れの類（たぐい）。本能と迄は行かないが、理性よりは上位に位置する精神状態。

　餌（えさ）を目の前に出された時、ごく自然に“待て（ステイ）”する感覚。訓練なんて綺麗事（きれいごと）じゃ済まされない、環境が齎（もたら）した暗示（あんじ）。

　心への刻印（こくいん）は、躰（からだ）へのそれより遙（はる）かに深く刻（きざ）まれ残る。呪（のろ）いの類なのかもな。

「君らが手にする事のできる武器は、それぞれ特別教室に１つずつバッグやトランク等（など）に入れて置いてありますよ。

　置いてある特別教室は、理科教室／音楽教室／美術教室／家庭科室／技術教室／視聴覚教室／図書室／社会科教室／進路資料室／茶道室の１０室。つまり、武器は全十種」

　少々、不利だな。

　職員室でこの学校についての簡単な説明は受けたが、追々（おいおい）分かる事だろうと聞き流してしまった感がある。

「どの教室に何の武器が置いてあるか、その武器が君らに適したものかどうかは運次第の早い者勝ち。一人で幾（いく）つ手にしてもいいし、相手の武器を奪ってもいい。

　因（ちな）みに、特別教室にはそれぞれトラップを用意しているので、武器を手に入れる時は呉々（くれぐれ）も気を付け給（たま）え」

「詳しいルールを教えて下さい」

　番匠（ばんじょう）という子、ヤル気満々か？

　まあ、規約の類は必須だが。

「今からスマートフォンという旧式のデジタルデバイスを渡します。この前時代的なガジェットはルールに迷った時、先生に確認を取る為の通信機器になるよ。これは全地球測位機構（ＧＰＳ）と準天頂衛星機構（ＱＺＳＳ）が有効になっていますから、先生には位置が分かります。このGPSやQZSSをオフにしてはダメだよ。なのでこれを利用した座標探知もダメ。

　１箇所（かしょ）への潜伏（せんぷく）や退避等（など）の滞在は最長３０分迄。１箇所とされる範囲は１００平米（へいべい）。移動が見られない場合、その時点で脱落になるから気を付けてね」

「他にも禁止事項はあるの？」

「基本、何をしても自由ですが、学園外への退出は禁止ですね。ある程度、学園への被害は考慮（こうりょ）しますが、校舎を丸ごと爆破炎上、倒壊（とうかい）させる規模の破壊も禁止させて戴（いただ）きますよ。

　武器の創作もＯＫだけど、基本、対個人戦火力に限るね。つまり、無抵抗な第三者、要は他の生徒や先生らを巻き込む程の火力の創作と使用は禁止だね。先生が用意した武器同様、殺傷力の低い模擬弾等（とう）の利用が基本だよ」

　大分大雑把（おおざっぱ）なルール。

　スマートフォン？随分（ずいぶん）、古い通信デバイスを使わせるんだな。

　確かに、このガジェットでは使い途が限られる。

　まあ、使う事はないだろう。

「勝負は本日夜中00:00迄。22:00時点で膠着状態になっていると判断した場合、先生も参加するよ。なので、アクティブに殺し合ってくださいよ」

「え！？もう説明、終わりなの？」

「はいッ！それではＺ組特別授業『死亡（KILL'EM）遊戲（ALL!!）』スタートするよ？カウントダウンは１００からだよ～！カウントダウン終了後、開始の合図をプッシュ通知するからね～」

「いきなり過ぎるし」

「はい、１００……９９……９８……」

　禰祜宮（ねこみや）という子は慌（あわ）てる様（よう）に、番匠（ばんじょう）は落ち着いた様子で、英（はなぶさ）は面倒臭そうに教室を出て行く。

「……９４……９３……９２……」

　羽衣石（ういし）という子、未（いま）だ席を動かない。

　豪胆（ごうたん）、だな。

　だが、じぶんも席を立たず、教室内に居残（いのこ）ったとしたら――

　――君と最初に殺（ヤ）り合うのは、じぶん、だぞ？

　負ける気がしない、という心算（つもり）か？

　傲慢（ごうまん）、だな。

「……８９……８８……８７……」

　まあ、いい。

　取り敢（あ）えず、席を立つ。

　この特別授業『Kill'em All!!』が、一体何の為に行われるのか、実際試してみないと分からないしな。

　さて、――

　――掌握（しょうあく）しようとするか。