意識してつながりを保つ

卒業式も終わって学年が一つ上がり、あれよあれよと時間は過ぎていく。気づけば五月も半ばというところにまで差し掛かっていた。授業中に窓から拝める木々も青々しくなっている気がする。そこまで注意深く見ているわけではないから正確なところはどうだか、と言った感じだった。


学年が一つ上がり、僕は二年生へ、春香先輩は三年生へと無事に進級した。僕も春香先輩も進級が危ぶまれるような成績を取っていないとはいえ、やはり進級できたこと自体は喜ぶべきことだと思う。

僕はと言えば、課題や一年生のときとの違いに追われててんてこ舞いという有様だった。


学年が変わる、というだけでここまで日常も変わるのかと思うが、それもそのはずで今までほとんど全員共通だった授業も二年生になってからは文系、理系で分かれることになる。変則的な移動教室に授業の面子、一年生の頃とは全く違う日々が僕を出迎えていた。


二年生から三年生に上がれば、もっと忙しくなるのだろうと思う。教養として学んでいた授業は受験のためのものへと変わり、今よりも勉強に追われることになるのだろう。想像しただけで気分が下がってくる。


新しいクラスでは何だか気の合う人もいて、なんだかんだとその人といる時間が増えている。友人、と呼べるのかどうかはまだわからない。そういう括りに意味があるのかも、また。意味がないということに苦手意識を持ちながら、その実自分ではよく意味のないことを考えてしまう。かといってその思考自体に意味がないのかと問われれば、それは違うだろう。


そこまで考えて首を振る。こんなことを考えたいわけじゃない。けれど考えるべきことも思いつかず、結局益体のないことを考えながら一人帰り道を歩いている。


「何かいつもと違う気がする、って?」

「そうなんだよ」


四月からいつまで考えても答えが出ないうちに五月も過半数を終えてしまっている。ここは友人(仮)に相談した方が手っ取り早いだろう。というより、僕一人では思考に限界があるから別の人の意見を聞きたい。


「こう、何とも言えない感じでさ。四月あたりからなんだけど」

「そりゃあ、環境の変化とかじゃないのか? クラスの面子も変わってるし、人間関係で気疲れでも……って、お前はそういうのなさそうだよな」


どういうことだと問いただしたいところだけど、こちらはあくまで相談している身だ。余計なツッコミはしない方がいいだろう。


「あと俺はお前と同じクラスになったの今年が初めてだしな。いつもと違う、と言われてもそのお前の『いつも』を知らないから何も言えないよ」

「あー、そうだった」

「そうだったって……」


こいつ大丈夫か? みたいな目線を向けてくるが、そこまでおかしかっただろうか。相談すること自体は間違っていないはず。何か別のことが変だったということかもしれない。


友人(仮)は呆れたように一つ息を吐き、口を開いた。


「そんなに悩むくらいなら、お前が仲いいって噂の先輩に相談すべきなんじゃないの?」


その言葉に動きをビタッと止めてしまう。今こいつ何と言った?


「あれ、えっと、先輩のこと話したっけ?」

「お前は一体どれだけ俺を呆れさせる気なんだ? 周知の事実だろ、お前とあの先輩の仲がいいのは」

「周知というとどれくらい……」

「クラスの男連中はだいたい知ってんじゃないの。あれだけ美人な先輩だから、その隣にいればイヤでも目立つだろ。本当に自覚なかったのか?」


自覚がないというか、僕も春香先輩もそこまで周りの目を気にするタイプじゃない。そのことまで頭が回らなかったというのが正しいところだろう。


「で、でも僕ってほら目立たない方だしさ、そんな噂? 嘘なのかもよ」

「いや、さっき話したっけ? とか言っといて今更そんなこと言われても……」


しばらく機能不全に陥った僕が復帰するまで三分程度。その間も律儀に待ってくれる友人(仮)は優しいのか変わっているのか。おそらく後者。僕と関わっている、というだけで変わり者ではあると思う。関わってきた人は皆どこか変わっている人ばかりだった。


「で、その先輩に相談するっていうのは違うのか?」

「ズバリそれだったんだなって思ったよ」


やはり、自分ではない誰かに相談するということは大切だと改めて認識した。



部活をやっていないし所属している委員会もそこまで活動的じゃない。だから、放課後の遅い時間まで残るのは久々だった。窓から差し込む赤い夕陽を学校から眺めるのも久しぶりのことだ。普段なら帰っているはずの時間に教室にいるというのはどこか居心地の悪いものだった。クラスメイトからも「残ってるなんて珍しいね」と声をかけられたりする。適当に意味のない言葉で返答していると、少しずつ自分がイヤになってくる。ああ、だから僕は普段から速めに帰るようにしているんだなと思った。


最後のチャイムが響くまで随分と待った気がする。本を開いても目が滑るばかりで内容が全くと言っていいほど入ってこなかった。


ここまで待って今更なのだが、三年生のスケジュールを完全に把握しているわけではない。学校全体に配られる予定表のようなものから類推しているだけにすぎない。もっと言えばイレギュラーな事態も想定していない。どういう動きをするのか予想も立てられない。


それでも。


それでも、たぶん会えるんじゃないかと思う。


いつも偶然のようでいて、無意識のうちに、示し合わせたように、会っていたのだから。


「……冬樹くん?」

「春香先輩、久しぶりですね」


平静を装って声をかける、つもりだったのだが、先輩に先に気づかれてしまっていた。靴箱の周りに人がいる様子はない。チャイムの後、少しだけ遅れて教室を出たのが功を奏したのだろう。茜色だった空は紫がかっており、時間の経過を僕に伝えてくる。


「そうだね、久しぶりかな」


先輩はくるくると髪の毛を巻きながら返事をする。以前見たときよりも髪が少し伸びて、制服の肩口までかかっていた。


「こんな時間まで何してたの? 何か二年生ってこの時期残るような用事とかあったっけ?」

「二年生にはないですよ。文系の人も理系の人も、たぶん帰ってると思います」

「そうなの? なら……」


その後に続く言葉を僕は知っている。だから先んじて答えを言った。


「先輩に会いに来たんですよ」

「え」


友人に変なことを言われたときの僕のように、先輩は固まった。瞬きもせずにピタと静止している。おもしろいのでしばらく眺めていると、ギギギと油の足りてない機械みたいな動きをし始めた。そのまま自分の靴箱に向かっていく。先輩に倣って僕の外に出た。校門から出てゆっくりと歩き始める。


先輩はこちらを見ずに話し始めた。


「え、え~っと!? 何か質問とかあったのかな!?」

「ま、まあ質問と言えば質問ですね」


先輩の声量に驚きつつも僕はそれに答えた。


「四月あたりから合わなくなったじゃないですか、時間とか。先輩は三年生だし、変なこと言って気を使わせるのもな、と思ったのもありますけど」

「うん! なるほど!」

「……聞いてますか?」

「聞こえてるよ!?」


そうだろうか。怪しいけれど、どの道ここまで来たのだから言う他ないのだ。僕にとって、僕らにとって最大限に意味のある言葉を。


「質問というよりは、提案なんですけど」


ああ、無駄に迂回をしてしまう。そんな言葉尻なんてどうでもいいんだ。ちゃんと言いたいことが伝われば、それでいい。だから真っすぐに、だけど僕らしく言えばいいだけだ。


「これから一緒に帰りませんか?」

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