最終話 ピンチピッチャー球雄!

 202× 年5月、東京ドーム。…今日も観客席をほぼ埋め尽くした観衆が、懸命に声援を送りながら、グラウンドに展開されている白熱のゲームに一喜一憂していた。


「…ここ、東京ドームよりセ・パ交流戦ジャイアンツ対マリーンズ一回戦をお送りしております。…解説はマリーンズOB、最多勝も獲得したピッチャーの大瀬名太一さんに伺っています。…ゲームはここまで5対4とジャイアンツが1点リードして、いよいよ9回の表マリーンズの攻撃に入るところですが…打順が3番から、クリーンナップ登場というところなんですよね!大瀬名さん」

「はい、現在のマリーンズのクリーンナップはもう、パ・リーグ最強と言って良い打線ですよ!差は僅かに1点ですからね。まだまだこのゲーム、分からないですよ」

「3番井上晴弥、4番新野助清、5番義田孝…本当に全く気の抜けない打線ですからね!…因みに新野は5年前の高卒ドラフト1位、そして昨シーズンは46本のホームランで初のタイトル獲得、5番の義田は昨年の大卒ドラフト1位で入団、期待の選手ですね」

「義田君もここまで本塁打10本、打率3割2分打ってますからね…キャッチャーも務めながら、凄いルーキーですよ!」

「マリーンズは本当に素晴らしい選手が揃って来ましたねぇ!…さぁ、打席には井上が入りました。マウンドのサウスポー多口はノーワインドアップモーションから第1球を…投げた!打ちました!…打球は三遊間を、抜けた~!レフト前ヒット~ !! …9回の表、マリーンズは先頭打者にヒットが出ました!ノーアウト一塁~ !! 」

「…多口君は初球、スライダーでストライクを取りに行ったと思うんですが、ちょっと甘いコースに入りましたね~!」

「…そして四番の新野が右打席に向かいますが…おっと、ここで宮元コーチがマウンドに行きますね~…」

「ここからはもう、一球の投げミスも許されない場面ですからね、投手交代やむ無しだと思いますよ!」

「…あっ!阿倍監督が球審に交代を告げましたね…どうやらピッチャー交代の模様です」


 …『ジャイアンツの選手の交代をお知らせ致します、ピッチャー多口に代わりまして、球雄…9番ピッチャー球雄、背番号47!…キャッチャー王城に代わりまして、金二郎…8番キャッチャー金二郎、背番号48!』

 …ウグイス嬢のアナウンスに、観客席から歓声が上がった。

「…もうここはやっぱりこのバッテリーしかないでしょう!今シーズンの新守護神、ここまで14セーブ、ピンチピッチャー球雄と、相棒金二郎の登場ですよ!大瀬名さん」

「出て来ましたねぇ、いや~!実は私、個人的に交流戦での球雄君の登板、楽しみにしてました!」

「えっ !? …それは何か特別な思いが?」

「私、高校三年の夏、甲子園に向けての県予選で、彼のお父さん…球一朗さんと試合で投げ合ってね、結果負けて甲子園に行けずに終わったんですよ」

「…剛球投手大瀬名さんより凄いピッチャーだったということですか?」

「いや、球は私の方が速かったですよ!…ただ投球術というか、野球センスはもう天才でした。高校時代に完敗だと感じた唯一の相手でしたよ」

「…なるほど、その DNA が球雄投手に引き継がれていると?…」

「お父さん以上だという話ですから楽しみなんですよ!」

「…しかし、球雄投手は高校時代は甲子園に出てない、どちらかというと目立たない選手でしたよねぇ、ジャイアンツが高卒ドラフトの1位で指名した時、他球団のスタッフが驚いていたのを私、記憶しております」

「…そのへんはね、なかなかひとクチで言えない所なんで…ただ彼はジャイアンツにどうしても入りたかったんで、良かったですよね。相棒の金二郎君もドラフト6位で入団してますね」

「さぁ、規定の投球練習を終え、打席に新野が入りました。マウンドの球雄が金二郎のサインに頷いてセットに入る。…足が上がって、第1球を投げた。外角へ縦に曲がるスライダー、ストライク!」

「…新野はインコースは滅法強いですからね、慎重にまず外の球でストライクを取りに行きましたね」

「…大瀬名さん、たいへん心苦しいことを申し上げなければなりません。放送時間があと2分ほどになりました…最後までお伝え出来るかどうか…」

「…この大事な所で?…文字通り息詰まる展開ですねぇ!…う~ん、それにしても球雄君は2球目、何を投げるんですかねぇ?」

「ピッチャー球雄、背中ごしに一塁走者井上を目で牽制して、第2球を…投げた!インハイのストレート、新野の止めたバットに当たってバックネットへファウル!…しかし今の球雄の球速、152キロ出てましたよ!」

「インコース高めのボール球でしたね…新野はインコースに来たっ!と思って振りに行きかけて、止めたんですがボールの方が当たってしまいました…これを計算して投げたのなら、恐ろしいピッチャーですね、球雄君は」

「…さぁ、4番の新野を2ストライクと追い込んで、球雄がセットポジションに入る…おっとここで一塁へ牽制球!井上、手から戻ってセーフ !! …危なかった…!」

「上手いですよ!球雄君は牽制球も !! …ランナーは油断出来ないですね 」

「…さぁ、あらためてセットポジションから、球雄が第3球を…投げた!外角から落として…おっ、ストライク !! 新野呆然見逃し三振~!…何だ今の球は !? …外角高めのボール球を、斜めに落としてストライクゾーンに入れて来ました~!…キャッチャー金二郎が小さくガッツポーズ !! 」

「…球雄君の"魔球フォーク"ですね、でもこの球を彼は高校一年生の時にマスターしてるんですよ」

「… !? 本当に?…凄いピッチャーですね」

「さぁ、そして5番義田君との対決ですか!…今日試合前に球雄君に聞いたんですが、一番対戦したい打者がこの義田君と言ってましたよ!以前からリスペクトしてる選手だと」

「…その義田がゆっくりと右打席に入りました。マウンドの球雄は、金二郎と慎重にサインの交換をして、こちらもゆっくりとセットポジションに入る…足が上がって、第1球を投げた!…外角スライダーを義田が見送ってボール!」

「義田君はキャッチャーですから、配球を読んで狙い球を絞って振りに来ると思います。初球はそのへんを探りにきたボールでしたね!」

「…さぁ、前回セーブを上げて東京ドームのお立ち台に上がった際に『ピンチの登板で抑える男、ピンチピッチャー球雄です!』と豪語した球雄投手、果たしてリスペクトする義田を抑えることが出来るんでしょうか?…という所で、残念~…どうやら放送時間がいっぱいになりました。…大瀬名太一さん、ありがとうございました。」

「ここで終了ですか?…いや~残念ですね~!」

「本当に申し訳ありません、東京ドームより失礼します。全国の野球ファンの皆様、ピンチピッチャー球雄ファンの皆様、ありがとうございました。さようなら!」



 ピンチピッチャー球雄


 完





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ピンチピッチャー球雄! 森緒 源 @mojikun

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