第46話 球雄の目標

 …球雄は思いがけない父の態度に驚き、戸惑いを隠せぬまま言った。

「…何だよ !? 俺はちゃんとチームを甲子園に出場させるように勝たせたんだぜ!誉められて良いはずだろ?…それに、確かにまぁ新野と最後に勝負を楽しんだけどさ、野球は娯楽なんだろ?…良いじゃないか、そのくらい !! 」

 しかし父は冷静に言葉を返した。

「高校野球の公式試合は娯楽では無い!…特に甲子園に向けてのトーナメント試合は真剣な一発勝負だ!…必ず勝つ以外何も許されないんだ、それに、お前の役目はチームを甲子園に出場させることだが、お前自身の目標は甲子園に出ることじゃないだろう !? 」

「…でも…」

 球雄が何か反論しようとしたが、

「父さんはな、大事な試合中にほんの一瞬油断したためにプロ野球に行くという夢を断たれた!…いくら後悔しても足りない…お前の、娯楽としての野球はまだまだ先の高いレベルの所にあるんだ!今はお前の能力を100パーセント見せる段階じゃない !! 」

 …さすがの球雄も意見を返すことを諦め、渋々頷く。

「…分かったよ、親父」

 球一朗は球雄の態度に少しホッとしながら、言葉を続けた。

「今回は良くやった!崇橋監督からも礼を言われたよ、球雄が期待以上の活躍をしてくれたとな!…だが俺は、お前の目標を果たすために、新たな指示を出す!…良いか?」

 球雄の表情が一気に引き締まった。

「うん!…次はどこ?」


 …翌日、学校に野球部メンバーと崇橋監督が集合した。

 部員たちのほとんどはしかし、急になぜ自分たちが集められたのか分からず、戸惑いを見せていた。

「みんな、今回は初めての甲子園大会出場を決めてくれてありがとう!本当に良くやった!…」

 崇橋監督がまずそう言って部員たちに頭を下げた。

「しかし、今日はそれとは別に、みんなに報告事項があり、それを伝えるために集まってもらった!よく聞いてほしい!」

 監督の言葉に部員たちは顔を見合せる。

「…実は、チームのために頑張ってくれた長江球雄君が今日をもって野球部を辞めることになった。そして二学期には他校への転校が決まったとのことだ!」

 突然の監督からの発表に、金二郎を始め部員たちは一様に驚きを隠せなかった。

「えぇっ !? …何でだよ!一緒に甲子園に行くんじゃないのかよ?」

 思わず金二郎からそんな言葉が飛び出した。

「…残念だが、これは長江君の家庭の事情なんだ!みんな、分かってやれ!…俺たちがこれから長江君のために出来ることは、甲子園大会で勝ち進むことだけだ。…最後に、長江君からみんなに言葉をもらおうと思う!」

 崇橋がそう言うと、球雄は監督の隣りに来て、部員たちにメッセージを伝えた。

「…え~と、皆さんと今日まで一緒に野球をやれたことに感謝します。生意気な一年坊の俺を受け入れてくれて、ありがとうございました。こういう訳で俺は皆さんと一緒に甲子園には行けないけど、テレビを見ながら応援しますから頑張って下さい。…俺はこの後、家族の転居に伴い埼玉県の越谷彩の花高校に転校することになりました。野球はもちろん続けるつもりです。この、東葛学園チームは最高でした。本当にありがとうございました…」

 …最後に頭を下げて、学校を去ろうとする球雄に、金二郎が泣きながら追って来て言った。

「球雄!…何でこの俺にこんな重要なことを黙ってたんだよ!俺たち黄金バッテリーだろ?酷いじゃないかよ!お前には友情とか無いのかよ…!」

 球雄はしかし厳しい表情で応えた。

「金ちゃん、俺に友情というものを感じるなら、頑張って高卒でプロ野球に進めよ !! …そして同じ球団でまたバッテリーを組もうぜ!本当の黄金バッテリーになろうぜ !! 」

 そして笑顔を金二郎に見せて、きびすを返した。


「…球雄、次の目標は越谷彩の花高校の野球部を来春の選抜甲子園大会に出場させることだ!…秋季大会の前にそこの野球部に入れるように話はつけてある!…良いな !! 」

 …東葛学園の校門を出ると、昨夜の球一朗の指示を、球雄は思い起こしながら、その転校先の野球部の練習風景の視察に向かっていた…。

(注…高野連規則には、転入学生は転入学した日から満一年経過しないと公式戦に参加出来ないとありますが、特例として一家転住などによりやむを得ない状況と連盟が承認した場合はこの限りでないとあります。読者の皆様には何とぞ作者の都合にご理解のほど、よろしくお願い申し上げます ! )


 

 …結果から言えば、その後球雄は父の指示で何校かの野球部に入り、リリーフピッチャーとして甲子園へと進める働きをしながら自分は甲子園に行くことなく、また学校を変わるといったことを繰り返した。


 …そして、球雄が東葛学園高校を去ってから五年の月日が経過しようとしていた。





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