第40話 ラッキーセブンの攻防

「クソッ !! 」

 …悔しげに八千代吉田学園ベンチに戻って来た新野に、綱出が声を掛けた。

「どうした?…ハーフスイングで打ち取られるなんて、らしくないぜ!消える魔球でも投げられたのか?」

 …チーム内での相棒として、責める訳でもなく、あえてちょっと軽口をたたくように言った。

「…消える魔球か…そうだな、確かにあれは視界から消える魔球だったぜ、ちくしょうっ!」

 新野が真顔で答え、綱出が驚く。

「えっ!?…まさか、消える?…嘘だろ !! 」

「綱出、…何であいつが突然足を高く上げてトルネード投法で投げて来たか分かるか?」

「…いや、…まぁちょっと驚かしてお前のタイミングをずらそうとでもしたんじゃないのか?」

 綱出が応えると、新野が首を振って言った。

「そんなセコい理由じゃない!…奴はスリークォーターで投げて来る、テークバックから腕を振ると、足を上げた時のスパイクの移動軌道と投げる時のボールの軌道がほぼ重なるんだよ」

 綱出は新野が何を説明してるのか咄嗟に理解出来ぬままとりあえず相づちを打った。

「はぁ…なるほど、それで?」

「つまり、足を上げた際にスパイク裏から舞い落ちる土や砂の中をボールが通ってからリリースされて俺の顔に飛んで来る訳さ!分かるか?」

 …さすがに綱出も少しずつ新野の話が理解出来てきた。

「なるほど…それで?」

「フォークボールってのは基本的に回転しない球だ、…ボールの前面に付いた砂はそのままボールと一緒に近づいて来る、そして俺の顔の直前でボールの方はストンと落ちる、…だが砂はまっすぐ押し出されて俺の目にかかって来る、だから俺はバットスイングを始めた瞬間に砂が目に入って目を瞑っちまい、結果ハーフスィングになってやられたって訳さ!」

「…… !? 」

 綱出は新野の話した真相に驚いて絶句していた。

「球が実際に消えなくても、打者の目を塞いじまえば同じことだからな…全く恐ろしい奴だぜ…あの野郎」

 ひと通りの話を聞いて綱出が唸る。

「…う~ん、…何も言えねえ」


 しかし新野はその後でキッパリと言った。

「だが、次は打つぜ!…必ずな !! そして勝つのは俺たちだ!」


 …などと新野が言ってるうちに、球雄は続く五番打者と六番打者をそれぞれ内野ゴロと三振に切って取り、7回の表の八千代吉田学園の攻撃が終了した。


「ナイスピッチ!球雄 !! 新野を見事にやっつけたな !! 」

 …ベンチに戻ると、百方やチームメイトから声をかけられ、一瞬笑顔を見せた球雄だったが、

「…あまり誉められた方法じゃないですけど、まぁナリフリ構わずってとこです…」

 と応えた。

(もうあの球は使えないな… ! )

 …心の中ではそう呟いていた。


 東葛学園高校7回裏の攻撃。

 この回の先頭バッターは五番打者の沖本だ。…例によってマウンドの玉賀を睨みながら沖本は右打席に入る。

(五番沖本、六番義田で始まるこの回に、何としても得点を上げたい…玉賀の方もそろそろ疲れが投球に出て来そうなイニングだしな… ! )

 球雄が打席で構える沖本を見て心中で呟く。

 …しかし玉賀は初球、外角へスクリューボールを投げて空振りさせると、2球目は外角低めに直球を決めてストライクを稼いだ。…そして3球目、インコースのカットボールを打たせて沖本を三塁ゴロに仕留めた。

 …そして今日、タイムリーヒットを打っている義田が右打席に入る。

「もしここで義田先輩が出塁したら俺にも打席が回る!…俺は絶対に次打者に繋ぐバッティングをするから、金ちゃん頼むぜ、玉賀のボールと配球をしっかり見極めて、打席に入る時にはファーストストライクを狙って打つ心の準備をしといてくれよ!」

 球雄が金二郎に言った。

「心の準備 !? …おぅ、分かったよ」

 球雄の真剣な言葉に金二郎は頷いて、ベンチから上体をぐっと乗りだした。

「もし、この回に金ちゃんがタイムリー打ったら、ヒーローインタビュー取れるぜ!」

 さらに球雄がそう言うと、金二郎の目も急に真剣になって来た。

「オーケー球雄!…俺たちバッテリーでヒーローインタビュー行っちゃおうぜ !! 」

「ワクワクだな!」

 …などと2人が言ってるうちに、玉賀と義田の勝負が始まっていた。

 …玉賀の初球は外角低めに外側から曲がって来るカーブでストライク。

 2球目は内角高めにカットボールを決めてストライク。

 3球目は内角低め膝元にスライダーを投げてショートバウンドさせ、ボール。

 4球目は外角にスクリューボールを落としてボールになった。

 …これでカウントは2ボール2ストライク。…まだ義田はノースイングだ。

(この打席、玉賀は横の揺さぶりというよりは高低の差を付けて責めて来ている…とすれば次は高めに直球、釣り気味で来るか…!? )

 義田の頭はそう考えていた。

 …果たして玉賀の5球目は外角高めのストレート、ボールくさい高さだったが義田はバットのヘッドを内側から合わせるようにおっ付けてライト線に打ち返した。…打球はライトポール手前のフェアゾーンぎりぎりに落ち、義田は一塁を回って二塁へ楽々と駆け込んだ。

 …東葛学園ベンチとスタンドから大きく歓声が上がった。








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