第39話 魔球勝負の結果

 … 球雄の魔球を打った新野は、打席でそのままボールの行方を見つめている。…観客席からは大歓声が沸き上がっていた。

 しかし打球は途中からググッとカーブしてレフトポールの左側へと切れて行った。

「ファウルボール !! 」

 球審がコールして、打球を見つめていた金二郎はホッと胸を撫で下ろした。

「クソッ !! 」

 新野はまだレフト方向を見ながら吐き捨てるように言った。

 …相手側スタンドからのため息を聞きながら金二郎はマウンドの球雄のところに駆け寄った。

「…さすがは新野、この球をしっかり攻略して来たな!ひょっとしたらと思ってストライクゾーンに落とさずに良かったぜ…」

 球雄がそう言うと、金二郎が

「球半分、外して正解だったな!…だけど正直、やられたと思ったぜ俺 ! 」

 と応えた。


 …実はこの試合の前日、新野はチームメイトの綱出と二人で球雄の魔球を攻略するための秘密練習を行っていた。

 最初は球雄の VTR を見て、魔球の球筋と変化、キャッチャーミットに収まる位置などをじっくりと確認することから始めたが、

「…新野、こんな球…どうやって打つんだよ?…第一、こんな球誰も投げられないぜ!どうすんだよ?」

 綱出が映像を見てまずはそう言った。

 新野はしばらく無言で画面を見つめていたが、やがてフッ ! と笑みを浮かべて答えた。

「なぁ綱出…これって要するにフォークボールだろ?…フォークってのは普通は真ん中から低めに落ちてボール球になるからみんな引っ掛かって空振りする訳だよな?…だけどこいつは顔面付近からインコースのベルト付近の所に落ちてストライクになる…だからミートポイントまで球筋から視線を切らずにしっかり目で追えれば捉えられるはずだ!…そうだろ?」

「いや、理屈は確かにそうだけど、実際に顔面に向かって球が来たらどうしたって顔をそむけるか、目をつぶるかしちゃうだろ本能的に!…ほら、バックネット直撃のファウルの時にネット裏の観客が、当たらないと分かってても避ける動作をするじゃないか?あれと一緒でさ !! 」

 綱出が言った。

「だったら、顔に向かって来る球にビビらなくなる練習すりゃあ良い訳だな…!」

 新野はことも無くそう言った。


 そして二人はグラウンドに出ると、新野が右打席の2メートル前に防護ネットを立て、自分は打席にバットを持って構えた。

「綱出!マウンドから俺の顔面めがけてボールを投げてくれ!」

 新野が叫んだ。

 指示通りに向かって綱出がボールを投げ、新野の顔面にまっすぐストレートが向かって来て、手前の防護ネットに「ザシッ !! 」と当たった。

「…どう?」

 綱出が訊くと、新野がかぶりを振って、

「ダメだな、やっぱり恐怖感が凄い…ネットに当たるまでキッチリ見れないや…ちょっと顔をそむけちまう…だけどこれをやらないと!…恐怖感が消えるまでやらないとあの球は打てないぜ!」

 と応えた。


 さらに新野はホームベース内角ギリギリの腰の高さにティーを立て、ボールを置いてみた。

 そして新野はこの後、綱出が投げたボールが防護ネットに当たるのを見てから素早くそのティーの球を打つという練習をひたすら繰り返し実践した…。


 …やがて新野はだんだんと恐怖感に打ち勝ち、顔に向かって来るボールをしっかり見切ってのティー打撃をマスターして来て、視線もスイングも完璧にして納得のレベルになって来た。


「…綱出、サンキュー!…もう良いや、そろそろ終わりにしよう」

 汗を拭いながら新野が言った。

「オーケー、明日の試合は頼むぜ四番バッター!」

 綱出が笑って応えた。


 …7回の表、先頭打者の新野は、0ボール2ストライクからの球誰の4球目を待つ構えに入った。

 マウンドの球雄に声をかけてから、ポジションに戻って腰を降ろした金二郎は、

「球雄!もう一丁、魔球だ !! 」

 と叫んだ。

「何っ!?…」

 新野が一瞬驚いた顔で構えを解いたが、マウンドの球雄は先ほどと同様にボールを握った右腕をぐっと新野に向けて突き出した。

「…面白え…!」

 新野もそれを受けて左手に持ったバットのヘッドをレフトスタンドへと向ける。

 …スタンドからはまたざわめきが起こる。

 球雄と新野の視線がぶつかり合う。

 …ゆっくりと振りかぶって投球モーションに入る球雄。

 しかし次の瞬間、球雄は左足をズザッ! と頭より高く上げた。

「何っ!?…」

 新野も、チームメイトさえも初めて見るアクションに戸惑いを見せる。

 そのまま腰をひねり、ひざは高くキープしたまま足先を徐々に降ろしながら上体を二塁方向までひねり、まるで野茂のトルネード投法を真似たようなフォームから身体を戻して腕を振って球雄が第4球を投げた。

 …ボールはまっすぐ新野の顔面に向かって行く!新野はしっかりと球を見極め、落下する先のミートポイントに向けてスイングを起動させた。

「うっ !? 」

 しかし次の瞬間、新野は小さく呻いてバットは中途半端なスイングとなり、そこにストンと落ちて来たボールが当たって打球はピッチャーゴロとなった。

 何なく球雄がさばいて一塁送球、新野を打ち取った。

「この野郎!…」

 新野が怒りの形相で球雄を睨んだ。






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