第38話 激突!球雄対新野

 …6回の裏、2対2の同点となり二死走者無しの場面で四番打者、都橋太郎が右打席に入った。

 マウンドの玉賀は帽子を脱いで顔や額の汗をアンダーシャツの袖で拭う。

(…同点に追い付かれ、奴は気持ちが少し疲れて来てるはず、ウチの打者はこの回すべてスライダーを狙って打ってるから俺には投げて来ないかもな…初球は外角にスライダー以外の球でストライクを取りに来る!…変化球ならスクリューは捨ててカーブ狙い、センター返しだ!繋げるぜ、まだまだ)

 都橋は玉賀をじっくり見ながら頭の中を整理してファーストストライクの球に気持ちを集中させる。

 …玉賀はノーワインドアップモーションから足を上げて第1球を投げた。

(来た!カーブだ !! )

 読み通り、初球は外角に縦に曲がるカーブ、ストライクを取りに来た球だった。…低めにぐぐっと沈んで行くボールを、都橋はバットのヘッドで捉え、センターへ打ち返した。

「キン !! 」

 芯に近い所で叩いたクリーンな打球音を残して、玉賀が伸ばしたグラブの上をボールは越えて行く。…そしてそのまま高速ライナーとなって、あらかじめ深い守備位置をとっていたセンター、デルゾ瑠偉のグラブに吸い込まれた。

「あぁ~~っ !! …」

 東葛学園ベンチとスタンドの観客から大きなため息が漏れた。

 玉賀はデルゾ瑠偉の捕球後のガッツポーズを見て、ふうっ!! と息を吐き、苦笑いを浮かべてベンチに帰って行った。


 …7回の表、八千代吉田学園の攻撃…この回の先頭打者は四番バッターの新野助清だ。

「行くぜ、金ちゃん !! 」

「おうっ !! 」

 球雄と金二郎はお互いに声を掛け合い、グラウンドへ飛び出して行った。

 そして、球場内にアナウンスが流れた。

「この回、守ります東葛学園高校の選手の交代をお知らせいたします」

 …ウグイス嬢の声に、スタンドからざわめきが起きる。

「ピッチャー、百方君に代わりまして、長江君、八番ピッチャー長江君!」

 …スラッガー新野に、新たな投手を上げて来たことに対して、八千代吉田学園側の応援スタンドからはざわめきが起こった…。

「ファーストの玉庭君に代わりまして、住谷君が入りキャッチャー、九番キャッチャー住谷君!」

 …バッテリーごと交代のアナウンスを聞いてさらに相手側スタンドのざわめきが大きくなった。

「これまでキャッチャーの義田君がファーストに入ります。…六番ファースト義田君!」

 …相手側スタンドのざわめきを聞きながら、球雄がマウンドで投球練習を開始する。…いつものように真ん中から始まり、ストライクゾーンの四隅にきっちりと直球を少しずつ速くして行くやり方だ。

 ラストの球を受けた金二郎が張り切って二塁へ送球、内野手が球回しをしてファーストに回った義田が最後にビシッと球雄に速いボールを返した。

「締まって行こ~っ !! 」

 金二郎が叫んでポジションにつく。

 ブン !!…ブン !!…と例によってスタンドにまで聞こえるスイング音を鳴らして素振りをしてからゆっくりと新野が右打席に入った。


「プレイッ!」

 球審が右手を上げて、ついに球雄と新野の対決が始まった。

 新野は (何処からでもかかって来い!) というようなドッシリとした構えを取って球雄を睨んだ。

 …球雄がゆっくりと振りかぶって第1球を投げた。

 初球はアウトコースのツーシーム、外側からストライクゾーンギリギリに入るボール。…新野は全く反応せずに見送った。

「ストライ~ク!」

 球審がコールする。

 金二郎が頷きながら球雄にボールを返した。

 球雄が2球目のモーションに入る。

 金二郎が外角にミットを構える。

 球雄の腕から放たれたボールは鋭くアウトコースに切れて行くスライダー、新野はまたも平然と見送った。

「ストライ~ク !! 」

 球審がまたも高らかにコールした。

 …その時、急に新野が憮然とした顔を金二郎に向けて言った。

「魔球はどうした?…」

 金二郎はそれには答えず、一瞬ニヤリとしてボールを球雄に返した。

 すると、新野は左手に持ったバットのヘッドをおもむろに球雄に向け、そしてレフトスタンドに向けた。

「おい、新野がホームラン予告してるぜ !! 」

 スタンドの観客がまたざわめき、八千代吉田学園側のベンチからは歓声が上がった。

「頼むぜ、球雄!」

 東葛学園ベンチでは百方が叫んだ。

 新野の挑発に応えるように、球雄はボールを握った右手をぐっと打者の方向へ突き出してから、ゆっくりと振りかぶって投球モーションに入った。

 思い切り腕を振って投げた球雄の3球目は、まっすぐ新野の顔面に向かって行った。…新野はしかし目も顔もそむけずにボールを見極め、目前でストンと落ちる球に鋭くバットのヘッドをぶつけていた。

「カキーン !! 」

 金属音を高らかに響かせて、打球はレフトスタンドポール際方向へと伸びて行った。




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