第37話 根張の足、中尾の打撃

 …先頭打者の根張がヒットで出塁して、二番打者の小栗順がゆっくりと左打席に入った。

 マウンドの玉賀はセットポジションからまず一塁へ牽制球を投げて、攻撃側の出方を伺った。

 小栗はバントの構えを見せる。

 …左腕の玉賀は当然ながらセットポジションに入ると一塁走者と正対する格好になる。さらに小栗も左打席から睨んでくる訳だから、まるで2人対1人の向き合い勝負となる。

 一塁走者の根張は玉賀を挑発するように右膝をポンポンと叩いてニヤリと笑みを浮かべた。…玉賀はパッと速い牽制球を投げて来たが、ボールはショートバウンドして一塁手が身を挺して必死に捕球、タッチは出来ない。

(何だよ、1点もやらないってか?…玉賀にプレッシャーかかってるじゃん!)

 打席の小栗は冷静だった。

 再び玉賀がセットポジションに入る。

 小栗はバントの構え。

 玉賀が足を上げて打者への第1球を投げた。

 そして根張は二塁へのスタートを切っていた。単独スチールだ。

 玉賀の初球はインコースに落ちるスクリューボール、小栗は最後までバントの構えのまま空振りした。キャッチャーが捕球後慌てて二塁へボールを投げたがボールが遊撃側へややそれ、スライディングして来た根張へのタッチが若干遅れてセーフとなった。…盗塁成功、無死二塁、チャンス拡大だ。

( よしっ ! …俺の打席のうちに根張を三塁に進ませる !! )

 …小栗は再度バントの構えを取って玉賀を睨んだ。

 セットポジションからクイックで投げて来た玉賀の2球目は外角に外れるストレート、139キロ。小栗はバットを引いて見送った。

 これでカウントは1ボール1ストライクだ。

(玉賀はスクリューボールをウイニングショットに使いたいはず、とすれば3球目は外角スライダーでストライクを稼ぎに来る!)

 小栗はそう読んでバントの構えをやめ、普通の構えに戻した。…二塁走者にチラッと見ると、根張は右腿にサッと手を置いた。

(やはり外角だ!)

 小栗は確信を持ってバットを握る手に力を込めた。

 …玉賀が投球モーションに入り、左腕を振ってボールをリリースする瞬間、小栗は瞬時にバントの構えに戻した。…3球目はやはり外角スライダー、バットのヘッドを押し出すようにして小栗はプッシュバントを決め、打球を三塁方向へ転がした。

 サードの片野強志が前進してゴロを捕球、一塁へ送球。小栗は懸命に走ったが一塁はアウト、根張は三塁へ進んだ。


「…問題はここからだな…!」

 崇橋監督がベンチで呟いた。

 実のところ基本的にこの東葛学園チームは監督がサインを出すことはほとんど無い。

 選手が場面に応じてベストの手段を自ら考えて実行するのが基本だ。…例えば走者が二塁に進んだ時、さりげないサインで打者にキャッチャーミットの位置を伝えるのも、選手自らが考えて実行していることだ。

 そのためチーム内は選手と監督の関係より、選手間のコミュニケーションの方が大事という意識が大きい。


 一死3塁、絶対に点を入れなければいけない場面で、三番打者の中尾貫行が右打席に入った。

 中尾はいつものルーティーンで、バットの先をピッチャーに向けた後、ホームベースの角をチョンチョンとつついてから構えに入る。

 …玉賀はセットポジションからの初球にインコースのストレートを投げて来たが中尾は腰を引いて見送り、ボールの判定。

(初球ストレートを近めに見せたってことは、次は外に変化球か…手を出してほしい球だな !?…)

 中尾が心中で呟くと、玉賀は2球目に外角へスクリューボールを投げて来た。

 中尾はバットを出しかけて止め、判定はボール。

(よしっ ! …読み通りの配球だ)

 中尾は内心ほくそ笑んでいったん打席を外し、素振りを2回して玉賀を睨んでから打席に戻った。

 玉賀はセットポジションから3球目を投げた。…ボールはインコースに食い込んで来るスライダー、中尾は身体を開きながら打ちに行ったがボールはバットの近い部分に当たってドン詰まりのゴロが三塁方向に転がった。

 三塁走者根張は猛然とホームへ走る。それを追いかけるようにサード片野がダッシュ、ボールを拾って本塁を見たが捕手は一塁を指示、舌打ちしながら片野は一塁へ送球して打者はアウトになったが、根張がホームイン!試合は2対2の同点となった。

「よ~し !! 」

「ナイスラン!」

 …ベンチのメンバーらが笑顔で、生還した根張と打点を上げた中尾を迎えた。

「しかし中尾は凄えな!…自分でゴロゴーのサイン (打席を外して素振り2回) を出して、わざとドン詰まりのゴロを打つとはな!…」

 根張が汗を拭きながら言った。

「2ボールになったから次は必ず内角スライダーでカウントを取りに来ると思ってね、小細工せずに普通に打てば詰まったゴロになる球だよ」

 中尾がちょっと得意げに応えた。

「ヨッシャ、これからだ~っ !! 」

 …ベンチの意気が一気に上がって来た。










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