第41話 球雄の打撃
「さすが義田先輩!…打撃センス半端ないな… ! 」
思わず金二郎が叫ぶと、球雄がバットを持ちながら、
「その義田先輩を俺たちでホームに帰さないと…俺は金ちゃんに必ず回すから、頼むぜ!」
と言ってベンチからネクストバッターサークルへと向かった。
そしてこの一死2塁という得点機に、七番打者甲斐田が右打席に入った。
(…ここは何とかヒットを打って繋げて行きたいところだ…けど、玉賀の変化球を引っ掛けて三塁ゴロってことだけは避けないとな ! …外角球をセンターから右方向に打つ!)
構えに入りながら甲斐田は胸中で、そう自分に言い聞かせていた。
…玉賀がセットポジションに入り、投げて来た初球はインコースへのスライダー、見送ってストライク。
続いての2球目はストレートをやはりインコース膝元へ、腰を引いて避けてボール。
(…外角へは投げて来ないつもりか !? )
甲斐田がふとそう思って二塁走者の義田を見ると、やはり3球目も捕手のミットは内角だと示していた。
(クソッ !! )
…舌打ちしながら甲斐田は3球目の内角スライダーを見送ったが、球審のコールはストライクだった。
…そして4球目、玉賀はまたもインコースへカットボールを投げて来た。
甲斐田は懸命にバットを振り出したが、ボールはバットの下面に当たって左足の脛を直撃した。
「ファウルボール!」
球審のコールを聞きながら激痛に甲斐田は打席の中で倒れ込んだ。
ベンチから慌てて金二郎が冷却スプレーを持って走って行く。
「…大丈夫だ!これくらい」
…足にスプレーした後、甲斐田は顔を歪めながら立ち上がり、バットを2回素振りして見せた。
…金二郎がベンチに戻り、再び打席で構え直すと、二塁走者の義田のサインは外角球の提示を見せた。
(よし、おっ付けて右方向だ!)
心中で叫びながらも、外角球狙いを悟られないように甲斐田はバットを寝かせ、腰を少し落として小さく構える。
セットポジションから玉賀の投じた5球目は、外角にズレながら落ちるスクリューボールだった。
甲斐田は身体が前に突っ込まぬように左足で踏ん張り、バットのヘッドを遅らせ気味にボールに合わせに行った。
しかし懸命に腕を伸ばして球を捉えたミートポイントはストライクゾーンから外れたボールゾーンだった。
そのためやや態勢を崩しながら捉えた打球は高く上がって、一塁右へのファウルフライとなった。
一塁コーチャーズボックスの脇でファースト新野が捕球して2アウト。二塁走者は動けず。
「くそっ !! 」
甲斐田は無念さを隠さず唇を噛んでベンチに戻る。
…そして球雄がバットを持って、この試合の最初の打席に立った。
右打席の球雄は、左足を大きく引いたオープンスタンスを取った。投手に対しては45度くらいの、かなり身体を開いた構えだ。さらにバットは右手と左手を拳ひとつ半ほど離して握り、かつ身体の前面で持つ、かなり変則的なスタイルだ。
(…何なんだコイツ!…あんな変な構えで俺の球を打つつもりか !? …)
マウンドの玉賀が、訝しげな顔で球雄を見つめた。
…しかしネクストバッターサークルの金二郎にはすぐに理解出来た。
(こりゃあテニスの構えじゃんか!)
…しかし玉賀はひとつ大きく息を吐くと、ゆっくりとセットポジションに入った。
(とにかく、もう2アウトだし目先の変則スタイルに惑わされず、俺のピッチングをするだけだ!)
そう心に決めて玉賀が投げた初球は内角に切れ込んで来る、得意のスライダーだった。
球雄は、玉賀が腕を振るのに合わせて右足を後ろに引き、バットを握る左手をスライドさせて右手に詰めてテークバックを取った。…内角を広く取り、かつバットを短く持って素早くインコースを打つ操作をしたのだ。…そしてバットをボールに押し付けるように捉えると、そのままセンター方向へ返した。
ほんの少し詰まった当たりではあったが、打球はピッチャーの頭上を越え、二塁ベースの右脇で弾んで外野方向に転がって行く。
「抜けろっ !! 」
球雄が叫んで一塁へ走る。…しかしセカンド伴利雄がボールを追ってギリギリバックハンドで捕球、ジャンプして身体をひねりながら一塁へ送球、懸命にベースを駆け抜ける球雄と微妙な タイミングだったが、送球が本塁側にそれて捕球した一塁手の足が離れ、セーフとなった。(記録は内野安打)
二塁走者の義田は三塁を回りかけてストップ、2死一塁三塁となってベンチとスタンドから歓声が湧き、球場内のボルテージが一気に熱くなる中、ネクストバッターサークルから金二郎がゆっくりと右打席へと向かった。
(頼むぜ、金ちゃん !! )
…一塁ベース上の球雄が心中で祈るように叫んだ。
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