第11話 野球とは何か?

 …試合中、二塁ベースを挟んで睨みあうセカンドとショート。

 だが球一朗は努めて冷静にかつ迅速にこの場を納めようと頭を働かせた。

(セカンドの先輩は俺に今のプレーを批判されたと思って腹を立てたのか !?)

 とっさにそう思った球一朗は、無理に笑顔を作って、

「先輩、ドンマイです!」

 と言った。

 …それがいけなかった。

「ふざけるなこの野郎 !! 」

 セカンドはついに大声を上げ、見かねたピッチャーがタイムをかけてベンチの監督に視線を送った。


 …結局球一朗はベンチに下げられ、代わりの遊撃手が入って試合は続けられたが、悪いことに交代させられたその回に逆転打をくらってチームは負けてしまう結果となった。

 …「こいつがあそこであんなケチをつけたから流れがおかしくなって負けたんだ!チクショー !! 」

 試合後セカンド先輩はそうワメき、チームの雰囲気も最悪の中、球一朗が覚えたのは悔しさや怒りや不条理よりも絶望感だった。

(…この野球部の中では、俺は何も向上できないな)

 そんな胸の内を察してくれたのか、あるいは一生徒へのフォローを考えてくれたのか、球一朗は監督兼顧問教師のところに呼ばれた。

「長江君、正直なところ今日の試合の敗因を君は何だと思う?」

 教師はまずそんな質問をしてきた。

「守備力です!…一つでも塁を取らさず、少しでも速く動いて短時間のうちにアウトを取る工夫をしようって考えがチームにまだまだ足りないと思います」

 球一朗はキッパリと答えた。

「う~む…」

 …自分で質問しておきながら、返答に戸惑いを見せている教師に、球一朗は逆に質問した。

「先生、あの場面で僕はどうすれば良かったんですか?…ゲッツーを取るにはあれしか無いですよ!」

 すると、一転して教師はしたり顔で言葉を返した。

「いや、君が上手いのは分かった。…だが野球はチームワークだよ!いちかばちかのスタンドプレーでゲッツーを狙うより、確実に捕ってしっかり踏ん張り、一塁へ送球してアウトにすればみんなが納得したんじゃないか?」

 …この時、球一朗の疑念は確信に変わった。

(この野球部のチームにいたらきっと俺はダメになる…!)

「先生、僕は将来はプロ野球選手になりたいんです!…」

 球一朗は思い切って教師にそう言ってみた。

 すると教師は表情を特に変えることもなく応えた。

「…そんなことより今はチームの和を大事にして派手な動きより一つ一つのプレーを堅実に行うことだ。試合に出たいならね!」

 …球一朗はもはや話にならないと諦めるより他はなかった。


 その晩、球一朗の父親、球直(たまなお)は、珍しく息子が暗く沈んだ表情をしているのを見て言葉をかけた。

「どうした !? …何かあったのか?」

 球一朗は父に逆に質問した。

「父さん、野球って何なんだろう?」

 …球直はそれでおおよそのことを理解した。野球部内で息子に何か衝撃的はことがあったのだ。エラーやミスしたとかそんなレベルの内容ではあるまい。息子は野球が大好きだ。その野球熱に突然水をかけられるような出来事があったに違いない。

「…野球はな、娯楽だよ!やって楽しく、見て面白い。上手くなるほど奥が深く、技術戦術、高度のプレーに感動して選手も観客もともに喜び合える素晴らしい娯楽だ。」

「…………」

 息子は小さく頷いたが無言のままだ。球直は言葉を続けた。

「だからお前が懸命にやっても野球が楽しくならない環境なら、そこを辞めて他に探せば良いんじゃないか?…お前にとって楽しい野球環境を!」

「えっ !? 」

 父の言葉は驚きだった。

 野球は娯楽…!しかし確かに球一朗にとってもそれはその通りだったのだ。まさに目からウロコの感じがした。

(野球を見失いそうになるようなところでやっても意味がない!もっと自分がより楽しくやれる環境でやろう!)

 球一朗はそう思って、顔を上げ父に応えた。

「分かったよ、ありがとう父さん!」


 …翌日、野球部の顧問教師に退部することを告げると、教師は驚いて球一朗に言った。

「何も辞めることはないじゃないか!ちょっと気にいらないことがあったからって短気を起こすなよ、我慢して頑張ればまたチャンスがあるし、…それとも昨日の私の言葉への反発か?」

 球一朗は訊いてみた。

「先生にとって野球って何ですか?」

 思わぬ質問に教師は戸惑ったが、

「…野球も大事な教育の場だ!みんなで汗をかき、忍耐を通じて人の和を学ぶところだ!君にもそう感じてほしい!」

 と答えた。

「分かりました。では先生、今までありがとうございました」

 そう言って球一朗はその日、学校を後にした。












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