第10話 球雄の父 球一朗
…球雄の父親、長江球一朗の職業は整体師だ。
現在は松戸市内の整体医院に勤めている。
球一朗の親も野球が好きで、巨人ファンだった。
その影響で、球一朗もまた物心ついた時から巨人ファンの子供に育った。
子供の頃の憧れのスターはもちろん原辰徳である。何しろカッコ良かった選手だった。
ルーキーの時には開幕シリーズの対中日戦、後楽園球場でエースの小松投手から右中間スタンドにホームランを打った。
そして現役を引退する時には東京ドームの対広島最終戦、エースの紀藤投手から左中間スタンドにホームランを打った。
…球一朗が小学生になると、もう将来の夢はプロ野球選手、それもジャイアンツの選手になって活躍することと決めていた。
「ねぇ、どうしたらプロ野球選手になれるの?」
球一朗がそう父親に訊くと、
「そりゃあもちろん野球の練習をすることだな!…だけど、プロを目指すなら投手の方が良いぞ」
という答えを返された。
「なぜならな、テレビの野球中継を見てみろ!…打者は自分の打順が来るまで映らないだろ?野手だって打球が飛んで来ないと映らない。…投手は投げる一球一球全部映る!…そのゲームが勝ったら必ずスターになるのは投手だぞ!…同じ努力や苦しい練習をするなら投手の方が合理的にプロに近づけると思うぞ!」
父親の言葉は球一朗にとっては衝撃的だったが、しかし確かに納得できる話でもあった。
「さらにな、打者の練習には限界がある。練習でどれだけ打球を飛ばしても、試合の時の相手のエース投手はもっと難しい球を投げてくる。…投手の練習は、自分の納得できる球を自信が付くまで投げることができる!自分で工夫ができるんだ。…プロになるにも、またプロになったとしてもこれは重要なことだぞ」
…まだ小学生の球一朗に対して、冷静かつ真剣な顔でそう父親は諭した。
そういった訳で球一朗は以降は野球中継を見るポイントは投手の投球内容に注目するようになった。
ちなみにその頃の巨人のエースは江川と西本である。
…江川は分かりやすい投手だ。単純に球が速い。軽くヒョイッと投げてるようだが、球は空気の上を滑るように走って打者のバットを空振りさせる。
興味をひいたのは西本だった。
時々打者を威嚇するようにガバッと足を高く上げ、右打者のインコースにシュートを投げる。西本のシュートは球自体が意志を持っているような、ホームベース近くで向きを変えて懐を抉るえげつない球筋だった。
…球一朗は自分の小遣いで週間ベースボールを買い、野球についての知識を学習するようになった。
特に投手の投球フォームの連続写真や解説記事は見てからスクラップブックにしてストックした。
テレビの野球中継を見る時には必ず解説者の話にも熱心に耳を傾けるようになった。
近所に、高校まで野球部だったという大学生の兄ちゃんがいて、時々キャッチボールの相手をしてくれたりしながら球一朗はどんどん野球が面白くなっていった。
…やがて地元の少年野球チームに入り、当然投手をやった。
カーブ、スライダー、チェンジアップはもう投げられるようになっていたので思うように打者を打ち取ることができたから楽しくて仕方なかった。
…ところがある日、チームの監督から突然予想外の言葉を受ける。
「…まだ子供なんだからそんな変化球を投げてはダメだ!直球で勝負しなさい ! 」
何故子供が変化球を投げてはダメなのか分からなかったが、監督に従いストレートばかり投げると、やはり強いチームのクリーンナップ打者には簡単に打たれてなかなか勝てなくなった。
…練習ではムキになって腕をぶん回して速い球を投げようと躍起になり、その結果試合では回が進むとコントロールが乱れ、痛打を浴び、そして肩を痛めた。
…中学ではもちろん野球部に入ったが、一年生時はグラウンド整備に球拾いに声出しだけで終わった。
二年生になってようやく少し試合に出してもらえたが、ポジションは監督役の顧問教師に決められてしまう。
初めての試合出場は、遊撃に入れられた。投手をやりたいので不満だったが仕方なかった。
すると試合の中、無死一塁の場面で三遊間に強いゴロが来た。
バックハンドで捕って身体を反転して二塁に素早く送球すると、三年生のセカンドはまだベースに駆け込む手前だった。
捕球してから慌ててベースを踏んでかろうじて二塁はホースアウトになったが、一塁への転送は出来なかった。
「先輩!ゲッツー狙えましたよ!」
思わず球一朗が叫ぶと、その先輩は
「俺が二塁に入るのに合わせて送球しろ、この野郎!」
と怒りを返した。
球一朗が呆気にとられた表情を見せると、先輩はさらにエキサイトしたのか急に怒声を上げた。
「何だてめえ、文句あんのか!」
…グラウンドに不穏な空気が沸き上がった。…
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