第9話 絶対に打たれない球
「…絶対に打たれない球って…?」
住谷が思わず聞き返すと、球雄が答えた。
「こないだ沖本先輩が言った、絶対的な決め球ってやつさ!…どんな相手でもこの球で必ず打ち取れるってボールさ!…変化球の投げ分けや配球だけじゃ、先日の義田先輩みたいに裏の裏をかかれて打たれる場合もあるからな…」
「そう!それだよ!…あの時、義田先輩はインコース攻めに対応してバットを短く持ったのに、外角低めいっぱいのスライダーをキッチリ捉えた!なぜ短く持ったバットであのコースにバットのヘッドが届いたんだ?」
住谷が話の中で疑問をぶつけると、球雄は苦笑いしながら、
「あれはまんまと騙されたよ!先輩は俺に外のスライダーを投げさせるためにわざとインコースを空振りしてバットを短く持ったんだ。…だが、テイクバックしてスイングに入る時、握りを緩めて振り出せば、バットは手の中でスライドしてグリップエンドで止まる!…インパクトの時にはバットがめいっぱい長くなっていたんだ」
と言った。
「…なるほど、すげえテクニックだなぁ、しかも球雄が裏をかかれるとは…もう、どんだけ~ !! って感じだぜ」
住谷の言葉に球雄は、
「だから、どんだけ~ !! をも超える決め球を考えなきゃダメってことさ」
と応えた。
「そりゃあまぁそうだろうけど、そんな簡単に決め球なんて考え出して投げられるのか?」
住谷がそう言うと、球雄はニヤリと笑いながら、
「実は…もう考えてある ! 」
と応えた。
…翌日、住谷は部活時に崇橋監督に球雄とのやり取りを報告した。
「…なるほど、で?…どんな決め球を考えてるって?」
崇橋がそう訊くと、
「…それが、具体的には教えてくれないんですよ。…それで、球雄がその新球をマスターするために、俺に練習を付き合ってくれって言ってるんですが…」
住谷が監督の顔色をうかがうように言った。
…崇橋はちょっとの間考えていたが、
「分かった!…お前は球雄に引き続き付き合ってやれ!…ただし6月いっぱいにはその、決め球ってやつをマスターして試合に投げられるようにしろ!7月からは野球部の練習に二人とも出て来いよ!…以上だ」
と指示した。
住谷は内心で、
「やった !! 」
と小躍りして、
「ありがとうございます!監督 !! 」
と言うと、捕手の道具一式をバッグに詰めて自転車で球雄のもとへ走って行った。
…江戸川河川敷グラウンドで住谷は球雄と落ち合い、まずは二人で柔軟など準備運動をした。
「…金ちゃん ! お前、フォークボールは捕れるか?」
アップを終えると、球雄が突然訊いてきた。
「ベースの幅くらいのコースなら大丈夫だけど…ショートバウンドなら押さえるぜ!球雄はフォーク放れるのか?…こないだは見せなかったよな !? 」
住谷が答えると、
「フォークは1イニングに一球しか投げるなって…親父に指示されてるんだ」
球雄が言った。
「ええっ !? マジかよ!…140キロ以上はダメ、フォークは1イニング一球?…それで絶対打たれない決め球をマスターするってか?…しかも6月中にだもんな…けっこう条件厳しくないか?」
住谷が言うと、球雄はしかしアッサリと応えた。
「大丈夫だよ!球のイメージはもう出来てる!あとは実際にイメージ通り投げられるかどうかさ!頼むぜ金ちゃん!」
「おう!任しとけ、どんな球だって受けてやる!…ってことは、決め球はフォークボールか?」
住谷が言うと、球雄はニヤリと笑って言った。
「ただのフォークボールじゃつまらないだろ?…俺が考えてるのは、まだ誰も投げたことが無いフォークだ!打者がビックリしてバットを振れないような球さ!」
住谷はじれったそうに、
「なぁ、いい加減そのお前の考えてる球の内容を教えろよ!捕手にもキャッチングのイメージってのが必要なんだぜ!」
と言ってきた。
「分かったよ…金ちゃん、じゃあちょっと見てくれ!」
…球雄はグラウンドの土面に小石で、投手から見た捕手と右打者の図をざっくりと描いて説明した。
「…ここからこう落ちるフォークだ!」
…住谷は驚いて、
「何っ !? 本当にそんな球、投げられるのか?」
と叫んだが、さらに球雄は自信たっぷりに言葉を続けた。
「それで終わりじゃないぜ!…この球はもうひと工夫で、打者の視界から無くなる究極の決め球に変わるんだ!」
「視界から無くなる?…それって、消える魔球じゃん?そんなマンガみたいなこと… !! まさか」
呆気にとられた顔の住谷に、球雄はただニヤリと不敵な笑みを返した。
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