第8話 球雄の秘密

 …球雄と野球部の2イニング勝負から3日が過ぎた。

 その後、球雄は野球部のグラウンドに顔を出していなかった。


 …そんな中、住谷は野球部の練習前に崇橋監督に呼ばれた。

「金二郎、これから球雄にユニフォームを届けに行ってくれ!…」

 住谷は監督の言葉に、

「はい ! …」

 と返事をしたが、先日から抱いていた疑問をちょっとためらった後で思い切って口にした。

「あのぉ…監督と球雄は、以前からの知り合いだったんですか?…球雄はいったい何者なんですか?…この辺の中学の野球部出身じゃあないですよね?…」

 崇橋は住谷の顔を見ると、笑みを浮かべて、

「…それは、直接球雄に聞いて来いよ!質問はそれだけか?」

 と答えた。

「もう1つあります。…先日の勝負の義田先輩の打席…義田先輩は球雄の内角攻めに対応してバットを短く持ち替えました。だから外いっぱいのスライダーで決めに行ったのに完璧に捉えられました。配球を読んでたにしても、なぜバットが届いたのか、いつグリップを握り直したのか解りません!それが引っ掛かってて…」

 住谷がそう言うと、崇橋は、

「ハハハ…!何だ、そんなことか !? …まぁそれも球雄に訊いてみろ!今日は部活の練習はいいから、お前は球雄に付き合ってみたら良いさ!」

 と応えた。


 …住谷が自転車で、崇橋から指示された場所へ行ってみると、そこは何とボルダリングの練習場だった。

 中を覗くと、タンクトップに短パン姿の球雄が壁の突起物に手をかけて登っている姿が目に入った。

「球雄っ !! 」

 住谷が声をかけると、球雄がこちらを見て笑顔を見せ、壁から降りて歩いて来た。

「お前、何でボルダリングなんかやってるんだ?…野球の練習はどうしたんだよ!」

 住谷がそう言うと、

「金ちゃん、ボールとミットは持って来てるか?」

 逆に球雄が訊いてきた。

「え?…一応持って来てるけど !? あとお前のユニフォームもな!」

 住谷が答えると、球雄は

「よし!…じゃあこれから野球しようぜ!ちょっと金ちゃんと遊んでやるよ!」

 と言ってニヤリと笑った。


 …自転車に二人乗りして、球雄と住谷は江戸川の河川敷グラウンドに向かった。

「…球雄と崇橋監督は前からの知り合いだったのか?」

 自転車をこぎながら住谷が訊くと、

「まぁな…って言うか、俺の親父と監督は同じ高校の野球部だったんだ!親父の方が一年先輩だけどな…」

 球雄が答えた。

「さっきのボルダリングは?」

「あれは良い練習だよ!…前身の筋肉が鍛えられるし、握力も指先の力も強化できる。…だいいち楽しいしな!」

「ピッチングに生かそうってか?」

「…おかげで俺の変化球の切れは良いだろ?」

「…ストレートの速さを上げることも出来るのか?」

「…多分な…だけど俺、親父にまだ140キロ以上の球は投げるなと言われてるんだ!」

「ええっ !? …どうして?」

 住谷は驚いて思わずブレーキをかけ、球雄に振り返った。

「俺の身体はまだ発育途中だから、速球にこだわると肘肩を故障する危険があるんだと!…だから今は少ない球数で打ち取る工夫をして行けと言うわけさ!…多分親父自身の経験からそうしろってことらしい」

「……!お前、すげえな !! 」

 住谷はそう言って、また自転車をこぎだした。


 …江戸川河川敷のグラウンドに着くと、平日の昼下がりの時間帯はほとんど人も居なかった。

 球雄は野球グラウンドのマウンドに上がり、住谷をホームベース後ろの定位置に座らせると、

「金ちゃん、過去のレジェンド投手の球を受けるなら、誰が良い?」

 と訊いた。

「…えっ?そうだな、野茂かな!」

 住谷が答えると、球雄は大きく腕を延ばして振りかぶり、足を上げながら腰をグイッとひねり、背中をまるまる見せた体勢から身体を戻してオーバーハンドで速球を投げてきた。

「ズバン !! 」

 140キロ近いストレートを受けた住谷は驚いて叫んだ!

「おぉっ!野茂だ~っ !! 」

 …ニヤリと笑って球雄は住谷の返球をもらうと、2球目のモーションに入った。

 今度は振りかぶった後、上体をくるくるとたたむように沈ませ、アンダーハンドから投げてきた。

「山田久志だ!」

 …住谷は驚きながらも楽しそうに球を受けていた。

 3球目は大きく振りかぶると上げた前足をまっすぐホームベース方向へ高くズイッと延ばしてからオーバーハンドで投げてきた。

「村田兆治だ!」

 …球雄のレジェンド投手完コピフォームの球を受けて住谷は単純に喜んでいた。


 …日が沈み、二人がグラウンドを引き上げようとした時、球雄が住谷に急に真剣な顔になって言った。

「金ちゃん、俺…夏の県予選までに絶対に打たれない球をマスターしたいんだ!」

「…はい?」

 …住谷は思わず呆気にとられた反応をしていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る