第20話

結局週末は、拓海に彼女が出来たことも有り、四人の予定は合わず話は流れてしまった。


ピリピリと冷たい空気が頬を貫く冬の海、久しぶりのバイトに少し心が躍る。


何だかんだ言いつつ海が好きなんだなと再確認しつつ、父さんの指示を聞きつつ身体を動かす。




 あれから渚とは、何だかんだで学校から帰った後でも連絡をしあっている。


今日の早朝も、昨日自分が寝てから送ったであろう、『バイト頑張ってね!』というメッセージが届いていた。


たったその一言であったが、年頃の男子が有頂天になるには十分だ。




「何だ!今日調子良いじゃねえか!」




「気のせいだよ!」




渚ちゃんか、と父さんからいつも通りのからかいを受けるが、それが気にならない程度には機嫌が良かった。


その機嫌の良さが仕事にも出たのか、いつもより手際よく動けている実感があった。


そのまま昼間で漁を続け、水揚げをし、いつもの位置に船を着けた。


漁獲量もそこそこで、冬の海にしては悪くない漁であった。


今日の漁の事を話しつつ、二人で船の片付けを終える。




「取り合えず帰るか」




そう行った父さんに続き船を降り、自家用車の黒色のワンボックスに乗り込む。


まだ免許は無いので当然運転は任せるのだが、普段から仕事をして、疲れているであろう父親に運転をさせるのはなんだか心苦しさも感じる。


エンジンがかかり車が走り出す、家までの短い距離だが、一時の休憩時間だ。


仕事中は触れなかったスマフォを見るが、渚からの連絡は無く、まああちらも仕事中かと自分に言い聞かせズボンのポケットにしまい込む。


その様子を横目で見ていた父さんが声を掛けてきた。




「そんなそわそわしてどうしたー?」




「いや、何でもないよ」




「やっぱ渚ちゃんからなのか?」




「そんなところだよ」




珍しく自分が否定しなかったことに驚いたのか、ほほうと唸りしばらく黙ってしまった。


漁港から家まで、それほど距離がある訳でないので、その沈黙の最中に家にたどり着く。




「まあ、頑張れよ!」




車を停めた直後に、おもいっきり肩を叩かれいきなりの激励を受ける。


そう言った父さんは何処か満足そうな顔を見せ、車を降りる。


それを追いかける様に降り、一緒に家の中に入った。


その後は汚れた服を洗濯機に入れ、船の上で軽く昼食を取っていたのでお互いの自室に戻り、洗濯機が止まるまで、しばしの休憩時間だ。


部屋に戻ると早速スマフォを取り出し、渚に連絡を送っておくことにする。


今朝のテンションもそうそう続かず、やはり早起きの土日は昼下がりが一番眠い。


一度寝てしまおうと思い、再度スマフォに連絡が来てないか確認をし、渚からの連絡がないことに少し落ち込みながら昼寝と洒落こむのであった。




 再び起きると、外は夕暮れで洗濯物のことも有るので、一度下に降り脱衣場に向かう。


ドラム式の洗濯機を開けると、まだ中身が残っていた。


どうやら父さんもそのまま寝ているらしい、時間も時間なので、そのまま乾燥機能を使って乾かすことにした。


ボタン一つで洗濯から乾燥まで出来るこの乾燥機は一昨年買ったものだ。


前の物は10年近く使っていた縦型の洗濯機であったが、この機種に変えて幾分か、生活水準が上がった様に感じる。


そうやって洗濯機が動いているのをぼーっと眺めていると、自分の二階から降りてきた足音で起きたのか、父さんが脱衣場に様子を見に来た。




「おーすまん。結構寝てたわ」




「俺も今起きた。乾燥かけて良かったよな」




「使え使え!しかし本当に便利だよな」




寝起きの顔で父さんは洗濯機をぽんぽんと叩き、その便利さを讃える。


時間は冬の夕暮れ、脱衣場も寒いので二人で夕飯の相談をしながら居間へと入る。


冷蔵庫を覗くと食材は乏しく、取り合えず買い物に向かうことになった。




「しっかい、作るの面倒くさいな」




「お腹すいたしね、総菜でも買ってこようよ」




父さんもどうやら疲れが溜まっているらしく、少し瞼が重そうだ。


出かける準備をするために、部屋に戻り財布とスマフォをパーカーのポケットに入れる。


ちらりとスマフォを確認すると、渚から連絡が来ていたが、車に乗ってから確認することにした。


外からエンジン音が聞こえるので、どうやら先に父さんが車で暖気を始めたようだ。


急いで下に降り、靴を履き、改めて忘れ物がないかを確認し、玄関を出る。


勢いあまってカギを閉め忘れそうになったが、小走りで車に向かった。


遅くなったことを詫びつつ車に乗り込む。


外はもう黄昏を過ぎ、夜に飲まれつつあった。


ヘッドライトに照らされる車道は、落ち葉が風に乗って舞っていた。




「何か風強いね」




「もう冬だな。まあ明日は休みだ」




今週の半ば位から天気予報では、日曜日からくずれるという話ではあった。


この様子を見るに予報は当たりそうだ。




「冬は仕方ねぇな!」




「そうだね、無理に出て死にたくないし」




父さんは、ほかの船が多少無理してで出れそうな日であっても漁には出ない。


軽くだが、死にかけたと聞いた事はあるが、詳しく話を聞いた訳でも無いので、関係してるいるかも分からない。


まあ自分も道連れにはされたくはないのでそれでいいとは思うが。


改めて父さんの事はあまり知らないなと考えていると、ポケットのスマフォが震える。


そういえば、渚から連絡が来ていたなと思い出し、アプリを開いた。


先程震えたのも渚からのようで、そこのは他愛のない会話が送られていた。


せっせと指を動かしそれに返事を返す。


連絡を送れば返事が返ってくる、当たり前の事かもしれないがこの数年の事を思えば、有り得ない位の進展具合だ。


横で運転する父さんから、明日デートに行けばいいじゃんと軽く冷やかされつつも、自分から誘ってみてもいいかもしれない、そう思えるほどに自分の中の渚の存在が大きくなっていることを感じた。




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