第19話

あの後、渚が店に呼ばれ、一緒に部屋を出て玄関で別れて帰宅する。


遠回りとは少し違うが、渚とこれからの関係を築ければなと思う。


少なくとも、話すたびに後ろめたい気持ちになることは無いと願う。


既に暗い、街灯が家まで照らす夜道は、波打つ心を落ち着かせるのには丁度良かった。


父さんには、遅くなると連絡もせず話し合いを始めてしまったので、玄関を開けるのは少し怖いが、何も連絡は無いので、恐らく大丈夫であろう。


家に着き、少しゆっくり玄関を開け、居間に行くと寝転びながらテレビを見る父さんを見つけた。




「ただいま、連絡しなくてごめん」




「おーう、どっか寄ってたのか」




「ちょっとね」




「ほう、まあいいや。飯にするべ」




疑問の目を向ける父さんだが、今日は何故か、いつも見たいに深く追及はしてこなかった。


おなかをすかせているであろう父さんを、これ以上待たせるのも心苦しいので、さっさと二階に行き、準備をして戻り、食卓に着き食事を始めた。


食事中も父さんは特に遅れた理由には触れてこず、他愛もない世間話をしていつも通りの食事といった感じであった。


もしかして、自分の雰囲気がいつもと違うのかもしれない。


まあしかし、中々に重い話をしてきた後なのだ。


自分では気付かなくても、親なら尚更、感じるものはあるのかも知れない。


食事も終え、風呂に入り、いつも通り部屋のベッドで寝そべりながら最新機種の携帯端末を弄る。


取り合えず、渚には家の手伝いの時間を削ってまで時間を取ってくれたお礼を送る。




「今日はありがとな、忙しいところすまん、っと」




独り言を言いながら画面をスライドし、文字を打ち込んで送信をする。


今日の帰り道、ただの思い付きで動いたが、いい方向に転んでくれた、そう思う。


先の話し合いを振り返ると、どれだけ渚が心の内に溜めてきたかが良く分かった。


たまたま、同じ中学、同じ高校に通っているが、もしこれが違う高校で会うことが全くなくなっていたらお互いに忘れて、流れていくような話だと思う。


大きくなるにつれて、薄れていく記憶なんてごまんとある。


それがたまたま、良く顔を見るから忘れなれなかっただけである。


だからこそ、価値のある物だったのかもしれない。


そのわだかまりが、薄れて消えるのではなく、お互いの手によって、ちゃんと解すことが出来たのだから。


無くなって行って良いものではない、ずっと幼馴染だったのだ、そんなの寂しすぎる。


そうやって今日を思い出し、少し感慨にふけっていると、マナーモードのスマフォが震えメッセージの受信を知らせる。


渚か、と思い素早くアプリを開いたが、悪友からのメッセージで少し肩を落とした。




『なあなあ、自慢していいか?』




『嫌だ』




『冷たい!勝手に言うけどさ!いきなりなんだけど後輩と付き合うことになった!』




『後輩って、いつも喋ってる子か?』




『もちっ!』




少し前から拓海の付き合いが悪くなった原因が判明した。


どういう繋がりで仲良くなったかは不明だが、最近よく一緒に帰ったり学内で話す姿を見かけていた。




『おめでとう』




祝いの言葉のついでに、かわいらしいスタンプを一緒に送り、おめでたそうな空気を演出する。




『お前も、愛しの渚ちゃんと頑張れ!』




この前の授業中の下りを弄ってきているのだろう、調子に乗った罰は後日受けてもらうことにしよう。


それ以上の連絡は面倒になり、スマフォを充電器に挿し、枕の横に放り投げる。




「渚と付き合うねぇ」




今までは後ろめたさの感情があったので、そういう対象として、見てはいけないと思っていた。


勿論あちらも同じであろう、お互い負の感情を背負いあっていたのだ。


このわだかまりの解決もそういう、男女の仲が進展したとはまた違った話だ。


無論、大切な存在には変わりはないのだが。


充電中のスマフォがまた震え、また拓海の可能性もあるが、念のため確認すると渚からであった。




『こっちこそありがとう。私から話す勇気なんて全然なかったから、本当に、ありがとうね!』




『こちらこそすまん、渚がそんなに悩んでたって気付かなかったし』




そう返し、スマフォを置こうとすると、長めにスマフォが震え着信を知らせていた。


いきなりの通話なので内心焦りながら画面をスライドし、応答する。




「もしもし」




「もしもし。いきなりごめんね、今大丈夫だった?」




「大丈夫、うとうとしてただけ」




そうなんだ、と少しはにかんだ声が画面越しに聞こえる。


学校で話すのは緊張しないが、どうしてこのスマフォと言うワンクッションあるだけ妙に硬くなってしまうのか。




「最後ばたばたしちゃったからさ、ちゃんとお礼言おうと思って」




「そんな気使うなよ、お礼を言うなら俺の方だな。ありがとう」




「そんなことないよ!こっちこそありがとね?」




「まあまあ、このままだとお互いにお礼ばっか言ってそうだからな。これからもよろしくってことで一つ」




「ふふ、そうだね。これからもよろしくね」




何ともこそばゆい感じが全身に回るが、それは決して不快なものでは無かった。


画面越しでも、渚が照れながら話をしていることは何となく伝わってきて、同じ気持ちな事が嬉しかった。




「そういえば、お店怒られなかったか?」




「大丈夫だったよ、ちょっと目が腫れてたからお母さんにはどうしたのって聞かれたけど」




「俺が変な事したとか思われてないか?それ」




「ちゃんと言い訳したから大丈夫だよ!」




言い訳の内容は気になるところではあったが、もう少しで日付が変わりそうなことも有り、また互いにお礼を言い通話を終了した。


スマフォをまた枕の横に置き、通話で聞いた渚の声を、目を瞑り反芻する。


嬉しそうな渚の声は、眠りに導く子守歌には丁度良く、心が落ち着いていくのが分かる。


明日また学校でまたあの声が聞こえるかな、そんな乙女チックな願望を抱きつつ、今日はいい夢が見れそうだと、途切れかけの意識を手放した。




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