Day2 遠い日の彼女



 ――死にたがりの一色。


 ……というのは正確ではない。

 死にたがっていたのは、一色 優星ではないからだ。

 しかし、その言葉を優星にかけるということは、あの事件を知っているということだ。

 逃げてしまいたかったけれど、顔も大学も割れている。

 今逃げたところで、ただの時間稼ぎに過ぎない。

 優星は講義が終わるなり、急いで席を立った。


「あれ? もう講義終わったの?」

 大学の門の前、まだ太陽は頂点には達していない。

 今朝、彼が優星に抱きついたのと同じ場所で、黒猫とじゃれていた。

「……お前は一体、何者なんだ」

「まーまー。意外とせっかちだったりする? 立ち話もなんだし、ちょっとそこのカフェでも行こうよ」

 ね、と彼に肩を叩かれて、優星は渋々後を付いていくことにした。


 全国チェーンのコーヒーショップに入る。大学の側にあることもあって、席はパソコンや資料を広げている学生ばかりだ。

 外が見えるように大きく取られた窓側の席に、二人は腰を下ろした。

 優星がブラックコーヒーなのに対して、男はなんとかフラペチーノという名前の、生クリームがたっぷり乗ったものをストローで飲んでいる。

 優星の視線が気になったのか、彼はドリンクをテーブルに置いた。

「あー、名前だったね。僕は黒前くろさき 星羅せいら。名前だけだと女の子みたいでしょ。

 それで、一色さんとは同じ大学に通ってます。大学二年生です」

 同じ大学と言っても、取っている講義や学部によって、近所に住んでいる人よりも遠い人物になる。黒前は学部が違うのかもしれない。

「でね、一色さん。平成がもう間もなく終わるわけですが、なにか後悔していません?」

「……後悔って」

「僕、知っちゃったんですよね。一色さん、中学生の頃、自殺未遂していますよね。同級生の女の子と」

 ――こいつは、どこまで知っているんだろうか。

 コーヒーショップの冷房だけではない寒さが、優星の肩を震わせる。

 淡々と、表情を変えずに黒前は続ける。


七星ななほし 真白ましろさん、でしたっけ」


 優星は静かに目を閉じた。

 そうでもしなければ、感情が溢れ出してしまいそうだったから。

 膝の上で、握り締めた拳が震える。


「……どこまで、知っているんだ」

「今、話したとこまで、かな」

「じゃあ、これ以上関わるな」

「それは無理かな。僕は貴方に協力して貰いたいから声をかけたんだ」


 ――協力?


 目を開けると、黒前が静かに優星を見つめていた。

 凪いでいる湖面のような澄んだ目は、どこまでも深く冷たさを感じさせる。


「もう一度、会いたくないですか? 七星 真白さんに」



 七星 真白。彼女の華奢な背中を思い出した。





 平成が終わるまで、あと六日。








 



 

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