序節 忌地出立

第01話 幻視赤藍/アルレーン①


 煉瓦造りの暗い通路を少女が走っている。

 背後からは水音が迫っていた。


 琥珀色の髪をなびかせながら少女が振り返ると、そこに四本のぶよぶよとした脚を持つ巨躯の蛞蝓アルレーンがいるのが見えた。通路全体を埋めるようにして進むために体液が壁中に擦りつけられて滴っている。


『呪界』に映るいくつもの触手を目にして、少女は一人、顔をしかめた。


 思い出してみれば予兆はあったのだ。たとえば、粘液に包まれていた道中の死体は、それ自体がゲロのように見えるほどの有様だった。その手の食い方は魔虫の仕業で、そのうえ人一人を丸呑みするような虫となると十数種。そのなかで洞窟を塒とするものはそう多くない。だから、その種くらいは絞りこめたはずなのだ。


 ――もしも少女の背丈がもう少しだけあれば、粘液が洞窟の上方にまで付着しているという事実に気付いた事だろう。そうすれば魔獣の正体も簡単に見破れたに違いなかった。人の背丈の三倍も大きい蟲は、アルレーンぐらいのものだ――


 しかしたとえ気が付いていたとしても、その意味があったかどうかは怪しいものだった。上級魔獣の肉は、信じられない弾力性と耐呪性を持っていて、魔鉄で作られている少女の剣といえども、傷一つ付けられない。奴を殺す方法などなかった。


 何のなぐさめにもならないが、ここに入ったのが間違いだったのだ。


§


 高純度の鉄に魔素を加えて精錬したものを魔鉄という。自然にも多く採掘されるため、戦錬士が用いる武具の素材としては一般的なものである。原鉄よりも遥かに堅くて鋭い刃が打てるために重宝されるが重量はその分だけ上がる。また、加工も容易ではないために武具以外に使用されることは、それほど多くはない。多くの兵士や戦錬士は、そうした魔鉄剣のなかでも、特によく鍛錬された玉魔鋼と呼ばれる鋼を使用した。これは鉄を幾度も重ねて鍛造した物であり、単なる魔鉄の剣よりも切れ味も強度も上であるのが常である。戦錬士の言う魔鉄剣とは、基本的に玉魔鋼で造られたものを指しているが、その性能はピンからキリまである。


§


 真っ白い耳元を一筋の汗が流れた。

 それは運動によるものではなく、恐怖によるものだ。


 少女は曲がりなりにも大陸五大流派がひとつ、真交流の中級剣術士であり、武器さえ持てないような弱者ではない。湿部で危険とされる忌地であっても彼女が不覚を取ることはなかった。だがそれでもこの蛞蝓の前では、無力な少女にすぎない。なにせアルレーンは上級中位の魔獣だった。そして、上級魔獣はまかり間違っても単独で相手をするようなものではなかった。装備と道具を手抜かりなく揃えた手練れの傭兵が、数人がかりで、それも丸一日かけて討伐するものなのだ。もちろんではあるが、その巣に一人で飛び込むという愚行など、通常の戦錬士は選ばない。


 では、一体どうして、少女は上級魔獣に追われているのか?


 彼女が、危険を告げるべき師匠の手によって、何も知らぬままに遺跡に放り込まれてしまったからだ。これはもう、死ねと告げるにふさわしい。常人ならばすぐに逃げ出すところを、少女は形だけでも遺跡探索をすることにした。逃げ帰ることは厄介な魔獣に出会うよりも面倒くさい――師匠との長い付き合いからそう判断したのだ。


 だが、その判断は間違っていたと、今や少女は思う。このまま何もしないと魔獣の腹のなかに収まってしまって、そうなるともう面倒くさいとか、くさくないとかいう問題ではなくなる。汚いゲロの塊になるのだ(それはそれで臭くはありそうだが)。


 壁の目印を見落としそうになった瞬間に、心臓が早鐘を打った。ここを通るのは二度目の気がしていた。道を間違ったのかもしれない。そう思いながらも足を止められずに走り続ける。ねとついた気配が角を曲がる度に大きくなった。すぐ後ろでアルレーンの触覚が蠢いているような、悍ましい感覚が彼女を走らせている。そして、もちろんそれは、ただの感覚ではない。第二の界――『呪界』に映る触手は妄想ではなく、白い首筋を既に舐めている。ちろちろと見え隠れする舌のような桃色の肉は少女をじっとり撫でていた。触れられたところには、ほんものの湿り気がある。この世界の別の位相において、アルレーンは少女を既に捕えてしまっていた。


 もちろんアレは真に恐れるべき呪術士ではない。だから、すぐさま死に至ることはない。だが、その運命はそう遠くはないとも思えた。アルレーンの這いずる音は、ずじゃりと近づいていた。咄嗟に腰袋をまさぐると硬い手ごたえがある。緊急時の為に持ち歩いている魔術具のひとつが手に触れたのだ。すぐさま少女は、腰袋から小木板を取り出してそろりと置いた。それは傭兵がしばしば用いる魔法術式板だった。


 いわゆる魔道具であり、木板には細かな幾何学模様がある。びっしりと無秩序に刻まれているようにも見える術式線、その中央には黄褐色の小さなアスバリオンが深く嵌め込まれていた。これこそ土鉄属魔力を内包する魔導石である。


 ほんのりと輝く魔石に指先を走らせながら、眼を瞑る。

 魔法の文言を思い出さないといけない。

 アルレーンはすぐそばまで来ていた。


 頭から喉へ、喉から舌へ。

 舌から呪界へ。


 魔法文がこぼれる。


「――∫土壁エダフォス/ティーツ


 そう唱えると同時に、周囲の煉瓦が生物の様に融解していった。流動する土がぐねぐねぐねと脈を打つと、みるみる内に通路を覆うように広がっていき、少女が再び走り出したそのときには、背後の通路は真新しい土色の壁で塞がれている。


 しばらくは足止めできるかもしれない。

 しかし振り返る余裕はなく、少女はただただ走り続ける。


 ここから遺跡の出口までは長い直線。

 白い光が徐々に近づいて、新鮮な澄んだ空気が肺へと流れ込む。

 屍肉と魔獣によって汚染されたものとは異なる匂い。


 これは緑の匂いだ。


「らあっ」


 少女はほの暗い遺跡から飛び出した。

 文字通り、飛んでいた。


 彼女が飛び出た穴は緩い勾配の崖に無数にあいた内の一つ。そこは鬱蒼と茂る森に囲まれており、森の中には無数の魔獣が棲んでいた。鳴き声も笑い声もない。人の気配はわずかにもなくて死の森という呼称が相応しい静謐が垂れこめていた。


 されどこの世界に重なって存在している『呪界』には、なんとも禍々しい呪力が満ちており、凄まじい量の怨嗟が溢れていた。今でも濃密な気として感じ取れるある種の呪いが森全体に定着している。とりまく呪界の全てが負として現れているこの場所は、精神汚染さえも引き起こすであろう忌地だった。


§


 ノーラン皇国冷部イムファの森には呪を受けた古代遺跡が存在する。


 現在『術式宮』と呼ばれるそれが建造されたのは約二千五百年前である。当時グレルト人が住んでいたこの地域は天獣によって大旱魃に襲われていた。何万人もが飢え、渇きに苦しみ、国中のあらゆる動植物が死に絶える寸前に愚賢王ラクサ=ロマーナは、術式箱の建造を国中の高名な魔法士たちに命じたという。


 「王城ほどもある箱を造り、天候をも操作する強大な陣を描け」と。


 なんでも、それは煉瓦や魔鉄や人間などの多種多様な材料を用いて構築されたのだと伝えられている。長期間の降雨を目的とした大規模な立体術式陣、一年後に完成した『術式箱』はもはや人造の迷宮と呼称されるに相応しい物であった。完成を祝う宴の翌日、魔力と処女の生血を溶かした太古の魔法液が(そして精液が)迷宮に満たされて、希少な大魔晶石の魔力が迷宮へと注ぎ込まれた。


 それゆえの雨。

 長きにわたる忌々しき旱魃は打ち倒され、

 どこにも無かった雨が、天から落ちた。


 その夜に起こった大洪水の結果として、一夜にして国は滅んだ。

 城搭から国土を睥睨していた国王ラクサは発狂したという。


 そしてこの地域は長い年月をかけて自然に浸食され、

 多数の希少な動物や魔獣が生息するイムファの森となった。

 

 悍ましきこの場所に人間が帰ることはもはや無かった。


§


 少女はそんなことを知らないままに崖から呑気に落下する。


 風が少女の琥珀色の髪を揺らすが、それは心地良さしか与えなかったらしく、落ちていることに気付いたときには、落下は既に終わっていた。崖下に落ちたのではない。魔獣の皮の防具の、首元を掴まれたのだ。筋力と靈気闘呪による肉体強化によって、少女を腕一本で支えている、それこそは師匠であるリアトの片手であった。


 リアト。

 リアト=マリオン。


 すくりと立つ筋肉質な女の肉体は鋼のように鍛えられており、一分の無駄なき身体は一種の芸術品の様に美しい。剣帯に無造作に差した剣に鞘は無く、鈍い紺色に輝いている。こちらも神々しいまでに美しい業物、藍神鋼で出来たバル二ュス。


 ノーラン人に特有といわれる美しい青髪が風に吹かれて剣の柄を隠す。

 その得物と同じ、夜の海のような群青が女の肩をしっかりと覆っていた。


「イルファン、なんだった?」少女の方を見もせずにリアトが問う。

「アルレーンです」少女、イルファンが答えた。

「そうか」リアトが言う。


 次の瞬間、そこに女の姿はない。


 彼女はイルファンが飛び出てきた穴の上にいた。崖に突き刺した藍剣の柄に柔らかく立っている。爪先立ちの器用さ。市井の曲芸のようにも見えるが女の身体は疑いなく静止しており、それはどこか尋常ではない無機質さを有していた。まるで機械か人形かのような。しかし、鋼鉄の肉体は、その内側に獣を飼っているかのごとく、荒々しい気配をも備えていた。


 同じ時、暗い遺跡の奥からもずもずと何かが蠢く気配が漏れる。驚くほどのことは何もない。呪界には既に零れんばかりの呪体があり、リアトにはそれが見えていた。当然のように魔獣の躰から伸びた数万本の触手が高速で空を走り、じゅるじゅると柔軟な肉を引き摺るような音が溢れだしたと同時に、


 ぼしゅり。


 アルレーンが飛び出す。


 それは第一界にも確かに映る姿、醜悪な巨大蛞蝓こそまさしく異形の怪物の実体。穢れた魔獣の触覚の先には倒れこんだ少女がいた。師の手から放り出されて、斜面で無防備に尻餅をついていたイルファンは、ただただ呆けている。蛞蝓は四本足を自在に動かして、その生きた肉を呑もうと崖を駆ける。


 少女は動けない。


 アルレーンがぬちゃりと口腔を開く。

 開くその奥にも触手。

 その、さらに奥にも触手。

 さらに触手、何千ものざらざらが粘液にまみれていた。


 小さな舌の群れがてらてらと輝いていて、

 イルファンはそれに魅入られる。


 世界がゆっくりと動いて時間が止まる。

 まるで光を浴びた雪のようだった。


「あ」


 触手が伸びた。

 アルレーンの身躰が、

 空間を引き裂いて伸びた。


 これこそ上級魔獣特有の位相反転移動術。アルレーンの姿が捻れるようにして『呪界』に消えた。そのとき少女の身体は金縛りにでもあったかのように動かない。アルレーンによって、恐るべき『魅了』の呪をかけられていたのである。


 そのためにイルファンは瞬間的に蛞蝓を見失うがその刹那。

 リアトが剣を振るった。


海尽みじん


 乾いた音がした。その振りは少女には見えなかったが、鋭気が幾つも空を裂いたことだけは感じられた。第四界を自在に舞う靈気の刃が同時に、恐らくは数千本放たれたのだ。少女の真上に現れていた魔獣の躰、弾性のある肉に細い切れ込みが入った。音も鳴らない。アルレーンは微塵になって飛び散った。それは死んでいた。


 数千か数万の欠片に分かれた大魔虫。

 そして蠢く肉が盛大に降り注ぐ。


 魔虫の血肉は酸や毒を持っていることが多いが、もちろんアルレーンも例外ではない。この魔獣の体液は酸性を帯びていると聞かされたことがあった。そのことを何故だか思い出す。思考の端の方で、地面に落ちた最初の滴がぶすぶすと黒煙を上げるのが見えて、本能的にイルファンの頬がひきつった。


「避けろ」リアトが言う。


 避けられるわけがない、と少女は思った。


 だが幸か不幸か。

 体液は一滴も当たらなかったのだった。


 

Δ



 もう日も暮れようかという頃、ローレッドの凍える山頂からリアトはようやく戻った。その肩には雪熊レルコオンの子どもが担がれており、死んだ魔獣の大きさはざっと見てもイルファン三人分はあった。今晩の飯にしてはいささか多い。夜に食べきれない分は山に埋めるのが二人の慣わしだったから少女は首を傾げた。


「これはなんですか?」


 問うた少女に笑み一つ返さず、リアトは塩の入った壺の横に肉を投げ捨てて、両手を払った。それから勿体ぶった様子で少女の顔を見ると、ひどく言いたくないことを無理やり絞り出すような表情をした。


「お前は優秀だ」師匠リアトが言った。

「え?」


 なにが師匠に奇妙な表情をさせているのかはともかく、イルファンにとって、話しかけられることと、褒められることは、ひどく怖いことだった。イルファンが拾われてから八年の月日が経つが、このように褒められて良かった試しがない。


 悪いことならば何度となくあったが。


 あれは五歳のときだった。お前には剣才があると言われた翌日から、修行が始まった。血反吐を吐くようなしごきは、そりゃ手加減されているとはいえ、柔い内臓を何度も吹き飛ばした。腕は折れて脚は潰れて、肌は血濡れになった。もちろん、それは修行だ。苦しみのあとには新しい何かを得られているのが常だ。無数の傷を自然に治癒する過程で、少女は呪力を身に纏う術を学習した。学習させられた。


「お前には……才能がある」リアトが言う。

「何のですか?」少女は顔をしかめた。


 そう。才能といえば、身軽さを天性のものだと言われたこともあった。


 そのときは崖からいきなり叩き落とされた。さっさと登ってこい、と逆光で影になったリアトが言った光景を忘れることはない。崖下には沢山の人骨が散らばっていて、その中には真交流の剣士と思わしき者もいた。イルファンは彼らが帯びていた武具を取って崖を登った。崖には大量のヌルソカ(魔液獣)が生息していたので、イルファンの全身は酸で爛れた。とはいえ、もはやそれはすぐに治る怪我だった。少女は確かに強くなった。強くさせられた。崖を登りきった後、すぐにイルファンは叩き落とされた。そのときは流石に、いつかこの手で殺してやろうと思った。


「師匠にそういう褒められ方をするのって、なんというか、その」

「褒められておけ。お前はあと、剣と体術、霊力、あとは冷静さも悪くない」

「それって才能……?」イルファンが呟く。

「傭兵にも向いているだろうな」リアトが言った。

「傭兵にも……」またも表情が引きつった。

「いずれは剣術士か傭兵か、国の正規兵か」

「ええと、次はどこに潜れば?」

 

 とぼけた口調で少女が首を傾げた。手元には剣がある。次第が次第だから、イルファンはすぐに抜剣出来る体勢を取って、尋ねた。何が来ようとも本気で受け止めるつもりだった。初撃くらいならば致命傷は避けられると思ってのことだったが、リアト相手では初撃に気付くことすらできない、ということには気付かない。


 幸い、女は静かに口を開いただけだった。


「アルレーン(魔蛞蝓)の攻撃を躱しただろう」

「え、あ、はい。師匠の教えの賜ですが」

「見事だったぞ」


 珍しく褒められているけれど、あれはアルレーンというよりもお前の攻撃じゃないのだろうか、と内心でイルファンは思った。そこですぐに、嫌すぎる考えに突き当たる。流石にそれはないだろうが、もしかして師匠は私を褒める為に、ただそれだけの為に魔獣を盛大にぶちまけたのではないか。いや、絶対にそうだ。当たらないように調節しながらアルレーンを微塵切りにしたのだ。ただ、こんな話をするためだけに。


 やはり師匠は狂っている。

 恐ろしさを感じたが、イルファンは取り敢えず話を聞くことにした。


「そこで、奥義を授けることにする」リアトが言った。

「奥義。飯炊きとかですか」


 奥義とは突然過ぎる。つまり怪しい。

 少女は疑念を悟られぬように注意深く答えた。


「それか、掃除」

「いや、違う」

「じゃあ、洗濯ですかね」


 掃除でも洗濯でもない。つまり怪しい。


 真面目に取り合うつもりは無い。リアトの言葉にぬか喜びするのは血反吐を喜んで吐くようなものなのだ。軽口を叩きながらも、眼光鋭く、油断なく少女は言葉を発する。ほんの少しの気の緩みが命取り。間違えても剣と言葉は正面から受けてはならない。会話の流れは第十界『綴界つづりのかい』に影響し、イルファンには知覚出来ないその界が、他の十界全てに波及し物事の流れを定めるからだ。


 少女は綱渡りをしている気分だった。

 それに気付いているのか、いないのか、リアトが厳しい顔で口を開いた。


「確かにお前の家事能力は初級下位だが違う。お前に教えてきた真交流の奥義だ。習得に十年はかかると言われている中級。それも真交流という玄人向けの流派をよくぞ身につけた。誇っても良いのだ、イルファン。お前はいずれ、私にも勝てる」


「は、はー、それはないです!」

「そうでもないぞ」


 天地熱冷がひっくり返っても起こり得ない観測だった。もちろん、第四界で行使される闘気剣術は呪導的であり、イルファンも時には魔法使いに見えるだろう。剣を振れば、それは岩をも斬る。当然、雨だって切断できる。地を走れば、実界中のあらゆる原種生物よりも速く動くことができた。だがリアトは速いどころではない。動きが見えないのだ。確かに自分は才能があるかもしれないけれど、それは人間の範囲での才能だ。師匠リアトはいうなれば化け物の才だった。


 なにせ彼女は真交流の『特級剣士』にして『七界繋者』である。

 すなわち、この世の理を極めてしまった人間。

 人間をやめた人間だ。


 リアトが習得しているという天技とは、五十年かかっても習得できないものだと聞いていた。まだ三十手前であろう師匠は、一体どれだけ幼い時から剣を振ってきたのか。そう思えば、自分がリアトと同じになるなど遠い先のことなのである。


 それに奥義習得となるとまた、あの地獄のような日々が待ち受けるに違いない。となると自分はまたも肉体と精神を粉々にするような修行をすることになる。強くなるのは嬉しいが、代償に命を持っていかれては流石に困る。もう少しだけ、身体の基礎を作りたい。万全の体勢で奥義習得に挑みたい。私、まだ十三歳だし。


 言を呈そうとした時、顰め面のリアトが言った。


「そういうことだから、人に会いに行く」

「人ですって!?」


 イルファンは奥義習得を止めさせることを言い逃すほどに驚いた。

 もちろん彼女が驚いたのにはそれなりの理由があった。


 イルファンにとって、この堅物で剣の権化のようなリアトが人と会うことなど、自分が奥義習得をすること以上にあり得ないことだったのだ。



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