(2)

『ふーん。それでなんて答えた?』

「そりゃもちろん、空いてるって……」


 その回答を聞いた瞬間、イヤホンから田辺たなべ久志ひさしの大きなため息を吐く様子が聞こえてきた。

 申し訳ない気持ちを胸に抱きながらそう答えた岳だったが、友人のため息に、その気持ちはより大きくなる。


 田辺と岳は、小中高と一緒の学校に通っている仲の良い友人同士であり、高校に入ってからは今の状況のようにパソコンを目の前に、通話しながらオンラインゲームを楽しんだりしていた。

 今週の土曜日もいつものように二人でゲームをする予定だったのだが、岳が真琴との用事を優先したが為に、その話は無くなってしまった。

 それが原因で、田辺はがっかりしていたのだ。


『楽しみにしてたんだけどなー。FPSに建築が組み合わさった、めちゃめちゃ面白いこと間違いないゲーム、お前とやるの』

「すまねえ……」

『ヒーローごとにアビリティも違って、ウルトまで派手にぶっぱさせるバトロワゲームなのになー。楽しみだったのは俺だけだったってわけかー』


 ゲームの楽しみしていた要素を並べる田辺は、この調子で岳を責め立ててやろうかとも思った。

 だが、素直に謝ってくれた上に、このままずっと黙って田辺の言葉を聞いていそうなので、「これくらいにしといてやろう」と切り上げる。


『ゲームは土曜にガクが帰ってきてからでもいいし、疲れてたら日曜でもいいし、俺のことなんて気にせず楽しんでこいや』

「うーん……楽しみたいのは山々なんだけど……どうなんだろ……」


 歯切れの悪い返事に加えて、何かを気にしている口ぶりの岳。

 田辺は、男女間の面倒くさい話に首を突っ込みたくはないため、ただ黙って話を聞くだけで、話を掘り下げようとはしない。

 そんな田辺の気持ちを岳自身も十分に理解はしていたのだが、質問せずにはいられない。


「あのさ……制服でデートってする?」

『……………………知らねえよッ――――!!』


 「プツンッ」と通話が切れて、岳は「だよねー……」と独りでに呟きながら、天を見上げる。


 ――やっぱり、舞い上がってるのは僕だけか……


 淡い希望を少しでも抱いてしまっている自分に、彼も嫌気がさしてくる。

 そんな少しだけ気分の沈んだ状態で一日が終わってしまうかと思っていた彼だったが、先ほど連絡が途絶えた相手から再度、通話が掛かってくる。


『さっきは、どうでもよすぎて切っちゃったけどさ。土曜って学校ねえし、制服着る意味ないってことは、やっぱデートじゃないんじゃねえの? それに俺としちゃあ、ガクと笠嶋が付き合ってるってことすら怪しいんだよ。あんだけ男避けてたやつが、お前と付き合うと思うかー? なんか裏がねえと納得できないって。土曜の件も、ホントはどこかの集会所で「本当の幸福とは何か一緒に考えませんか?」的なやつだろ、ぜったい』


 田辺の言うことは、正論だった。

 また、後半の言い分に関しては、付き合う代わりに殺されているとは、口が裂けても言えない岳は、苦笑いしながら否定する。


「多分、それはないんじゃないかな……大学の図書館で勉強ってパターンが一番濃厚だよ」

『あー確かに。それはあり得そうだよな、あいつ頭良いし。変な勧誘とかじゃなけりゃそれでいいんだけどよ……中学ん時の件もあるから俺も少しは心配してんだぞ』


 中学の時に岳の周りで起こった事件を、田辺も勿論把握していた。

 田辺自身も、二人の関係について無理やりに詮索はしてこないが、非常に気にはしている。

 岳も彼を心配させまいと、こうして状況を報告はしているが、根本的な部分、殺し殺される関係であることを伏せているためか、余計に不安を募らせてしまっている気もしていた。

 彼に彼女との異常な関係を話すべきか、否か。

 ほぼほぼ選択肢は一つしかないため、これからも田辺の不安は続くことになるだろう。


「大丈夫、心配ないって言いたいとこなんだけど、正直、これからどうなるのか、僕にも分かんないからね……」

『なんもないに越したことはねえけど、なんかあった時は、酷くなる前に別れるこった。あと、笠嶋に直接聞きにくいことだったりは、木下とか一個下の笠嶋の妹なんかに、話を聞いてみてもいいかもな。最近、木下とはよく話してるだろ?』


 田辺の言う通り岳は、ここ最近、真琴と親しい仲でもある木下に話しかけられる機会が増えていた。

 木下が、岳と真琴との関係に気づいたからか、それとも、真琴に教えられたからか。どちらにしても、岳に良くしてくれていることは確かで、田辺もそう思っていた。


「真琴さんも今日、そんなこと言ってたな。『最近、よく話してるから、もう既に木下さんと用事でも作ってると思ってた』とか」

『まことって誰かと思ったが、笠嶋の下の名前かよ……ってまた惚気話しようとしてねえか?』


 ただ岳は、今日の出来事を振り返っているつもりだったのだが、田辺にはそう聞こえたらしい。

 田辺が彼女の下の名前を知らなかったことに岳は、少し驚いた。

 彼女の前では強制だったが、田辺との会話の中ではその呼び名は今日まで出ていなかったようだ。

 完全に定着してしまった呼び名だが、真琴は何故、苗字以外の名前で呼ぶことを強制したのか、疑問に思った。

 付き合っているという実感を岳に持たせるための彼女なりの気遣いなのだろうか。

 今回、彼女から誘ってくれたのも、そういう思いからなのかもしれない。


『はいはい! やめやめ! もう良いから、ゲームするべ』


 田辺のその一言で、彼女に関係した話はそれ以降出ることなく、二人はいつも通りオンライン上でゲームを楽しんだ。



 今週の土曜日に何かしらの用事かイベントに岳が誘われたのは事実なのだが、デートという単語が彼女の口から発せられることはなかった。


 土曜日の朝九時頃。駅の「八」の字になったエスカレーターの前に集合。


 これだけが伝えられて、質疑には応じないとのことだった。

 そもそも、そんなエスカレーターが駅にあったかと、岳は思い返しながらその時聞いていたが、帰りに確認したら、確かに存在していた。

 もっと言うなら、「八」の字ではなくて、「八」の字を逆さまにしたようにエスカレータが並んでいた。

 デートという核心的な言葉聞けなかったものの、未だに見たことのない彼女の私服姿が見られるのであればそれで十分だ、と想像しながら、岳は彼女のことをじっと見つめていた。

 彼女と目が合って、彼は恥ずかしくなってすぐに目を逸らすと、全てを見透かしているかのような言葉を彼女から聞くことになる。


「言っておくけれど、当日は制服で来てね? 私も制服で行くから」


 彼女のその言葉に従わない理由もなく、彼女に私服で来てほしいとお願いする理由も彼にはない。

 制服だからと田辺にはデートを否定されたが、真琴と二人で学校のない日に出歩くのをデートと呼ばずして何と呼ぶのかと、岳は前向きな思考を心掛ける。

 彼女も田辺と同じように、今回のはデートではないと思っているのかもしれないが、自分だけはデートということにしておこうとそう決めたのだった。

 決めたのだから、何かしらの準備はしておこうと思った彼は、駅周りのおいしい食べ物のお店、おしゃれなカフェに時間の潰せるような場所を検索してはメモをとることを繰り返す。

 彼女との約束を控えた金曜日には、田辺に付き合ってもらって、自分で調べたお店の場所を確認しに行った。

 身長一八五の、いかにもスポーツをやっていそうではあるが、ただのゲーマーの男は、嫌そうな顔しながらも、岳と一緒に回ってくれた。

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