(3)
「でも、駅に集合ってだけで、駅周辺でなんかするってわけじゃないかもしれないぞ?」
「あ―――――」
駅の周辺をメモを見ながら、進んでいる最中、田辺から思いもよらなかった言葉を聞いて、絶句する岳。
しまったと言わんばかりの表情を浮かべて、その場で静止すると、すぐさま自らの頭を抱えて、自虐に走った。
「そう! そうだよ! 電車でどっか行くかもしれないのに! なんで駅の周りだけでなんかするって思いこんでたの!? あーもう……ホントバカ……」
そのままバカという単語をボソボソと繰り返している岳を見ていられなくなった田辺も、声を掛ける。
「まあ、今回はあっちが誘ってきたんだから、次はお前が誘ってやればいいじゃん?」
「気軽に誘えれば、苦労しないって……これが最後かもしんないだろ……?」
彼女にとって、椿本 岳という存在は、ただの自分の殺人欲求を満たしてくれるものだ。それ以外の要素は必要ないと思っているため、必ずしも椿本 岳である必要はない。
真琴と岳は恋人関係にはあるのだが、それはいつ破綻するのかも分からない綱渡りの状態で、ほんの些細な外乱でも、崩れ去ってしまう脆いものだ。
彼女がそう何度も、ただの殺人対象との野外活動に付き合ってくれるのか、甚だ疑問で、明日以降二度と来ないかもしれない。
「最後って……お前ら付き合ってるのにデートも気軽にできねえのかよ。やっぱ騙されてんじゃん」
「恋人のデート事情なんて人それぞれだろ? 僕らがお互いのプライベートを邪魔しない関係ってだけだから……」
「放課後に二人っきりでイチャイチャしてるような奴らが、そんな関係だとも思えないけどなー?」
岳と真琴の二人の関係がおかしいと完全に気が付いている様子の田辺だが、それ以上追及することはなかった。
それは決して、二人のことをどうでもいいと思っているからではない。本当に助けが必要な状況になった時、岳は自分に助けを求めてくることを知っているからだ。
そうなった時に助ければいいと、田辺は二人のことを深くは知ろうとしない。
「一応、他の調べたとこも回っとくか? まあ、帰りに寄るかもしれんしな」
「そうなると良いんだけどね……」
真琴はすぐに帰ってしまいそうな感じしかしないが、田辺がそう言ってくれるならと歩みを進める。
エスカレーターへと向かっていた二人だったが、こちら側に手を振って近づいてくる女子高生の姿を見つけて、足を止めた。
「二人でなにしてんのー? もしかして……デートかな?」
「そーそー。こいつが付き合ってくれってうるさくてさあ」
彼女の冗談に乗って、田辺は冗談で返すと、彼女は口に手を当てて笑った。
親しそうに話しているのは当たり前で、彼女は毎日、二人と同じ教室で授業を受けているクラスメイトだった。
性格は明るく、誰とでも仲良くなれるタイプの女子でクラスでも人気者だ。
顔の輪郭を隠すように伸びた髪は、首元で切られており、所謂、ボブという髪型で、背丈は一五五センチくらい。田辺と並ぶとその身長差は歴然だった。
最近では、よく椿本とも話をする機会が増えた女子生徒。木下
「あれ? 今日は、笠嶋と一緒に帰ってなかったっけ?」
「まーちゃんとはさっきまで一緒だったんだけど、わたしがちょっと用事あって別れちゃったんだー。二人はなに? お買い物?」
「いーや。こいつが明日の為に色々と回っときたいって言うからさあ。俺はそれに連れ出されてるだけ。木下は明日のこと、なんか笠嶋から聞いてねえの? なんでもいいんだけど」
真琴と木下の二人は、一年生の頃から同じクラスで、席が前と後ろ同士だったこともあって、とても仲が良い。
そのため、何か明日のことについて少しでも新しいことを知れれば、岳には都合がいいだろうと、田辺が質問をしてくれている。
――ありがとう。僕の為に……
本当は自分が聞かないといけなかったのだが、気軽に尋ねてくれた田辺に感謝の意を心中で述べるとともに、二人の会話に耳を傾ける。
「明日って、わたしはなにもないけど……ああ! まーちゃんのことか! なんか椿本くんと二人でどこか行くんでしょ?」
「そーらしいんだけど、行く場所とかさあ、聞いてたりしない?」
「さすがにそこまでは聞いてないなあ。ていうか隣に行く人がいるんだから、わたしに聞かなくてもいいじゃん。ねえ、椿本くん?」
田辺と岳は二人で顔を見合わせる。その後、田辺は呆れるようにため息を吐いて、携帯電話に目を落とた。
愛想笑いを浮かべる岳に、恐る恐る木下は質問する。
「もしかして、椿本くんも知らされてないの?」
岳が黙って頷くと、彼女は大きな声を上げながら、驚いた。
「えー!? 嘘でしょー!? なんで!? まーちゃん、なんで言わなかったんだろう……? サプライズ?」
「あいつそんなことするやつだっけ? まあ、俺は話したことないからなんとも言えねえけど……明日、待ち合わせの時間になっても来ないで、待ちぼうけするのに賭けてもいいぜ?」
「まーちゃんはそんなヒドいことしないよー!」
――それ以上のヒドいことをされてる……なんて言えないよね……
しかもそれを毎日やらされていることなど、田辺と木下の二人は知らない。
結局、明日の約束に関する情報は何も得られず、田辺は自らの両手を合わせる。
「田辺のせいじゃなんだから、謝らなくても……」
「いや、そうじゃなくて、急用ができちまってよ。わりいんだけど、帰っていいか? 木下もなんか用事あるんじゃねえの?」
「わたしは大丈夫! ちょっと椿本くんと二人で話した後に終わらせればいいから」
「じゃあ、帰るわ。明日頑張れよ!」
頑張るというのは少し違う気もしたが、応援してくれていることは素直に嬉しく感じ、急ぐ田辺を見送った。
多分、姪のお世話か何かだろうと予想している彼を、木下がニコニコしながら見つめる。
「今からわたしが直接、まーちゃんに聞いてあげるよ!」
そう言って、スマートフォンをいじり始める彼女の頼もしいことこの上なく、「ありがとう」と岳も感謝した。
同じクラスの女子と放課後の駅で二人きりのこの状況、何かがまずいと岳は気が付いた。
今のこの光景を真琴に見られたり、伝聞されて知られでもしたら、何を言われるのか分からない。
そんな岳の胸中を察してくれたのか、木下は口を開く。
「心配しなくても大丈夫! 誰かに見られてたとしても、わたしからまーちゃんに説明しとくから!」
「なんか変な気遣わせちゃってごめん……そうしてくれると、ホントにありがたい」
「フフフ……椿本くんはちゃんと明日の心配しないと!」
――良い人すぎる……!
真琴に惚れていなかったら、この人に恋い焦がれていたかもしれないと思いながら、木下が作業を終えるのを待っていると、数秒ほどで指を止めた。
画面から目を離した木下と目が合うと、彼女は笑みを浮かべながら、雑踏に紛れるようにぽつりと呟いた。
「明日、行かない方が良いと思うよ?」
「……え?」
一瞬聞き間違いなのかと思って、戸惑っていると、追い打ちをかけるように、今度は少しだけ顔を近づけながら、言葉を続ける。
「実はわたし、椿本くんのこと、ぜーんぶ知ってるんだー」
――知ってる……? 知られた? ぜんぶ……?
真っ先に彼の頭に浮かんだのは、岳と真琴の関係のことだった。
あの時の放課後、彼女が教室での出来事を見聞きしていたとしたら、知っていてもおかしくはないが、岳が真琴の刃物によって殺される場面を見ている、ということはあり得ない。何故ならその記憶は、二人の中にしか存在しえないものだからだ。
その場面を見ずに、真琴の言っていたことを全て、信じるかどうかだが、自分だったら信じられない、と岳は思う。
それに、木下の発した言葉には引っかかる部分があった。
二人の関係のことならば、「二人のことを全部知っている」という発言でも良かったはずだが、それが岳一人に限定されているということは、彼に限った話であるということ。
どんなことを知られているのか。浮かんでくるのは、小さなことから大きなことまで様々あったが、頭の中を支配していると言えるのは、一つのことだった。
岳が唾を呑み込んだ瞬間、木下は口を開いた。
「中学生の時、女の子にひどいことしたんだっけ? そんな人がまーちゃんと付き合ってるなんて、わたし心配だから……――――」
彼女はその先を発することなく、ただ、含み笑いしていた。
そして、念を押すようにもう一度、同じ言葉の旨を口にした。
「明日は、行かない方が良いと思うんだけど、椿本くんはどうするつもり?」
あくまでも脅迫をしているわけではなく、選択は岳自身に委ねている。それが彼の中の恐怖心を煽っていた。
明日行けば、何か大変なことが起こるのか。分からないが、答えは決まっていた。
「明日行くよ……」
「そう」
彼女は岳に背を向けながら、歩き出し、彼も黙ってそれを見ていた。
そして、数メートルほど進んだところで、彼女は振り返った。
「バイバイ」
そう言って見せている彼女の笑顔は、教室で見る時のそれと変わりなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます