ガン・レイピア-3

 脳内に直接鳴り響くようなアラームで、浅い眠りから目覚めた。


 明朝、午前六時。俺とハルカはほぼ同時に寝袋から上体を起こした。「おはよう」と低い声で短く挨拶を交わしてから、手早く行動を開始する。


 寝袋をストレージに格納し、装備を寝巻きから戦闘着へ。ウィンドウを軽く一操作すれば、マイセット登録している防具たちが一瞬にして俺たちの身を包む。


 防具と一口に言っても、鎧からインナー、指輪やメガネなどに至るまで種類は様々。身に付ける数に特別な制限はないが、ステータスに影響する"装備状態"に設定できるのは武器が一つ、防具が五つまでと決まっている。それ以外は見た目を変えるだけのスキンアイテム扱いだ。


 防具の中でも鎧や靴などは重ね着ができないぶん一つ一つが高めの性能に設定されていて、逆にアクセサリー類は《装飾品》と呼ばれ空いた枠を柔軟に埋めやすい。五つの防具枠をどのように設定し、かつどこまで見た目にこだわれるかは各プレイヤーが頭を悩ませる部分だろう。


 実際ハルカの装備は、彼女に良く似合っていた。長い深紅の髪に映える白い騎士風の装束は、腕や足の露出が多い気もするが動きやすそうだ。ハルカのことだから実用性一本で選んでのことだろう。


 プレイヤーの防御力は単純に本人のステータスと防具のステータスの合計点になるので、露出した生身の部分を攻撃されたからといって余分にダメージを食らうようなことはない。水着同然の装備で鎧より高い防御力を誇るものだってざらにある。


 ただ、そんな薄着ではろくな耐寒ステータスがあるまい。夜の砂漠はさぞ寒かったことだろう。


「君の完全装備、真っ黒だね」


「あんたは真っ白だな」


 お互い、さして興味なさそうに言い合って朝食の準備。消えていた火を起こし直し、金網を立てたところで「昨日のお礼にもならないと思うけど」とハルカが調理役を買って出た。


 彼女は食材や調理器具をなにも持っていないので、言われたものを俺が全て取り出した。ハルカは金網にフライパンをセット、ハムを敷いた上に卵を二つ割り落とす。


 ある程度焼けたらフライパンをよけて、空いたスペースに食パンを置いて網焼き。慣れた手つきだ。こんがり網目のついたトーストに半熟のハムエッグを乗せて、醤油を一回し。


「はいどうぞ」


「おぉ、ありがとう。なんだよ手際良いじゃんか」


 昨日は俺が火を起こしただけで感動していたのに。ハルカは「そうかな」と謙遜しつつ、「料理は向こうの世界で好きだったの」と答えた。


「全部君の借り物だから威張れないけどね。現金なら少しあるから、材料費とか出すよ」


「いいよこれぐらい。ここから出たとき、コーヒーでも一杯奢ってくれたら」


 ハムエッグトーストにかぶりつくと、さくじゅわっ、と小気味いい音が口のなかで弾けた。うん、美味い。最後になるかもしれない朝飯としては上等だ。


「……んじゃ、出発するか」


 あっという間に完食し、両手を合わせて立ち上がった俺の言葉に、ハルカは頬いっぱいに詰めたものを飲み込み、待ちかねたとばかりに頷いた。



***



 ヌシの捜索には、ハルカのジョブスキル【シックスセンス】が大変重宝した。


 周囲五十メートルのプレイヤーやモンスターを感知する索敵スキルだ。ハルカいわく、正確な位置だけでなく、その存在の力量レベルまで感覚的にわかるらしい。


 俺は俺で、ヌシの居場所には検討がついていた。昨日ヌシから逃げ回ったことでこのフィールドのマップは一通り解放したし、その際に明らかに怪しい場所を見つけていたからだ。


 俺の案内でフィールドを歩くこと十分。定期的に【シックスセンス】を発動していたハルカの足がピタリと止まった。同時に俺も、目当ての場所にたどり着いた。


「……いる、この先に」


「やっぱりな」


 一面に続く岩の壁。俺たちが足を止めた場所は、そこに巨大な横穴が空いていた。それこそ、あの巨体が十分通り抜け可能なぐらいの。入り口の地面には、バカでかい肉球の足跡が刻まれている。


「ヌシっていうからには、動き回るにしても行動圏の中心になるボス部屋がありそうだと思ってさ」


「あんな化物がいる割には、やけに静かだね。いるのは間違いないんだけど」


 壁の端に張りつき、俺たちは慎重に中を覗き込んだ。そして、同時に息を呑んだ。


「――寝てる」


 ヌシは、眠っていた。横穴の先に広がる岩の大部屋の中心で、体を丸め、低く唸りながら。毒々しいたてがみが顔を隠し、寝顔までは拝めない。


「ラッキーだな。睡眠時のファーストアタックはダメージ倍率二倍だぞ」


「その役目は譲るわ。君がその刀で斬った方が、一撃の威力は高いでしょ」


 平和に寝ているあの化物にこちらから喧嘩を売ることにたいして、俺自身日和ひよった気持ちがないでもない。隣のハルカが全く平気そうなので、辛うじて余裕な態度を保てているだけだ。本当は超怖い。


「よし」


 俺たちはヌシのねぐらに侵入した。足音を殺して、その距離をついに一メートルにまで詰める。五メートルに迫るその巨体の存在感は、地鳴りのような寝息だけで肝を冷やすほど。


「ヌシが起きたら手はず通りに。やばくなったら相方は置いてすぐ逃げる。それでいいな?」


「何度も確認したよ。私は死ぬまで逃げないけど、了解」


「この通り了解できてないからしつこく確認してんだけど……まぁいいや。勝てばいいだけだからな」


 俺は腰の刀を引き抜き、三つある武器スキルのうち最も単発威力の高い技を詠唱した。


「【雷轟らいごう】」


 大きく頭上に掲げた《魔桜》の刀身に、パリッ、と黄金の電流が弾ける。一秒近くのタメ時間を経て、ぶちかれる、稲光の如き金色ライトエフェクト。


 ちた刀が、雷鳴と共にヌシの頭に炸裂する。凄まじい手応えと反動で腕が痺れると同時、丸まっていた巨体が絶叫と共に膨れ上がった。

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