乾いた牙-1

 熟睡中の不意打ちに悶えつつ覚醒しゆくヌシから、俺たちは素早く距離をとった。


 毛並みを逆立て、寝ぼけまなこに見る見る憤怒の炎を灯して、大山の如き獅子は起き上がった。視線を合わせてターゲット状態となったヤツの頭上に、これまでのどのモンスターとも異なる禍々しいエフェクトを伴って、《アダストファング》という文字列が弾けた。


『乾いた牙』、か――なるほど、砂漠の主の名に相応しい。


 目覚めて間もないヌシの覚醒モーション中にも、距離をとったハルカの【ホット・ショット】が二発、三発と頭部へ命中し爆炎を咲かせる。視界上部に表示されたヌシのHPは、目算で一割ほど減少していた。


 ファーストアタックに選んだ刀スキル【雷轟】は、タメ時間が長く攻撃範囲も狭いため使い勝手こそ悪いものの、当たりさえすれば凄まじいダメージ総量を誇る一撃必殺の技。睡眠中の奇襲にはうってつけだ。加えて、【雷轟】には付加効果おまけがある――


 今にもハルカの方へ飛びかかりそうだったヌシの巨体に、突如黄色い電流が閃くや"あみ"のようにまとわりついた。四つ足を踏ん張って苦しむヌシに、回避行動を取りかけたハルカが不審げに身構える。


「《麻痺》状態だ、攻撃しろ!」


 短く指示を飛ばしつつ、俺は既に地面を蹴っていた。猛烈な加速で肉薄し、眉間にシワを寄せて硬直しているヌシの顔面を力いっぱい斬り込む。ズブン、とスライムを包丁で斬ったような手応え。獅子の顔に一筋の刀傷とうしょうが走る。


 その場で続けざまに二連撃。麻痺が解けるタイミングは勘に頼るしかない。あと一撃、いける。


「【雷轟】!」


 斬り上げたタイミングで発動することで、刀を振り上げるモーションを省略。たっぷり一秒のタメが恐ろしく長く感じた。雷鳴じみたサウンドエフェクトを撒き散らして、振り下ろした刀が再びヌシに大ダメージを与える。


 その瞬間、獅子の前足がピクリと動いた。同時に巨体を覆っていた《麻痺》のエフェクトが消える。


「……ッ、俺を、突き飛ばせ!」


 大技直後の硬直時間で動けない俺は、猛然とこちらへ突っ込んでくるハルカヘ怒鳴った。阿吽あうんの呼吸で俺の頭上に躍り出たハルカは、俺の頭を後方へ蹴飛ばした反動で高く跳躍。一方の俺は後ろに倒れたおかげで、前方を振り払う獅子の前足攻撃から間一髪逃れた。


 しりもちをついた俺の視界に映る、赤髪を踊らせて空を舞う少女。


 落下しながら空中で身をよじり、ハルカは顔を上げた獅子の眉間に、深くレイピアを突き立てた。


「【ホット・ショット】!」


 なんと、剣身が突き刺さった状態で砲撃したではないか。爆音と共にヌシの顔全体が真っ赤な炎と黒煙に握り潰される。ハルカは舞うように空中で旋回しながら、しなやかに数メートルの高さから着地してみせた。


「さすが、体操やってただけのことはある」


「《麻痺》があるなら先に言っといてよね」


「付与確率10%と低いからな、忘れてた、すまん」


 二人して距離を取りながら、《ブルーポーション》の小瓶を飲み干してSP《スキルポイント》を回復させておく。――やりやすい。まるで長年連れ添ってきたみたいに呼吸が合う。正確には、俺の指示を的確に頭で噛み砕いて、理想以上の行動で応えて見せるこの女だ。


 獅子が吠え、黒煙が晴れた。HPゲージは、今のでもう一割ほど減らせた。いける。俺の攻撃もハルカの攻撃も、ヤツの装甲を上回ってダメージを与えている。このゲームは、それさえクリアしていればどんな相手とも勝負になる。


「ここからは手はず通りだ!」


「分かってる」


 こちらに向かっていよいよ殺気立った目を向ける砂漠の主に対し、俺は刀を構えて一歩ハルカの前へ出た。ハルカはポケットから《フラッシュボム》を取り出して構える。


 ヌシが寝ていたのは想定外の幸運。ここからは当初の作戦通り、ハルカが等間隔で《フラッシュボム》を投げてヌシをハリツケにしている間に俺が斬りまくる。パーティーメンバーのハルカが投げたフラッシュボムの閃光が俺の視力を奪うことはない。


 ハルカもヌシの《幻惑》を維持しながら砲撃で攻撃に参加する。このため、俺の持ち合わせていたフラッシュボムはほとんど彼女に預けてある。母の資金で十分に購入できたため、最大所持数の99個持っていた。ハルカには引かれたが。


「突撃する。合わせてくれ」


「オッケー」


 ハルカに身を委ね、獅子に向かって走り出す。獅子も真っ直ぐ俺に突っ込んでくる。減速せず、防御の構えもせず走る俺と獅子が激突するという寸前、目映い閃光が獅子の鼻っ面で弾けた。


 鳥肌が立つくらい、興奮した。俺は既に【雷轟】を発動させていた。光に目を潰され悶絶する獅子に、三度目の【雷轟】が直撃。《麻痺》をもう一度与えることはできなかったが、更に目に見えてダメージが入る。ゴリッと削れたHPバーを視界の端に捉えて、いよいよ脳内麻薬がドバドバ溢れる。

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