ガン・レイピア-2

 炎が薪をパチパチ食らう音が、妙に心地よく響く洞窟の中。俺とハルカは、焚き火を挟んで二メートルほどの距離を開け、それぞれ寝袋にくるまっていた。


「……これで、私の伝えられることはだいたい全部かな」


 一通り話し終えたハルカに、一つ頷いて礼を言う。寝袋に横になると、俺たちはお互いに自分のレベルやステータス、武器、戦法、スキルなど、知る限りの情報を開示した。これにより、あのヌシを討伐する作戦がかなり具体的に立てられるようになった。


「レベル52、ジョブは四つ星の《ヒットマン》でジョブ熟練度21。武器は遠近両用の《ガン・レイピア》、武器熟練度30……ってことは武器スキルが四つ解放されてるはずだよな? 【スラスト】【バック・リープ】【ホット・ショット】、あと一つは?」


「え? あ、ホントだ。さっきのフリーバトルで熟練度が30に乗ったんだ。えーっとね」


 ハルカがなれない手つきでステータスウィンドウと格闘するのを横目に、俺も開きっぱなしのステータスを一瞥した。


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 職業:《シノビ》 ★★★★★☆☆

熟練度:18/100

 STR:+30

 VIT:-20

 AGI:+80

 INT:+30

 LUC:+60


《ジョブスキル》

①【隠れ身の術】……短時間、隠密ハイディングステータスを最大値に引き上げ、モンスターやプレイヤーの追跡から逃れる。

②【????】……熟練度50以上で解放。

③【????】……熟練度100で解放。


※解放条件

・レベル30以上

・《刀》を所有している

・《AGI》100以上かつ、基礎ステータス五項目のうち《AGI》の値が最大

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 あの日、シュンのレガシーに触れてレベルが30を越えたことで、俺は《シノビ》の解放条件を全て満たした。


 ジョブには七段階のランクがあり、俺の《シノビ》は五ツ星。上から三番目の階級だ。ジョブには全て三種のジョブスキルが設定されているが、現状の熟練度で俺が使えるのは【隠れ身の術】だけ。


 これまで使い道のなかったスキルだが、実は今日、ヌシから身を隠したときに初めて役に立った。鼻の効くモンスターを相手にあの距離は普通やり過ごせない。


 ジョブの熟練度は、モンスター討伐やクエスト達成によって気の遠くなるような速度で上がっていく。体感では、上昇効率は武器の熟練度の三分の一以下だ。


 熟練度を上げる効率の良い方法の一つにフリーバトルがある。モンスターとの戦闘と違いフリーバトルでは経験値を得ることができないが、その変わり熟練度の上がり幅にボーナスがつくのだ。それでも一朝一夕でガツンと上げられるものではないが。


「にしても、セツナ君のステータスは何から何までぶっとんでるね。武器も防具もジョブも、アジリティなんて異次元だよ」


「異次元なのはあんたの方だ。筋力値俺の倍以上あるとか泣けてくるぞ」


「女子だからステータスに倍率かかってるんだよ、きっと」


「向こうの世界でスポーツとかやってたのか?」


「うん、体操。だから体の柔らかさには自信あるよ」


 へえ、と相づちを打ちながら、ふと奇妙な感覚になった。ハルカも同じだったのか、会話が一瞬途切れる。ひんやりした岩壁の洞窟に寝袋を並べて焚き火を燃やし、今日あったばかりの俺たちは、向こうの世界の話をしている。


「セツナ君、日本人だよね? どこに住んでた?」


「東京」


「うそ、私も。もしかして、どこかですれ違ってたことあるのかな」


「どうかな……あんたみたいな目立つの、見てたら記憶に残ると思うけど」


「ちょっと、私だって向こうじゃこんな赤い髪してませんから!」


 不思議だ。俺はひょっとすると、今日出会ったこの少女を異世界の住人とでも錯覚していたのだろうか。彼女にも向こうでの暮らしがあり、かつては、普通の女子高校生だった。そう思うと、今こうして並んで知らない土地に寝転がっている状況が、ひどく浮世離れして感じられる。


「……ハルカは、どうして旅をしているんだ?」


 聞かない方が紳士的だったに違いない。それでも俺は、尋ねずにはいられなかった。俺は身を乗り出すほど、心中何かを期待していた。果たしてハルカは、俺の期待通りの言葉を放った。


「――ハナミヅキを、殺すため」


 あぁ、と、危うく感動の声が漏れかけた。淡々と、その奥にただれるような憎悪を秘めたハルカの声に、俺は酔いしれた。身悶えするほど嬉しかった。


 母も、ケントも駄目だった。みんな俺を否定した。この少女だけは、俺の痛みを、気持ちを、きっと分かってくれる。信頼に足る同志だ。


「セツナ君も、そうなんでしょ?」


「……あぁ、そうだ」


 弱まってきた炎がちらちらと揺らす暗闇の中、寝袋に身を包んだハルカが、顔をこてんとこちらに転がして俺を見た。火がなめるように照らす白い肌がつやめく。ハルカは、背筋が凍るほど妖艶に笑った。


「お仲間だね」


 正直この夜は、まともに寝つけなかった。

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