25-矢

 目覚めてもまだ、こめかみが痛む気がした。あまりにも鮮やかな、弓矢の一撃。完全に頭蓋を貫いて、あっという間に俺は絶命したのだった。

 しかし、ここはどこだ。天井と、床がある。建物内か。衣擦れのする足音に上体を起こして身構えると、男が一人現れて、おお、と声を上げた。

「本当に、黄泉還っておる!」

 烏帽子に狩衣、どうやら貴族の一種らしい。従者も二人ほど控えている。男は俺をじっと見つめ、恐る恐る手を伸ばした。下手に抵抗してまた殺されたくもない。俺は動かず、触りたいだけ頬を触らせてやった。案外、無骨な手だ。

「おまえは、人、なのか?」

 難しい質問だ。

「……人の子として生まれて、胸を突かれて死んだ。随分と昔の話だ。それから何度となく死んだが、その度に蘇ってる。祠に祀られてたこともあるが、俺が人なのかどうかなんて、俺自身が一番聞きたいとこだ」

 おお、と男がまた声を上げる。話の内容にというより、俺が言葉を発したことに驚いているようだ。

 男はしばらくしげしげと俺をあちこち眺め、ゆっくり頷いた。

「ならば、鬼か」

 まあ実際、そう呼ばれるのが一番しっくりと来る。野山で草木や獣を食らって暮らし、冬の寒さで死んでもいつかまた生き返る。ツノだのキバだのが生えてるわけじゃないが、ま、胸を張って人であるとは言えないか。返事の代わりにため息を吐くと、男は満足そうに笑顔を見せた。

「ならば鬼よ、これよりは我が一族の式鬼として生きよ」

「へ」

 突然の宣言に、気の抜けた変な声が出た。

「……つまり、あんたの家で下働きとして暮らせ、ってことか?」

 男は頷く。

「嫌だと言ったら?」

 ふうっと、男の表情が変わった。完全なる無表情。一切の感情が読めない。

「なれば、伏せるのみ」

 あ、これはヤバいやつだ。生き返ったばかりの回らない頭でも理解できる。殺される。

「あー、わかった。悪い話じゃないと思う。むしろ助かる。すげえ助かる。あんたの家で働かせてもらいたい」

 さっきの無表情が嘘のように、男はまたニッコリと笑った。こいつ、めちゃくちゃ怖い。しかも眉毛ないし。


 死ぬまでこき使われると思ったが、違った。掃除や洗濯、風呂焚きなんかを任されるようになったが、無茶な労働を強いられるわけでもないし、毎日のメシは支給される。山暮らしに慣れた身体には、馬小屋の片隅に用意された藁敷きの寝床でも十分すぎるくらいだ。風雨を避けて眠れることが、こんなに贅沢だったとは。

 数日、そんな風に過ごしていると、主人に声をかけられた。工房を見せてやる、と言う。何人もの男が、木を削ったり、弦を張ったりして、弓を作っていた。

「これが弓削の仕事よ。朝廷で使われる大切な品だ。鬼、お前は手先が器用そうだな。我らを超える手業を披露できるかな?」

 無茶言うな、と思ったが、よくよく眺めればそれほど難しい作業はしていない。一応、普通の人間より長く生きてるし、石器でも鉄器でも、木や蔓を切ったり削ったりしてきた回数は彼らより多いはずだ。

 見よう見まねで、弓を一張り作ってみた。小刀を手に取った時点で周りの職人はのけぞって逃げ出したが、気にしても仕方がない。烏帽子もつけぬ小汚い鬼がいきなり刃物を持ったわけだから、ビビるのもまあ仕方ないところだ。

 完成した弓を手に取ってしばらく眺めていた主人は、ほぅ、と声を漏らした。

「これぞ鬼の技、と言うべきか」

 弓を作ったのは初めてというわけではないが、野山の生木を石で削って蔓草を張ったようなものしか経験はない。質のいい材料と便利な道具が揃っていたから、思ったよりそれらしいものができた。

 主人はニッコリと笑った。

「鬼よ。わが名において命じよう。今日これよりは、弓作りに参加せよ。工房への出入りを許す」

 職人たちがざわついた。こうして俺は、狩られた鬼として、この家に仕えることになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

タカヤ ~死に続ける男~ 栗印 緑 @souzo17mm

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ