パールレディ

 次に目が覚めた時、私は巨大な銀の鍋の中にいた。

 身体は熱く、動くと激痛が走った。

 熱にやられてぐったりしていると、鍋の中にいたタピオカたちがくるくる回って、一生懸命冷ましてくれた。

 私はぶよぶよの身体をじっとさせたまま、死んだ時のことを思い出した。

 田島樹里が死んで、何人が心から悲しんでくれたかな。お父さんお母さん・・・あ、それくらいか。

 それでも、人生をあっさり手放してしまったことに罪の意識を感じた。

 タピオカになった私たちは、声を出して会話はできなかったが、互いになんとなく意思疎通ができた。

 あんた、掛け飛び常習犯?

 そう聞かれた気がして、私はうなずく代わりに身体を揺らす。

 私も、と頭の中で声がする。

 虎之助って知ってる?

 私がそう聞くと、百くらいのタピオカが揺れたので、笑った。あいつ有名人じゃん。

 ペペの白いピアノを聴いた人?

 みんなが一斉に動いて、鍋ががたがた揺れた。タピオカって、本当にダメ女の生まれ変わりなんだ。この事実は確かに、コンプラ的にアウトだわ。

 うちら、これからどうなるの?

 わかんない。

 ここにいれば、もう一度人生やり直せるの?

 心の中でつぶやくが、誰も答えない。


 めがねにツインテールの従業員がやって来て、部屋の電気を点けた。

 薄く濁った水の中から、エプロンが見える。

 あのロゴ、どこの店だっけ。わかった。パールレディだ。ここ渋谷店だといいなあ。昔よく行ったから。

 めがねちゃんが鍋の中にお玉を入れて、かき混ぜた。

 水流に身をゆだねると心地よく、身体の熱もすっかり冷めていた。

 後から来た同僚と、韓国アイドルの話で盛り上がっていた。話に夢中になると、お玉を持つ手に力がこもるようだった。特にジミンの名前を呼ぶ時、その力はマックスになった。

 めがねちゃん! ジミンへの愛が強い!

 力強くかき混ぜられながら、私たちは悲鳴をあげ、ウォータースライダーに乗っている気分ではしゃぎながら回転し続けた。

 そうしているうちに店のシャッターが開いた。朝の光が差し込んで、今日一番の客がやってくる。

 来たね。

 みんなに伝えたが、緊張しているのか反応がない。

 私たちはおとなしく、ぷよぷよした身体をぎゅっと寄せ合う。

 最初に注文したのはブレザーの制服を着た女の子たち。

 高校生になったばかりだろうか。すっぴんの笑顔がかわいい二人組だった。

「プリンミルクティーのタピオカ増しで」

「私、フルーツ緑茶で」

「かしこまりました」

 めがねちゃんが、はきはきと答える。

 やだ! 緊張するね! がんばろ!

 みんなの興奮が一斉に伝わってきて、鍋の温度がぐんぐん上昇する。

 めがねちゃんの手によって、私たちはすくわれた。プラスチックカップにつるりと流され、それから冷たい泥の竜巻に飲まれると、一瞬で仲間の姿が見えなくなった。

 私は次の人生のことを考えようとした。つるつるの脳みそで。

 そこには、かつてあった不安や苛立ちや、劣等感はなかった。

 私はただの一粒の、ごきげんなタピオカだった。

 気持ちのいいまどろみが襲ってくる。

 こうやって沈んでいくのに、心地いい懐かしさを感じる。

 女子高生は、ストローをかき混ぜながら歩く。

 私はポニーテールの女の子の手の中にいる。

 噛み砕かれれば、私はきっと、この薄い膜を破ることができる。そして彼女の身体の中で、新しく生まれる。そんな気がしている。

 ああ、そうか。

 誰かが言っていた。私はもう一度、人生をやり直すんだって。今日がそのスタートだ。

 お誕生日おめでとう、私。

 次はきっといい人生になるよね。

 彼女がストローで吸い込んだ。私の意識は混濁する。力を振り絞って、もっと! と大声で叫んだ。

 もっと吸って! もっと噛んで! 早く溶かしてよ!

 私は彼女の喉を通る。大笑いしながら、彼女の身体の中を旋回する。

 ピンク色の洞窟の中で、私を覆う薄い膜はちぎれた。そこで初めて息を吸い込むと、中から私が少しだけ出てくる。

 やったわ。わたし。もう少し、がんばれ。

 ねえ、わたしね、もうすぐタピオカからうまれるの。

 

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わたしねタピオカから生まれたの アヤワスカ @ayawaska

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