俺の入院日記 その10

『・・・・そ、それは君には関りのないことだろう』


『確かにね。でも見てしまった以上、放置しておくわけにもいかんでしょう。そういえばナースステーションの前にある公衆電話に貼ってあるステッカーに「人権上問題がある場合は東京都の弁護士会にご相談ください」ってありましたが、あれはウソですか?』


『・・・・貴方は不眠症が酷いようですね。夜は良く眠れるように別の眠剤を出しましょう・・・・これで診察は終わりです』


 奥歯にモノが挟まったような物言いだ。明らかに俺を追い出そうとしている。


 診察室から出る間際、俺はボールペンを落とすふりをして、床に屈みこんだ。


(やっぱりな)


 俺は思った。


 事務机の下に『あるもの』を発見したからである。



 その日の夜の事だ。


 10時を回っていただろうか。


 俺の部屋のドアが開き、誰かが入ってきて、俺を揺り起こした。


 眠い目をこするふりをして頭を上げると、この間の三人組のうちの一人がそこに立っていた。


『おい、ちょっと顔貸してくんねぇか?』


 何だか随分古びた脅し文句だな。


『今何時だと思ってんだ?消灯後あんまりガタガタやってると、夜勤のナースがうるさいぜ』


『とにかく来いってんだよ。』


 低い声で俺を脅しつける。


 俺はゆっくり身体を起こすと、サイドテーブルの上から眼鏡をとってかけた。


『またいつものところか?』


『・・・・・』


 相手は何も答えない。


 先に立って、病室の斜め向かいにある脱衣場兼洗濯室に入った。


 そこには例の髭面ともう一人が、腕を組んで待っていた。



『おい、何で呼ばれたか分るよな』


 髭が俺の前に立ちはだかって、俺を睨みつけた。


『いや、分からん』


 とぼけたように俺は答えた。


『これでもか?』


 隣に立っていた別の一人・・・・背が低く、痩せているが、切れ長の吊り上がった目をしている・・・・が、カッターナイフをちらつかせて凄む。


『あれ?この病棟じゃ、刃物は持ち込み禁止なんじゃないのか?』


『るせぇ!』


 ひゅっと、俺の頬を掠めた。


 紙一重の所で俺はよけた。


『なかなかやるじゃねぇか。次はそうはいかないぜ?』


 奴はもう一度、今度はカッターをまっすぐに構えて俺につっかかってきた。


 俺は身体を開いて刃物をよけると腕を掴み、縦拳を奴の鳩尾に向かって叩き込んだ。


 モノも言わずに奴は身体を『く』の字なりに折り曲げると、そのまま床に両膝をついて倒れた。


 もう一人・・・・俺を迎えに来た奴だ・・・・が、今度は靴下に何か固いものを詰め込んだ、疑似ブラックジャックで俺に殴りかかってきたが、俺はそいつを適当にあしらい、小手返しに取ると、そのまま投げ飛ばした。


『や、野郎・・・・・』最後に残ったのはあの髭づらである。


 こいつはどうやら、ボクシングでもやっていたようだ。


 俺に何度かジャブを繰り出してきたが、俺はやすやすとかわし、肘打ちをくれてやると、大内刈りで後ろに倒してやった。


 これだけ書くと、ずいぶん時間がかかったように思うだろうが、全部で正味5分とかかっちゃいない。


『誰に頼まれたか知らんがな。暴力で他人様に言うことを聞かせたいんなら、相手を良く見てからにしろよ。』


 俺はそう言い残すと、軽く口笛を吹きながら洗濯場を出て行こうとし、入り口で足を止めた。


『ああ、ついでにいっとくがな。今の一部始終は、俺の眼鏡につけてある特殊CCDカメラで全部撮ってあるから」


 それだけ言い残し、俺は欠伸を一つした。



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