俺の入院日記 その9
翌日、俺は『病棟診察』の日に当たっていた。
この病院は外来も受け持っているため、医師がしょっちゅう患者を診察してくれるわけではない。
俺の主治医の久保田医師は金曜日の午後が診察日と決められているのだが、外来の患者が多かったりすると、診察が中止になったりすることもあるという。
(そんなに能力のある医者だとは思えないんだがな)
しかしまあ、その日は定刻通りの診察と相成った。
久保田医師の担当患者は俺と中村壮太を含めて5人、その中にはあの黒髪で色白のレース編みの女も含まれていた。
診察は病棟のホールに面した、
『診察室』で行われるのが普通だ。
俺達患者は、その前に椅子を並べ、ひたすら自分の順番が来るまで待つ。
こうした精神に問題を抱えている患者の診察というのは、聴診器を使ったり、触診をしたりといったことはあまりしない。
ひたすら患者の話を『聞く』これのみである。
だから、患者によっては切々と自分の訴えをする人もいれば、じっと押し黙ったままで時間を過ごす場合もある。
だから、一人が2~3分で済む場合もあれば、10分経っても終わらない場合もある。
順番からいくと、俺は3番目、黒髪女、中村壮太君、そして俺だった。
俺の後にはまだ大学生だという、19歳の少年と、子供を二人抱えた(夫が連れて見舞いに来ているのを見かけたことがある)、三十代の主婦だった。
俺は後の二人にわざと席を譲り、しんがりにしてもらった。
二番目に診てもらった壮太は3分ほどだった。
『どうだった?』と訊ねてみると、
(夜なかなか眠れない)と訴えると、
(それじゃ眠剤=睡眠薬のこと=を変えましょう)
と、それで終わったという。
一番長く話していたのは、あの黒髪女だった。
彼女は病室から出てくると、こちらには一瞥もくれずに、ホールのいつもの席に腰を下ろし、手提げ袋から編み棒と本を出し、音楽でも聴くのだろうか、耳にヘッドホーンをはめ、当たり前のような顔をしてレース編みを始めた。
俺が譲った二人も、それぞれ5分ほどで診察を終え、最後は俺の番だ。
『乾さん、中へどうぞ』
看護師が呼んだので、俺は診察室に入った。
中は極めてシンプル・・・・というより素っ気ない感じしかしない。
スチール製の事務机に、これも飾り気のないスチール製の椅子があるだけだった。
俺と向かい合って、向こう側に久保田医師が、鉄仮面のような面をして座っていた。
彼は自分の後ろのラックから、俺のものと思われるカルテを取り出して、机の上に広げた。
『どうですか?入院してみて、少しは変わりましたか?』
『あんまり・・・・それより、先生、俺、見たんですがね・・・・』
『見たって・・・・何を?』
久保田医師は最初にこっちを見ただけで、後はカルテに何事かを書くだけで顔を上げようともしない。
俺は中村壮太が、人相の悪い三人組に呼び出され、洗濯場で制裁を受けていたことを話した。
『だから・・・・どうしたというんだね?』極めて平静を装ってはいるものの、明らかに彼の頬は引きつり、コメカミが細かく痙攣をしているのが分かる。
『先生は彼の青あざや傷について、まさか知らないわけじゃないんでしょう?』
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