俺の入院日記 その11

 翌朝、洗顔を済ませ、朝食のためにホールに出て行った。


 件の三人組もそこにいたが、俺の顔を見るなり、慌てて目を逸らした。


『何かあったんですか?』


 壮太も流石にいつもと様子が違うのを察したんだろう。朝食のテーブルに着くと俺に質問してきたが、俺はただ、


『さあね』とだけ答えておいた。


 今日は土曜日。土日祝日はこの後特に何かある訳じゃない。


 外出許可や外泊許可(症状が軽いものや、退院が近くなると、こうした許可が出ることがある)が出ている患者以外は、殆ど病棟内でゴロゴロして過ごす。


 従って今日は午前中食事を済ませた後で、家族が迎えに来たりして、入院患者の半分くらいがいなくなっているので、いつもに比べれば閑散としている。


 スピーカーからはどこかで聞いたようなクラシックが流れ、ホールのテレビは誰も見ていないのに点けっぱなしで、プロ野球のデーゲームが流れていた。


 あの黒髪の女は、いつもと同じ場所に座り、イヤホーンを耳に当て、黙々とレース編みの編み針を動かしている。 


 そんな姿を横目で見ながら、俺と壮太は二人して自室に引き返した。


 彼はまだ昨夜のことが気になっているらしい。


 仕方ない。


 俺は自室に入ると、人差し指を立てて彼に促すと、部屋の隅から隅まで探し回った。


『やっぱりな・・・・』


 収穫はあった。


 俺は手の中に幾つかの小型の、銀色のボダンのような形をしたものを掴み、それを彼の目の前に突き付けた。


『盗聴器だよ。何となく分かってたんだろ?』


 彼はほうっと息を吐き、大きく頷いた。


『俺は君のご両親から依頼を受けた探偵だ。君を守ってやってくれって頼まれてね』


 彼は肩を落として椅子に座りこむと、また大きくため息をついた。


『きっかけは、本当につまらないことなんです・・・・・』


 ぽつりぽつりと、彼は話し始めた。


 入院して間もなくのことだ。


 彼はある女性から声をかけられた。


 そう・・・・あのレース編みの黒髪美人、彼女・・・・名前を大河内茉奈という。


 何の病気で入院しているのかは分からない。


 しかし、もう二か月はこの病棟にいる。


 何故なのかは誰にも分からない。


 そして、なお不思議なのは病棟の一番奥、一日八千円の差額ベッド代を取る個室を占領しているということだ。


 ある時、それは壮太がまだ入院して間もない頃だった。


 午後11時過ぎだったという。


 トイレに起きた壮太は、幾つかの音を耳にした。


 押し殺したような喘ぎ声。


 何かを舐めるような音、規則的にギシギシと軋む音・・・・。


 彼だって男である。


 何の音かはすぐに理解した。


 そう、それはまごうことなく、


『男女の性行為のもの』だったのである。


 音が聞こえたのはあの部屋・・・・つまりは八千円の『特別室』だった。


 好奇心にかられた彼は、部屋のドアを開け、覗き込んだ。


 間違いなかった。


 ベッドの上では『彼女』と、それから当時病棟にいた、薬物依存症で入院していた、19歳の大学生だった。


 ちょうど、クライマックスに達しようという、正にその時、彼女と目が合ってしまった。


 慌てて彼は部屋に戻り、その夜はそのまま寝付いてしまった。


 問題はその次の日から始まったのだという。


 

 





 

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