第6話 朝子ちゃんに『会いたい』ってメールをして。

 〇あずま えい


 朝子ちゃんに『会いたい』ってメールをして。

 久しぶりに…複雑な気持ちを味わっている。


 華月のおかげで、朝子ちゃんに会いたい気持ちが湧いた。

 この一年半、俺を支えてくれていたのは彼女の存在に間違いない。

 再会した時、あんなに手に入れたいと思ってたクセに…


 …一年半、勝手に朝子ちゃんのイメージを作り固めてしまってたのは俺だ。

 そんな物、取っ払って…今の不器用な朝子ちゃんと、ちゃんと向き合うべきだ。



 雑誌取材を終えると、メールが来ていた。


『あたしも…会いたい』


「……」


 それだけの短いメールに、少しだけ…口元が緩んだ。

 俺はすぐさま返信をする。


『明日のシフト何?』


 すると朝子ちゃんから。


『遅番』


 …好都合だ。


『今からテレビ収録があるから遅くなるけど、今日会いに行っていいか?』


『うん。待ってる』


「……」


 待ってる。が…俺の気持ちを軽くした。

 さよならってメールの事は、どうでも良くなっていた。

 ついでに…『うみくん』と、ハリー…

 いや、ハリーの件は…まだ少し根に持ちそうだが…


 とにかく、今夜会って…

 お互い、もっと本音を吐き出し合わなきゃいけないと思った。



 それからテレビ収録を終えて事務所を出ると、外に…


「ちょっといいか?」


 …自称『誰よりも朝子を知ってる男』…登場。

 軽かった足取りが、急に重たくなる。


「…急いでんだけどな。」


「何で急いでる?朝子に会いに行くつもりか?」


 色男は今日も色男だった。

 スーツのポケットに手を入れて首を傾げられて…

 俺は自分が同じ事をしても、こうまでカッコ良くはならないよなー…と、少しコンプレックスが湧きそうになったが…

 …朝子ちゃんは、俺に会いたいと言ってくれた。

 こいつじゃない。

 俺だ。



「そう思うなら話は早い。待たせたくないから、さっさとどけろ。」


 俺の低い声に色男は目を細めて…


「…なるほど。ハッキリ物を言う所は嫌いじゃないが、察しの悪い男に朝子を任せていいものかと不安になるな。」


 呆れ口調で言った。


「…は?」


「東、映。」


「……」


「あまり朝子を泣かせるような事をすると…」


「……」


「殺すぞ?」


 冗談だろ。と笑えるはずのセリフが。

 なぜか…笑えなかった。

 それほどに、口元は笑ってみせている色男の目が…

 なぜか…

 殺気に満ちている気がした。



「…おまえ何者だ。」


 俺が低い声で言うと。


「本当に察しの悪い男だな。」


 色男は鼻で笑った。


「たぶん…金髪の方はもう気付いてると思うけどな。」


 ムッ。

 いや…落ち着け。

 最近…どうも気が短くなっている気がする。



「…話はそれだけか。じゃ。」


 俺が色男の横を通り過ぎて駐車場に向かうと。


「おい。」


 背後から声が。


「…何。」


 顔だけ振り返ると。


「もう一度言っておく。朝子を泣かせるような事をしたら…」


「…殺すぞ、か。」


 小さく笑ってうつむくと。


 ピッ。


 …何かが…頬をかすめた。


「……」


 顔を上げて色男を見ると。


「…笑ってられるなんて、余裕だな。こっちは本気だぞ。」


 色男は指に輪ゴムをかけて。


「…俺はなかなかの名手でね。」


 俺目掛けて指を構えた。


「…指鉄砲の名手か?」


「気を逸らせるには十分の威力があるんだぜ?」


 そう言って…さっきとは反対側の頬に…それは…

 少し背中をヒヤリとさせる感触を残してかすめた。


 目が…離せなくなった。

 なんなんだ…?

 こいつ…



「残念ながら、むやみやたらに本物は撃てないからな。」


 色男はそう言って、俺の前を通り過ぎて落ちた輪ゴムを拾うと。

 ぞっとするような…笑顔を見せた。



 〇ひがし 朝子あさこ


 あたしは早番だったけど、映くんは取材やテレビ収録があったらしくて。

 結局…それらが終わって、うちに来ることになった。

 うちでいいのかな…って気持ちがなくもなかったけど。


 だけど…

 あたしは…『さよなら』って書いた事を後悔してるって…ちゃんと言葉に出す練習もしたくて。

 部屋で待っていたいと思った。



「あの…『さよなら』のメールについてなんだけど…」


 いや、いきなりそれ?

 まずは違う話から…


「…ハリーの件だけど…」


 いや、それも『いきなり』だよ…


 あたし…

 たぶん余計な事言い過ぎなんだよね…

 言い訳してって言われた時、全部素直に話すのが誠意だと思ったけど…

 こういうの…みんなはどうしてるのかなあ…

 …他の男の人の名前を言うなんて、ちょっとあり得ないか…


 …もう、過ぎた事よ。

 ハリーの言う通り、あたしは傷付くのが怖くて予防線張り過ぎてるんだ。

 映くんからさよならって言われるのが怖くて、しばらく会わない間に勝手に『もうダメだ』って思い続けて、それで終わらせてしまうなんて…


 映くんは何も悪くないのに、こうやってあたしに振り回されて…

 …うん。

 あたし、ひどいや。

 ちゃんと会って…謝って…

 前向きに考えたいって言おう。


 あたし、映くんの事好きだから。

 あの、さよならメールも…ごめんなさいって…ちゃんと謝ろう。



 何となく落ち着かなくて、キッチンであれこれと野菜を切った。

 これは浅漬けにしよう…

 これは下茹でして冷凍保存…


 そうやって黙々と作業してると。


 ピンポーン


 はっ。

 来た!!



「…はい。」


 ドアの前で言うと。


『…俺。』


 映くんの声。


 あたしは…ゆっくりドアを開けて…

 そこに映くんの姿を見て。


「…映くん…」


「朝」


 映くんがあたしの名前を言いきらないうちに。

 抱きついた。


「えっ…」


 映くんが驚いてる。

 そう…そうよね。そうよね。

 あたしからさよならって言ったクセに…


 でも。

 会いたかった。

 だから、顔見たら…もう、止まらなかった。


「ごめん…映くん…」


 映くんの胸で小さくそう言うと。


「……」


 映くんは無言のまま…あたしをギュッと抱きしめた。


「…俺こそ、悪かった。」


 顔を上げると、映くんはあたしの頬に優しく触れて。


「…まずは、入っていい?」


 小さく笑いながら言った。


「あ…ほんとだ…ごめん。」


 あたしも小さく笑う。


 …良かった…笑ってくれてる…。



 部屋に入って、映くんはもう一度あたしを抱きしめて…


「ごめん。俺…朝子ちゃんの事、よく知らないクセに…勝手に作ったイメージで固めてたと思う。」


 あたしはその言葉に、少し戸惑った。


 勝手に作ったイメージ…

 それって、きっと…すごくいいイメージだよね…


「だから、今夜はちゃんと色々話したい。」


「…色々…?」


「ああ。お互いの事。」


「…でも…それでイメージとますますかけ離れて行ったら…」


 あたしが不安を口にすると。


「それはないよ。」


 映くんは…即答。


「もう、勝手に作ったイメージは捨てた。」


 そのイメージがどんな物なのか…聞きたい気もしたけど…


「目の前の朝子ちゃんを、知りたいって思ってる俺が居るから。」


 あたしは…その映くんの言葉に…

 泣いてしまった。



 〇あずま えい


 俺が訪れたのは、日が変わる一時間前。

 今は午前二時。

 俺と朝子ちゃんは、ずっと…お互い自分の事を話している。


 何が好きで何が嫌いで…何が得意で、何が苦手か。

 時には突っ込んで質問したり…泣くほど笑って拗ねられたりもしたが。


 …うん。

 目の前の朝子ちゃんは、俺が思ったより…

 俺が勝手に作り固めてしまってたイメージより…

 ずっと…ずっとずっと純粋だ。



「俺としては、やっと仕事先を教えてもらえたのが嬉しい。」


 正直にそう言うと。


「そ…そうよね…本当に…誰にも言ってなかったからとは言え…映くんにも言わないなんて…ね…」


 朝子ちゃんは少し弱ったような顔をした。


「ごめんね…でも、ハリーには…バレてるの。」


「…なんで?」


「たまたま…店の前でバッタリ会って…」


「…そっか…」


 仕方がない。

 俺は滅多に外食しない。

 ましてや、日本に来て一人暮らしをしてるあいつがどこで何を食ってようが…何も言えるわけもない。



「ま、いいさ。俺は偶然じゃなくて、ちゃんと教えてもらったんだからな。」


 笑いながら言うと。


「…ありがとう。」


 朝子ちゃんは、小さくそう言った。



 特殊な環境で育った。と華月から聞いて。

 その辺も…突っ込んで聞きたかったが…


 俺が家族構成を。


『親父はギタリスト。母は元シンガーで今は専業主婦。』


 と言ったのに対し…朝子ちゃんは。


『あたし以外の家族は警察の特別機関で働いてて…』


 と言った。


 その時点で…その部分は聞くのをやめた。

 特別機関って事は…あまり表沙汰にしない方がいい情報なんだろうし。

 だけど…


「あのさ。」


「ん?」


「朝子ちゃん以外の家族って、何人?」


 そこが気になった。

 何となく大家族を彷彿させる。


「あ…変な言い方しちゃった…なんて言うか…あたし自体は、両親と兄の四人家族なんだけど…同じ敷地内で家族みたいに生まれ育った者もいて…何だか、大家族みたいに思えちゃってるって言うか…」


「…そうか。」


 同じ敷地内。

 なぜか、昔誰かと必死で見た気がする『ムツゴロウ王国』を思い出した。

 同じ敷地内で他人と共同生活をする。

 それが一人っ子の俺には刺激的に思えたし…反対に、俺には出来っこないと強く思わされた。



「お兄さんとは何歳違い?どんな人?」


 俺の問いかけに朝子ちゃんは一瞬目を丸くした後、少し間を開けて。


「…えっ…と…」


 瞬きをたくさんした。


「…すごく年が離れてるとか?」


 言いにくそうにしてる朝子ちゃんに問いかけると。


「…あの…もう…会ってる…し…」


 申し訳なさそうな上目使い…


「…もう会ってる…?」


「…うん…」


 俺の頭の中で…指鉄砲が命中した。


 …マジかよ。

 兄妹っぽくなかったぜ?

 顔だって、全然似てなかったし…


「……ヤバい…」


 ついそう言ってうなだれると。


「えっ、どうして?」


 朝子ちゃんは俺の顔を覗き込んで。


「兄こそ…あんな状態で出て来て失礼な事言って…ごめんね。」


 …いや…朝子ちゃん。

 お兄さんの言ってる事は…間違いなかったさ。

 俺は、付き合い始めたと言うのに…いつも朝子ちゃんを泣きそうな顔にしてたと思う。


 そのうえ…

 今度泣かせたら、殺すって言われたダメな奴だ。



「…朝子ちゃん。」


「は…はい…」


 朝子ちゃんの肩に手を掛けて。


「俺、もう…泣かせないように頑張る。」


 目を見つめて言った。



 〇ひがし 朝子あさこ


 映くんと…色んな話をした。

 ちょっと気になって…今まで付き合った女の子の人数…聞いてみた。


 だって…ハリーが。


『映もアサコも恋愛ビギナーやな』


 なんて言ったから…

 映くん、付き合った事…ないの?って。



「…正直に?」


 映くんは、少し困ったような顔をしたけど。


「…うん。」


 あたしが素直に聞きたい気持ちで返事をすると。


「…いちいち数えてないからな…」


 なんて言いながらも、何か思い出してるような感じで…


「…一ヶ月以上付き合ったのは、二桁いるとは思うけど…」


 ふ…二桁…

 全然ビギナーじゃないよ‼︎ハリー‼︎



「好きになったのは、少ないな。」


「…好きじゃないのに、付き合ったりしてたの?」


「ああ。」


「…どうして?」


「付き合ったら好きになるかなーって思う事もあんだよ。」


「…ふうん…」


 そういうものなのかな…

 恋愛って…様々なんだな…



「…すごく…好きになった人は?」


 ついでだ。聞いちゃえ。

 って…あたしは、勢いで聞いてみたんだけど…


「…すごく好きになったのは…一人だな。」


 ちょっと…聞くんじゃなかった。って思った。


 一人って…

 何だか、特別だ…


 でも…もう歯止めが利かなくて。


「じゃ…その次ぐらいに好きだったのは?」


「…それも一人かな…」


 …今あたしは…

 どの位置にいるのかな…


「…映くん。」


「ん?」


「あたし…その…すごく好きになった人より…上にいけるかな…?」


 すごく…

 すごく、勇気を振り絞って言ってみた。

 映くんは一瞬目を見開いて…


「…こんなの、バカ正直に言うって…バカだな、俺。」


 あたしを抱きしめた。


「えっ…」


「ごめん。気になるよな…」


「…う…でも…あたしだって、バカ正直に余計な事言ったし…」


「…似た者同士か。」


「…ふふっ…」


「……」


「……」


「…好きだよ、朝子ちゃん。」


 映くんが、あたしの頬を撫でる。

 あたし…映くんにそうされるようになって…頬の傷を、全然気にしてない。


 これって…

 映くんの力、すごく大きいと思う。


「…ねえ、映くん。」


「ん?」


「…朝子…って、呼び捨てにして…くれない?」


 あたしがそう言うと、映くんは少し視線を落とした。


「絶対、もう…間違えたりなんかしない。」


「…いや、そうじゃなくて…」


「お願い。そう呼ばれたいの。」


「……」


 あたしの言葉に、映くんは小さく溜息をついた後。


「…じゃあ、俺の事も…映って呼んでくれる?」


「え…?」


「くん…って付けられるの、なんかさ…やっぱ慣れないっつーか…余所余所しい気がしてさ。」


「…映…」


「うん。」


 う…うわ…

 あたし、きっと真っ赤になってる。

 そんなあたしを見た映く…映は。


「…朝子。」


 久しぶりに見る…優しい笑顔で。

 あたしに、キスをした…。



 〇あずま えい


「…すごく…好きになった人は?」


 朝子ちゃんと話してると、付き合った人数を聞かれて…

 たぶん二桁…それも正確には覚えてないが…まあ、二桁いるよな…と思って答えた続きで、そう聞かれた。


 …すごく好きになったのは…


「…すごく好きになったのは…一人だな。」


 あ。

 でも…付き合ってねーな。

 おまけに、もう、人のものだしな…



「じゃ…その次ぐらいに好きだったのは?」


 その次…

 コノちゃんか…


「…それも一人かな…」


 けど、それも付き合ってねーや。

 ははっ…


 …はっ…

 俺、もしかして…

 本気で好きになった子とは付き合えねー…とか?



 だいたい…俺は…恋愛に関する沸点が低い気がする。

 だから、割と早い内から手当たり次第と言うか、来るもの拒まずで付き合った。


 だけどそのたび…


 つまんない。


 そう言ってフラれたり…

 好きになってくれないのかって言われて、面倒になって別れたり…



「…映くん。」


 俺が眉間にしわを寄せそうになってると。


「ん?」


「あたし…その…すごく好きになった人より…上にいけるかな…?」


 あ。

 俺…バカだ。

 慌てて、朝子ちゃんの肩を抱き寄せて。


「…こんなの、バカ正直に言うって…バカだな、俺。」


 ギュッ。


 抱きしめた。


「えっ…」


「ごめん。気になるよな…」


「…う…でも…あたしだって、バカ正直に余計な事言ったし…」


「…似た者同士か。」


「…ふふっ…」


「……」


「……」


 朝子ちゃんは…コノちゃんを超えたと思う。


 が…

 千世子を超えたかと言うと…それは、まだ分からない。


 今はイギリスにいる千世子に会う事もなければ、噂を聞く事もない。

 イベントの時には帰って来ていたらしいが…会う事はなかった。



 だが。

 朝子ちゃんなら。と、思わなくはない。

 きっと…千世子を超えられる。

 …忘れさせてくれる。



「…好きだよ、朝子ちゃん。」


 朝子ちゃんの頬を撫でると。



「…ねえ、映くん。」


「ん?」


「…朝子…って、呼び捨てにして…くれない?」


 朝子ちゃんにそう言われて…つい、目を逸らした。


 …呼び方に関しては…あまり触れないようにしてたつもりだった。

 確かに、『うみくん』と間違えられたのが痛いのもあって、意地になっていたかもしれないが…

 朝子ちゃんに『映くん』と呼ばれる事に対しての…独りよがりの勝手な対抗心…か?


 いや…

 そう呼ばれても大丈夫だ。と、言い聞かせていたのかもしれない。

 朝子ちゃんは…千世子じゃない。



「絶対、もう…間違えたりなんかしない。」


「…いや、そうじゃなくて…」


「お願い。そう呼ばれたいの。」


「………じゃあ、俺の事も…映って呼んでくれる?」


「え…?」


 無理かもしれないが…提案してみた。


「くん…って付けられるの、なんかさ…やっぱ慣れないっつーか…余所余所しい気がしてさ。」


「…映…」


「うん。」


「映…」


 繰り返し呼ぶ朝子ち…朝子は、真っ赤。


「…朝子。」


 朝子の頬を撫でて…キスをした。



 …大丈夫。

 ちゃんと…愛しい。

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