第2話 「……」

〇東 朝子


「……」


 だ…だめだ。

 つけてるテレビを見てるつもりなのに…あたしは、ニヤけ顔が止まらなかった。


 このテレビも、世間を知るためのって言うか…情報収集のために、思い切って買った。

 二階堂にあるテレビは、ほぼニュースを見るための物で。

 バラエティやドラマなんかがやってるの、見た事なかった。

 あたし、そういうの少し…勉強した方がいいよね…

 って、勝手に思って、買った。


 だけど、長時間見るのは疲れる。

 …習慣って、恐ろしい。



 今日は…東さんとデートだった。

 …デート…


 最初はそう思わなかった。

 ただ、会えない?って聞かれて…

 何か話でもあるのかな…って思った。


 だけど…

 手を繋いで…抱きしめられて…

 …キスされた。


 それも…あたしの事、好きって…言ってくれて…



「あ…もう…」


 あたしは膝を抱えたまま、ごろんと横になる。


「……」


 好きって言われる事が…こんなに嬉しいなんて…

 生まれて初めて、告白された。

 何だか…ふわふわした気分…



 あれから、東さんは…


「東さんなんて固いよ。映って呼んで。」


「えっ…そんな、呼び捨てなんて…無理です。」


「じゃ、みんな映ちゃんって呼ぶから、それでも。」


「…映…ち…映くん…でもいいですか?」


「…いいよ。それと、こないだはタメ口だったのに、何で今日は敬語?」


「えっ…あたし、そんな失礼を…?」


「失礼じゃないよ。タメ口でいーって。」



 それから、ドライヴして…食事に行った。


 東さ…映くんは…

 あたしに色んな質問をして。

 あたしが『あずき』の名前は出さずに、厨房で働いてるって言うと。


「いつか俺にも飯作ってくれる?」


 って…

 どこまでも、あたしを気持ちよくしてくれた。



 だけど…

 映くんがお会計をしてくれてる時に、外で待っててって言われて。

 あたしが先に外に出てると…


 あたしとすれ違った女性三人組が。


「…見た?顔の傷。隠せばいいのにね。」


 お酒が入ってたのか、女性たちの声は大きかった。

 あたしは…楽しい時間で、すっかり忘れてた傷の事に気付いて。

 慌てて髪の毛で顔を隠した。


 すると…いつの間にあたしの隣にいたのか…


「待たせてごめん。」


 映くんが…あたしの肩を抱き寄せて。


「俺、この傷も含めてこの子を好きなんだよなー。」


 女性たちに向かってそう言って…あたしの髪の毛を耳にかけて…

 傷に…キスをした。


「何も問題ない。」


「…映くん…」


「堂々としてろ。」


「………うん。」


 初めて…

 気にしない。って…思えたかもしれない。



 あたし…彼といたら…

 強くなれるかな。


 …変われるかな…。



 * * *


 あたしは…

 映くんと付き合う…事に…しよう…と思ってる。


 好き…って言う気持ちは、何を持って計ればいいのか分からないけど…

 一緒にいた時間を思い出しただけで…ドキドキする。


 会いたい…

 そう思ってる事…

 ちゃんと伝えようと思った。


 それで…

 会って話がしたい…って…メールしてみようかな…と。


 あずきの遅番、休憩中に。

 あたしは…携帯を手に、悩んでいた。



 うーん…

 昨日の今日で…

 返事は早いのかな?


 キスされて、その気になったって思われちゃうのも…

 …でも、それも本当だしなあ…


 何より…

 あたしが気にしてる、この傷の事…

 映くん、本当に気にしてなくて…


 …気にしてるぐらいなら、ちゃんと手術受ければいいのにね…あたし…


 もしかしたら…

 その相談も、映くんにはできるのかもしれない…



 意を決して携帯を持ち直すと…


 ピン


 最近…一番好きな音がした。

 映くんからとは限らないけど…

 誰かからメールが来るって、ちょっと嬉しいなって思う。



 メールは…映くんだった。


『朝子ちゃん、昨日はありがとう。すごくいい時間が過ごせたよ。またドライヴに付き合ってくれると嬉しいな』


「…はあ…」


 溜息をついて、携帯を抱きしめてしまった。

 あたしが思ってたのと…同じ。

 すごくいい時間が過ごせた。

 また…一緒にどこか行きたいな…

 …て言うか…

 こういうお礼って、あたしから返さなくちゃダメだよね…


 ああ…

 こういう時に、恋愛経験が乏しいのが残念でならない…



『こんにちは。こちらこそ、昨日はありがとう。お礼が遅れてごめんなさい。とても楽しかった。迷惑じゃなかったら、また誘って下さい』


「…違うでしょ、あたし…」


 少し考えて、打ちなおす。


『こんにちは。こちらこそ、昨日はありがとう。とても楽しかった。昨日のお礼にご馳走したいので、良かったら今度うちに来ませんか?』


 ドキドキした。

 いきなり…部屋に呼んだりしたら…引かれるかな?

 軽いって思われる?

 だけど…

 昨日、映くんあたしにお金を払わせなかったから…

 そうなると、お返しも、外食じゃない方がいいかなって思うし…

 いつか料理してって言われてるし…


「…えいっ。」


 勢いに任せて、送信した。

 きっと彼は…こんな事で、あたしを批判したりしない。

 気がする。



 すると…


『今休憩中?』


 すぐに返信が。


『うん』


 あたしが返信してすぐ…電話が鳴った。

 ドキドキしながらそれを取ると…


『すっげー嬉しい。いつなら都合いい?』


「…え?」


『飯作ってくれるんだろ?』


「あ…あ…うん…頑張り…ます。」


『俺はどうにでもなるから、朝子ちゃん、昨日みたいに早番で次の日が遅番の時にしなよ。』


「あ…えっと…それなら…来週の火曜日…かな。」


『分かった。もう予定に入れとく。』


「好き嫌い、ある?」


『ない。何でも食う。』


「ふふっ。」


 即答に笑ってしまうと。


『あー、すっげ楽しみだ。朝子ちゃんのおかげで、火曜までは毎日ワクワクだ。』


 映くんは…

 あたしをすごく笑顔にするような事を言ってくれた。



 * * *


 あっと言う間に…火曜日が来た。

 その間も、映くんは毎日メールをくれて。

 あたしも、最近は…少しずつ、映くんに質問を投げかけるようになった。


『映くん、誕生日はいつ?』


『5月10日。朝子ちゃんと数字が反対だろ』


『え?あたしの誕生日、知ってるの?』


『知ってるよ。10月5日。プレゼント何が欲しい?』


 来週、あたしは誕生日を迎える。

 22歳。

 本当なら…結婚したであろう二十歳をとっくに過ぎたけど…

 もう、そんな事を考えても、悲しくなくなった。


 …映くんのおかげだな…




「お邪魔します。」


 夕方、約束通り…映くんが来た。


「へー…」


 映くんが、ぐるりと部屋を見渡す。


「あ…あの…あまり見ないで…」


 狭い部屋だけど、持ち物は少ない。

 引っ越した時、あまりのシンプルさに寂しくなった。

 それで…今日は花なんか飾ってみたけど…


「花があるっていいな。」


「…ほんと?普段は飾ってないけど、あまりにもシンプル過ぎるかなと思って…」


「俺が来るから飾ってくれたんだ?」


「え…っ…」


「…サンキュ。なんかマジ…朝子ちゃんには癒されっぱなしだ。」


 そう言って、映くんはあたしの頭を撫でた。


 う…うわ…

 あたし、真っ赤になってないかな…



 しばらくテレビでも見ててもらう事にした。


「DVDプレーヤーとか持ってないんだ?」


「あ、うん…あたし、テレビが自分の部屋にあるのも初めて。」


「そっか。じゃ、今度一人暮らし祝いでプレゼントする。」


「…え?」


「一緒に映画見たりしたいし。」


「……」


 な…なるほど…!!

 DVDプレーヤーって、そんな素敵なアイテムだったのね!!


「あっ、でも…それって高いんじゃ…」


「半分は俺が使うわけだし。気にしなくていーよ。」


「……」


 半分は俺が使う…って、何だか嬉しかった。

 いつも来てくれるって事…?



 食事の支度が出来て、テーブルに料理を並べる。

 あたしは何がいいかなって散々悩んで。


「おー、ハンバーグ。」


「男の人って、だいたい好きだ…って職場の人に聞いたから…」


『あずき』でおかみさんに聞いたら、そう言われた。


「うん。好き。美味そ。」


 映くんは座布団に座って『いただきます』って手を合わせた。


「うん。上手い。」


 一口食べて、そう言ってくれて…

 あたしはホッとすると同時に…自分がすごく笑顔になってる事に気が付いた。

 笑顔になれるって…幸せな事だな…。



 楽しい食事を終えて、片付けをしてる間休んでてって言ったのに。

 一緒に片付けたら早く一緒に休めるから。って…映くんは片付けを手伝ってくれた。


 優しいな…

 何だか、夢みたい…



「誕生日、どこか出掛ける?」


 食後に紅茶とフルーツを出して。

 それを食べてる所で…映くんが言った。


「映くん、仕事は?」


「俺はどうにでもなるから。」


「そうなの?」


 ステージを見る限り…すごく上手いって思ったけど。

 音楽に疎いあたしは…あのステージを見ても、映くんのバンドのCDすら買ってない。

 CDプレイヤーも持ってないしな…

 …よく考えたら、失礼だ。

 明日、仕事に行く前に…CDショップに寄ってみよう。



「朝子ちゃん。」


 見つめられてる事に気付いて…ドキドキした。


「は…はい…」


「部屋に男を呼ぶって、結構危ない事だって分かってる?」


「……」


 部屋に男を呼ぶのは…危ない事…


 …はっ。


「あっあの、あたし…」


「俺はいーけどさ。」


「え…?」


「他の奴、気軽に呼んだりすんなよ?」


「…よ…呼ばない…」


「ならいい。」


「…あの…」


 あたしがうつむくと、映くんは少し距離を縮めて。


「俺と付き合う気になった?」


 あたしの顔を…覗き込んだ。


「……」


 無言で、コクコクと頷くと。


「…はあああああ…」


 映くんはすごく長い溜息をついて。


「良かった…すっげー嬉しい…」


 そのまま…あたしの膝の上に頭を乗せた。


「えっ…」


 あたしが驚くと。


「…ごめん。少しだけ。」


 そう言って…映くんは目を閉じた。


 ど…どう…したら…?

 あたしは少し悩んで…

 …映くんの、髪の毛に触れた。


 映くんのまぶたがピクッと動いたけど…目は開かなかった。

 あたしはそのまま、髪の毛を撫でてみる。


 …人前に立つ仕事って…

 ストレス溜まりそうだよね…

 大変なんだろうな…



「…朝子ちゃん。」


 しばらく頭を撫でてると、映くんの目が開いた。


「あ、は…はい…」


「…キスして。」


「……えっ…」


「キス。」


「……」


 あ…あたしから!?

 付き合い始めてすぐ、あたしからって…

 ハードル高い!!


「あ…あの…か…体が固いから…無理かな…」


 膝に居る映くんを見下ろして、苦笑いしながらそう言うと。


「ふっ。上手く逃げたな…」


 映くんは鼻で笑って…また目を閉じた。


 は…

 はああああああ~…

 どうしよう…

 緊張の連続…!!




 しばらく膝枕をしたまま。

 あたしは…テレビ画面を見つめてた。

 内容なんて、さっぱり分かんない。

 視線はそこにあっても、全然別な事を考えてたんだもん…



 今夜…って…

 映くん…もしかして…泊まったり…しちゃうのかな。

 あたし…どうする?

 もし…求められたら…


 …きっと…

 応えちゃうよね…



 だって。

 映くん、あたしの事好きって…言ってくれた。

 あたしも…

 好き…と思う。


 ドキドキ感は、海くんの時と変わらないけど…

 海くんの時と違うのは…映くんがすごく積極的で…

 でもそれが嫌じゃなくて…

 ああ、あたし…想われてるのかな…って。



 映くんの頭を撫で続けてると…


「…すー…」


「……」


 これ…

 もしかして映くん…本気で寝てる…?


 こ…こういう時って、どうしたらいいの?

 起こすのは可哀想だし…

 でも…あたし…

 あ…足が痺れてきた…


 ……あー!!駄目だ!!


「えっ映くん…っ…ごめん…」


 あたしは映くんの頬をピタピタと触る。


「…ん…あ…悪い…落ちてた…」


「気持ち良く寝てたのに、ごめん…」


 あたしが苦しそうな顔をしてるように見えたのか、映くんは慌てて。


「どうした?何かあったのか?」


 あたしの足に触れたまま、起き上った。


「あっ…」


「え?」


 つい…変な声を出してしまって…

 映くんが驚いた顔をする。


「あ…ご…ごめん…変な声出して…」


 恥ずかしいー!!


「足が…痺れちゃって…」


 両手で頬を押さえてそう言うと。


「…今の声、もっと聞きたい。」


「え…」


 映くんは…あたしをゆっくり…押し倒したかと思うと…


「…朝子ちゃん…」


 目を見つめられて…

 ああ…もう…あたし…絶対応えちゃうよ…って…


「あっ…!!」


 いきなり、痺れた足を触られた。


「ふっ…。」


「も…もー!!」


 恥ずかしくて映くんをポカポカと叩くと。


「ははっ。ごめんごめん。あまりにも可愛くて、意地悪したくなった。」


 映くんは悪びれる風でもなく、笑いながらそう言った。


「俺は早速でも構わないけど、朝子ちゃん、抵抗あるだろ?」


 映くんはそう言いながら…すごくさりげなく…あたしに腕枕をして横になった。


 …至近距離でそんな事言われると…

 流されちゃいそうになるよ…


 あたしが唇を噛んで答えに悩んでると。


「…朝子ちゃんの誕生日、泊まりに来ていい?」


 映くんは…断れないような色っぽい目で…そう言った。

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