第39話 海

「野性解放のちょっと手前でコントロールするような…身体の中にあるサンドスターが、だんだん振動していって。細かく高速な振動で、セルリアンを震わせて壊すような…」

イメージだ、言葉にはしにくい。ましてやその後一度もできていないのだ。皆に伝わった気がしない。

「んー、あれだな。ガーっといって、そのちょっと手前でブルっとする感じか」

ジャガーの全身が、ぼうっと発光しているように見えた。

「んー、野性解放っていうと拳とか、爪とか、武器を持ってるやつなら武器とかに気合い入れる感じだけど、これは全身に薄ーく気合い入れる感じかな」

「そんなんで、行けるんですかね」

「わからん。まあ、行ってみるさ」

そう言うと、ジャガーは低空飛行に移っていたヘリコプターのドアを開け、飛び降りていった。

「ああっ、相変わらず無茶するなぁ。お前らも行くぞ!」

「おおっ」

サイドワインダーの掛け声に気合いを入れた隊員たちは、迷うことなく飛び降りていく。野性解放のコントロールが出来ているように見えたのは、せいぜいジャガーとサイドワインダーくらいだったが、それぞれに野性解放の炎のような光を纏わせている。

「私たちも、行こう」

ヘビクイワシがアムールトラの脇に手を回す。

「お前は病み上がりで、完調には程遠いからね、ちょっと甘やかす」

アムールトラは隊員たちが切り開いた大地に、ふわりと着地することになった。


溝の幅は、幅が広くても2m以下。ヘビクイワシもうまく飛べない。ここからは大地を這う者の出番だ。アムールトラは足掛かりを素早く見つけては、足音をたてることなく降りていく。

アムールトラは夜目が利くが、さすがに差し込む光も少なくなった。ヘルメットに取り付けられたカメラのライトが点灯する。巻上がモニターしているのだろう。

『セルリアンがいないな』

巻上の声がインカムから聞こえる。

「ええ。地上にはあんなにいたのに」

『地上ではみんなが頑張って、アムールトラの周りにセルリアンが近づけないようにしているよ。しかし、てっきり地下から湧いてるのかと思ったんだが』

溝はまだまだ深く、静かだ。

『何か感じないか?アムールトラなら』

「ライトを切ってください」

あたりが真っ暗になる。が、ほんのりとした明るさを、アムールトラは足元に感じていた。目をつぶっても感じるから、可視のものではないのだろう。

「行ってみます」

カメラは赤外線の暗視モードに切り替わっているはずだ。

『何も見えない』

「いえ…あれは、見えませんか」

そこにあったのは、壮大、という言葉に相応しい風景だった。

「あれは、川…いや、きっと見えないところも、全部…だとしたら、川なんかじゃなくて、海なのか…」

『何を言っているんだ。何も写っていないよ』

ライトが点灯する。すると、さっきまであった川が消えてしまう。

『何もないじゃないか』

「ライトを!消してくれ!」

再び、人工の光が消え、海が浮かび上がる。

「サンドスター測定器はどうですか」

『いや…検知ゼロだ』

「ゼロ?」

それはおかしい。サンドスターは普遍的なもので、わずかな濃度であっても、地球のどこにでもあると言っていたのは巻上だ。

「それに、これがサンドスターじゃなくて、一体なんなんですか」

目の前に広がるのは、サンドスターの煌めきの海だった。

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