第25話 炎のように燃えている黒いマシンは

 ときは元号が平成に代わるほんの少し前。

 ところはT県の西のはし、芯斗市中那村。

 ウチは、古い木造の日本家屋である。

 家族は姉と私、それに弟と父と祖母。


 姉の行動力には、おどろかされる。

 中那村の山に、叔父の小屋が建っている。

 もうボロボロになっているが、もともと倉庫として使用していたものだ。

 叔父も、とり壊してサラ地にしたいのだが、費用がかかるので、なし崩しにそのままにされてきたのだ。


 小屋のなかは空っぽであり、うしろにカシノキが五本生えている。小屋の前は、空き地だ。資材置き場につかっていたもので、今は別な場所にずっと広い頑丈な倉庫が建てられているのだ。


 最近、この小屋を勝手に使いだしたものがいる。

 三人組のバカ不良男子だ。

 姉の言い方を借りよう。リーダーは通称「トドギラー」。十八歳で高校中退、毎日なにもせずダラダラしている。なんで生きているんだろうか。あっと、正直すぎた。次が、こいつの一つ下でイトコの「モグラング」。学校はロクに行っていない。ついていける脳が無いだろう。もう一人は「ハリネズラス」。トドギラーの弟で高一だが、こいつもたいして学校に行っていない。どーしよーもないカスだ。このロクデナシ三人が、勝手に荷物を持ち込んで、泊まりこんでいた。


 ボロ小屋でも雨は防げるが、こいつら冬はどうするつもりだったんだろう。まあ、そこまで思考が可能なアタマじゃないか。ちなみにこいつら、家は芯斗市内にある。要するに、ものすごく自分勝手にやっていきたいのだろう。自由と自分勝手は全く違う。生活やら、収入やら、人としてのありかたなんてコウリョの他にあるんだろうなあ。


 叔父は何度か注意をしたのだが、生返事をするだけで、しまいには「使うてないもんを使いよるんやけん文句たれるな!」とキレてきたそうだ。コイツらの親と話してもラチがあかず困っていた。ロクデナシ三人は、原付バイクで出入りし、小屋に泊まる。中では飲酒やら喫煙やら、やりたい放題らしい。

 一応、他人に被害が及んでいないので、みんなが大目にみてくれているというよりは、ほったらかしになっていたのが、それまでの村の状態だった。


 姉も、気にしていた。「破れ窓理論」というそうだ。窓のこわれたところをいつまでも放っておくと、ドロボウに入られてしまうということで、小さな悪い事をそのままにしていたら、やがてそれは大問題になってしまうといった意味だ。


 姉はカレシ譲りか、こういった不良が大キライなのだ。こんな奴らが、みぢかで勝手なことをしているのが許せないのだ。


 姉はその日、農協ストアでアルバイト中だった。

 商品を棚に出していると、小学一年生のコーちゃんがお菓子を買いにきていた。いつもなら、そこで少し遊んであげる(もらうというほうがいいか?たいがい変身ごっこか、怪獣ごっこだ。なにしてるんだか…)ところなんだが、この時はちがった。


 コーちゃんは突然、入口を見て固まった。恐怖の表情で、まばたきもせず外を凝視していた。姉が、その視線を追うと、トドギラーが歩いていった。コーちゃんは固まったままでいる。


 姉はコーちゃんを店の裏にさそい、腰をおとして優しく尋ねた。

「ねえ、コーちゃん。お姉ちゃんだけに話してくれるかな?」

 …コックリ。

「さっき、お店に来たとき、外にだれかおったの?」

 …コックリ。

「お姉ちゃん…だれにも話さないから、言ってくれるかな?」

 ガクガク…

「…(ニッコリ)わかった。じゃあ、なんにも言わなくていいから、ウンとイイエだけ、首でやってくれる?」

 ガクガク。

「いいかなあ?」

 ガクガク…ウン…。

「よくできた!それでいいかから、答えてくれる?」

 …ウン。 

「エライね…。じゃあ、答えてね」

 ウン。

「さっき、お店の外におった人、こわい?」

 ウン。

「何かされたの?」

 ウン。

「イヤなこと?」

 ………ウン…。

「ぶたれた?」

 ………ウン…。

「お金とられた?」

 姉の笑顔のコメカミには、血管がドクンどくんと蠢いている。

「もしかして、おうちのお金も?」


 それから調べてみると、何人もの小学生がトドギラーたちの被害にあっていた。ロクデナシどもは、暴力で子どもを支配していた。

「アタシの怒りはバクハツ寸前!」

 応援団なかまの二人に、協力してもらうことにした。


 一人は、柔道部の央盛さん。特撮オタクで柔道三段の猛者。正義感がつよく、毎週ジャンプとサンデーとマガジンを買っている。また「宇宙船」も創刊号から買っている。

 もう一人は、相撲部の山森さん。アニメ好きで、ソップ型の力士。プラモデルが趣味で、アニメックと「花とゆめ」とホビージャパンを毎号買っている。

「結成!『超神戦隊』!オーモリは超神ジュドーン、ヤマモリは超神スモゥン。そしてアタシは超神ドギャアン!やるぜ!燃える三ツ星!アクマどもの上をいくよお!」

 自分だけは、原作どおり擬音で命名したな。まあ、私にはドロンボー一味にしか見えないが…。


 三人は、ロクデナシどもの行動パターンを見つけることから、活動をはじめた。


 意外とはやく、パターンはつかめた。田舎町では、十代のヤツらだけで遅くまでいられるところは無い。こいつらも大人の世界に背伸びして入り込む勇気もない。子どもにいばりちらすのが関の山なのだ。夜十一時ごろにはアジトに戻る。そして夜通し騒ぐ。つまりは、ここしか行き場がないのだ。


 あとは、いかに倒すかである。メインの攻撃は姉で、二人はサポートに決まった。服装は、上下とも黒一色で黒の手袋に黒の目出し帽をかぶる。出す声は甲高い「イー!」のみに統一する。

「くらわしてやらねばならん!しかるべき報いを!」


 七月の晴れた夜だった。半分になった月が輝く。

 夜十時、我らが超神戦隊はヤツらのアジトに集合した。三人とも、自転車である。草むらで、たくさんの虫が鳴いている。夜空は、よく澄んでいる。雲が流れていくのが、はっきりとわかる。明るさは十分だ。目出し帽と手袋を装着し、虫除けスプレーを互いに、入念にかけていく。アジトに続く道に、釘を曲げてつくったマキビシを撒く。


 姉は、小屋に入ってみた。生臭い、イヤな臭いが漂う。うす汚いカーペットが敷かれ、ボロいソファーが置いてある。マンガやらバイク雑誌やら、カー雑誌やらがそこかしこに散乱している。

「くっさあぁい!よお、こんなトコロおれるなあ、あいつら!」

 央盛が応える。

「緒方ー、人間は臭いには、じきに慣れるよー。嗅覚麻痺いうけどねえ」

 山森も

「汚いねぇ…。ゴミ置きっぱなしやんかぁ…」

 カーペットのまわりは、ゴミ捨て場になっている。ビニールやら生ゴミやら、ぐちゃぐちゃだ。

「ひっどーい!アタシ昔、ここで遊びよったのにー!」

「あーここにバイク置きよるんやねぇ…。タイヤの跡がコレやからねぇ…」

「酒のビン、大量に発見ー。緒方ー気いつけて。割れたやつもあるー」

「きったなあい!このペンキの缶、タバコで一杯やん!」

「ロクに風呂にも入ってないねぇ…あいつら…」

「緒方ー、こっちくるなよー。成人雑誌どっさりあるでー」

 後でわかったことだが、ヤツらはトイレは小屋の裏に穴を掘ってしていた。こいつらには、楽しいキャンプ生活なんだろうか。


 超神戦隊は、自転車をカシノキの裏に隠し、横の壁に座った。

「かー!アタシ、ドキドキしてきた…と、いうてもワクワクのほうのドキドキね!」

 山森が

「ぼくも、なんか気分が高まるねぇ。けど、あのマキビシ効くかねぇ?」

 釘の頭を削って尖らせて、二ヶ所を直角に曲げてつくったマキビシである。

「大丈夫!どっちかのトゲが必ず上向くようにつくってくれてるもん!。アタシ、あんなにきれいになるとは思わんかったよー!」

「さすが、上級者の山森君。指紋は拭いたー?」

 リィィーン リィィーン

 スズムシが鳴いている。

「もちろんねぇ!」

「アタシらも、ワルですなあ」

「でぇー、おれは最後にそいつら落としたらええわけやねー?」

「頼みますぞ!央盛三段!ただし、アタシがどつきまわしてからね」

「緒方、相手は男が三人や。気いつけてね。ぼくらも、おるけんねぇ」

「危なかったら、おれも助けに入るけん」

 ギィィィィィッチョン!ギィィィィィッチョン!

 キリギリスが、少し離れて鳴いている。

「ありがとう。イザというときには、頼むかもしれん」

 緊張した会話のようだが、姉の口元はニヤニヤが止まらない。

「それと、二人とも脅しはヨロシク!」

 ビィィィィィィィィィ!ビィィィィィィィィィ!ビィィィィィ!

 ケラも、土の中で鳴きはじめた。

「了解!カタコトやね!」

「それと、ガイジン口調ね、りょーかい」


 かなたから、バイクの排気音が聞こえてきた。ライトも近づいてくる。こんな時間にこんなところに来るのはヤツらしかいない。

 姉は、笑いをこらえるのに必死だった。

 不自然に大きく響く排気音が、縦並びにぐんぐん迫る。

 超神戦隊は、静かに動きだした。


 先頭のバイクがブレーキをかけた。スピードが落ちた瞬間、急にスピンしてひっくり返った。

「うわああああああああああああああ!」

 前後のタイヤがいっぺんにパンクしたので、バイクの後部が前にとびだして倒れたのだ。トドギラーだった。ご丁寧にノーヘルである。バイクから投げ出されてジャリジャリ地面を滑り、小屋の壁にぶつかって停止した。そして後続の二人が突っ込んだ。

「わああああああああああああーーーー!」

「うわああーーーーーーーーーーーーー!」

 小屋が重く響きをあげる。

 トドギラー生きてるか?こいつらみんな、そうとうな擦り傷だろう。まあ、この程度で姉の怒りが収まるわけはない。

「熱い!アツい!熱いいいいい!」

 エンジンに当たったのは、どいつだろう?


 姉は音を消して近づき、よたよた立ち上がったモグラングの腹に蹴りを入れた。

「イー!」

「ぐあああ!」

 前にのめった顔面にヒザを入れる。そのまま倒れるモグラング。を、すっと掴んで背負い投げした。

「がああああーーーー!」

 モグラングは、這いつくばって固まった。

 姉のうしろで奇声をあげて威嚇する二人。

「イー!」

「イー!」

 ハリネズラスも、なんとか立った。

「だれ?誰かおる!だれええええ!?」

「イー!」

 姉が足をはらうと、バイクの上にあっさりと転んだ。そのまま踏みつける。そして、蹴る!蹴る蹴る蹴る!

「げほっ!げほげほっ!あ!熱いいい!げほげほっ!痛いイタイいいいい!げほっアツいいい!痛いいい!ぐあっ!痛いいい!ああああああ!アっツいいい!痛いいい!ああああ!やめてええ!止めてええ!やめてええ!止めてええ!痛いいい!」

 実に感情が忙しい。

 後に私は思った。まるで「仕置屋稼業」の「印玄」の仕置きだ。


 小屋にダイレクトに突っ込んだトドギラーは横になったままだが、姉が放っておくはずがない。上半身を壁に起こした。顔面を二度しばくと、気がついた。

「あ…あ…あー…?…ああっ!?」

 右腕を掴んで、背中でひねりあげた。

「うわああ!痛い!イタイ!動かん!動かんんんん!」

「イー!」

「お前!誰ぞ!誰ぞおぉぉ!?放せ!はなせ!早う!放せええぇぇぇぇ!イイイい!いいいてててテテええええ!何ぞ!オマエは!はよ放せ!ああああああああー!いいイイイい!痛い!イタイ!痛いいいいいいい!放せ!はなせええ!いたああいいイイイいいーー!早よ放せええええーー!さっさと放せええええーー!コノヤロウ!放せええええーー!放さんかああああああー!」

 実にタイドが気に入らない。

「イー!」

「うわああああああああ!ああああ!おぉぉおぉああああああ!」

 そのまま捻りあげた。

「イー!」

「ああああああああ!ああああああああ!ああああああああああーーああーーーーああーーああー!はあ、はあ!あああ…!ああああああああおぉぉおぉぉああああああーああああああっ!ア!」

 ぱきん

 右肩がはずれた。

「うっわああああああああーーー!イタイイタイイタイイタイイタイイイイ!ああああああーーああああああーーイターーーーーァァァァァァァイイイイイイイイイイイイイイイイイイイーーーーーーー!ああああああー!痛いイイイイイイイイイーー!うああああーー!痛いイタイイイイーーー!」

 今度は、左腕をつかんだ。

 央盛がトドギラーの側に行く。そして、イントネーションを変えたカタコトで話しかける。

「オマエ…ワルイ…コロス」

「ええええええ!」

 かれは、素早く腕をトドギラーの首にまわす。

 山森もカタコトで言う。

「オマエラ、ワルイ、コロス」

「オマエ…ワルイ…シネ」

 一切反抗できず、トドギラーは気絶した。

 モグラングは顔が血まみれで、ハリネズラスはヤケドをおさえている。微動だにしない。

「オマエラ…シネ」

 央盛はモグラングの首に腕をまわした。

 山森はハリネズラスを抑えこんでいる。

「オマエラ、コロス」

 山森は、央盛と交代した。そして、すぐに辺りは虫の音につつまれた。

 三人、向き合って手を挙げる。

「イー!」

 

 スカッとした顔で帰ってきた姉から、この晩私は話を聞いた。

「ええええーー!ずるい!お姉ちゃん!そんな仕置人、私もしたかったー!」

「キケンなことに、大事な妹を巻き込みとうなかったんよー。あの二人も協力してくれたしねー」

「私やって『念仏の鉄』みたいに悪人の骨ハズシしたかったー!」

「まーまー、そう言わんと、カンパイ!」

 イキヨウヨウと、カルピスをあおる姉であった。


 翌日、ロクデナシどものアジトから火が出た。ヤツらはいないときだった(病院か?)。

 小屋は全焼し、ヤツらのバイクはスクラップになった。

 火事の原因は、タバコの火の不始末ということになった。

 ヤツらは、警察から絞られ、消防から搾られ、周囲から白い目で見られ、小さくなっていた。ほどなく、三人バラバラに関西へ働きに出ていった。


 数日後の土曜日の午後、姉と私は叔父の手伝いで、焼け跡の整理に行った。

 ガラスや金属など燃やせないものは軽トラで処分場に持っていき、燃え残りを燃やしてしまうのだ。バイクは、黒コゲでカシノキの下に転がっている。これは、ヤツらの家のひとが引き取りにくる。処分の費用も、そっち持ちだそうだ。そりゃそうだ。


 叔父と従弟が処分場に行ったあと、私たちは火の番をしていた。帰りに叔父がジュースとアイスを買ってきてくれる。

 ぼおぼお燃える火に廃材を投げ込みながら、姉が小さく言った。

「あーあ……『仮面ライダーV3』のオープニングみたいに、大爆発させたかった…」

 ……聞かなかったことにしよう…。


  炎のように燃えている黒いマシンは 終


 よいこのみなさんへ

 こんかい、かずよおねえさんがやったことは、とてもきけんなことです。じつは、してはいけないことなんです。このことは、ほんとうははんざいであり、ほうりつでばっせられます。みなさんは、このようなこういはけっしてしないでください。


◎この作品はフィクションであり、実在の人物、地名、事件とは一切関係ありません



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格闘家の姉は特オタなJK「昭和ド田舎ものがたり」 マサキマサミ @masami-mitsu07

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