第24話 夏 空

 令和元年、九月はじめの夜。

 今日は、はやく帰れた。

 湯船にも、久しぶりにゆっくり浸かった。

 さてと…

 テレビを消して、姉に電話をかける。

 そんなに遅い時間じゃない。

 月が、雲に隠れている。

「ノックしてもしもーし!」

 出た。

「こんばんは、お姉ちゃん」

「よー、こんばんはー」

「起きてたー?」

「まだ寝んよー。『手を打ちて眠気の返事きくまでのそのもどかしさに似たるもどかしさ』…石川啄木…」

「ねえねえ!私、見てみたんよー朝ドラ!」

「ほおほお!で?で?」

「まずは、前半の総集編見たんやけど、びっくりしたよ!中川大志の役って、高畑勲やんかあ!」

「そう!そおなのだあぁ!どう見ても高畑勲なのだあ!」

「それに染谷将太の、超ー有能な新人くんは、明らかに宮崎駿やし!」

「やっぱーわかるでねえー」

「麒麟の河島明は、絶対に大塚康生やもん」

「そうでねー、元ケイサツやったって言いよったし!バンバン!」

「バンバン!ルパンつくってたもんねえ…この人がワルサー持たしたんやし!」

「そーか…あんたも、見はじめたか…」

「私、朝ドラ見るの、すごい久しぶりでえ」

「アタシやってそうで。なにせ『ゲゲゲの女房』以来やもん」

 一杯やりたくなってきた。

 冷蔵庫から司牡丹の吟醸を出して、グラスに注ぐ。

「しかし…広瀬すずの旦那が高畑勲になるとはねえ…」

「アタシ、あの二人が付き合いだしてから、『一休さん』のオープニングが頭にかかって笑えたよー」

「え?どういうこと?」

 姉は、一休さんの主題歌「とんちんかんちん一休さん」を口ずさむ。

「♪すきすきすきすきすきっすきぃあーいーしてぇるー。さあ続けてー!」

「えーと、♪すきすきすきすきすきっすきぃいっきゅうさん……ぷっぷぷぷぷぷぷぷぷ……ぷっはああ!ぎゃははははははは!」

「ねえー、笑えるろおぉ?」

「げほっげほっ……いやぁーこうなるかー」

「この歌は、一部の女子のあいだでは新右衛門さんの歌といわれてたけど……」

「広瀬すずやったんやねえ…」

「あ、そうだ。あんた、広瀬すずが東映動画はいってから、ずっと見てる?」

「うん、ハードに録画して週一のペースでまとめてねえ。リアルタイムには無理やけん」

「じゃ、じゃあ魔法少女アニー見たでねえ」

「うん、バッチリ!どっからどー見てもサリーちゃんやん!」

「歴史に忠実でねえ。服装には、ひみつのアッコちゃんが混じったみたいやけど…」

「あ、サリーちゃんが和風になったと思ったら、そーいうことかー。それにお姉ちゃん、あの青い魔女っ子!」

「あれって絶対にノンでねえ!」

 グアァ!グアァ!姉の電話のむこうでサギが鳴いている。

「このドラマ終わったらアタシ、後日談もええけど、キックジャガーをNHK でスピンオフしてほしいんよ!まあ、ジュウショウワンもやけど…」

「絵のタッチ、原作マンガもアニメもあそこまでタイガーマスクを再現するとはねえ…」

「単行本まで講談社コミックスそっくりやし!アニメは、あの原画見たときアタシぁ思わず『みなし児のバラード』ギターで弾いちまったよ!」

「ソフビも売れたんやろうねえ…」

「そそそ、そお!あれマルサンかブルマアクが生産してるヤツ!海洋堂でつくらんかねえ!。敵のキックボクサーのも見たかったよ…。それに…最終回では泣かせやがってえ!」

「梶原一騎に『あんなにいい終わりかたにしたかった』と言わしめたアニメのラストを超えるような終いかたやったねえ…」

「あのラスボスの前に、キックジャガーはブラック・ビッグ・キングの悪の三大ジャガーと戦ったんやろねえ…」

 のどが乾いた。

 プシュゥゥッ!

 YEBISUの缶を開けた。

「そこから『魔界の番長』になるとは思わんかったよ、お姉ちゃん!」

「あれにゃあアタシも、たまげたよぉ!まさかデビルマンとは!しかも手天童子と合体でえ!怪奇現象は大丈夫かねえ…」

「あの鬼と、デーモンの戦士アモンが合体…最強すぎる!魔界の番長!」

「単行本、しっかりダイナミックプロの絵で!ちゃんとキックジャガーと同じ出版社でねえ!」

「どこまで凝るんだ…。NHKの美術さんは…」

「ホント『わかる奴、楽しんでくれェェェ!』という声が聞こえるでねえ。あー、でもコレって、朝ドラの正しい見かたじゃないでねえ…」

「まあ、世間一般のシュフは、そういう見かたはしてないよねえ…」

「ま、しゃーないなーコレばっかりは…」

「ねえ『魔界の番長』テレビ放送終わったいうことは、次はマジンガーZと共闘やろ?」

「間違いない!で、三十年後に実写映画化されて、ブツギを醸すんやろうねえ…」

 なにか、つまみたい。

 カマンベールチーズがあったなあ。

 冷蔵庫に行く。

 チーズとくると、ワインだよなあ。

「もう、今月いっぱいでねえ…お姉ちゃん…これ…」

「そうなんよねー」

「ラスト、どこまでいくろうねえ」

「九月はいって、早速ハイジにかかったし…ねえ…」

「そうソウそう!十勝にみんなでロケハン行ったよねえ!」

「今朝のまで見た!?」

「私、ハイジ編になってから、目が離せんようになってねえ」

「わかる!よーわかる!わっかるよおお!それとアタシ、トライのCM見るたびに草苅政雄が出てきそうな気がしてねえ」

「なんか…いろんなもんがごちゃ混ぜやねえ…」

「どこまでの話になるんやろうねえ…」

「オープニングからしても、ハイジで締めじゃないかねえ?」

「まあ、そうやろうけどねえ…。あと三週ちょっとで、どこまで行けるか…。可能性を探ってみると…」

「ねえ、なつって空襲体験あるんやろ?」

「うん、そう。それで十勝に行ったんやし。それに、高畑勲も岡山で経験してるよ」

「まさかやけど…一気に…」

「そうか!時を加速してェェェ!火垂るの墓かぁ!たしかに、歴史どおりだァァァァ!」

「まー、どーなるろうねえ…」


 電話を切って、お湯を沸かす。

 冷凍庫から、姉が送ってくれたイノシシの角煮を、鍋に入れる。

 そして私は、栗焼酎「ダバダ火振り」の栓を開けた。


               夏 空 終

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