第19話 日本男児の魂は
ときは元号が平成に代わるほんの少し前。
ところはT県の西のはし、芯斗市中那村。
ウチは、古い木造の日本家屋である。
家族は姉と私、そして弟と父と祖母。
七月はじめ、梅雨が明けた。姉の言い方にすると「やっと…どうにかこうにか…明けてくれた…」になる。
蒸される暑さから、熱風と陽光に焼かれる暑さにイッキに変わった。夏至を過ぎたばかりで、陽もながい。暗くなっても、熱気が残っている。
オニユリが咲きはじめている。夜でも、ツクツクボウシとアブラゼミがロックフェスを開催している。
姉は、夏がお好みなようだ。私は、冬至のころの空気が好きなんだが。
私の部屋で、姉がカルピスを飲んでいる。広告紙を折ってつくった皿には、イモケンピが積まれている。窓は開け放し、アミ戸にしている。扇風機がぶうんと首をまわす。
ざあっと通り雨がすぎて、涼しい風が入ってきはじめた。
姉がポツリと言った。
「ふう…『するどくも夏の来るを感じつつ雨後の小庭の土の香を嗅ぐ』…石川啄木…」
姉も私も、クラブ活動はしていない。
私たちは、興味がないのだ。
ただ、姉は応援団の活動には、ずっと参加している。
芯斗高校には、決まった「応援団」という組織は無い。
他校との試合があるとき、頼まれて参加しているのだ。姉は、アルバイトに支障がない範囲で参加していた。本人は助っ人感覚でしているのだが、周りはメインキャストと認定しているらしい。
主なメンバーは三人。まずは姉。もう一人は柔道部の央盛さん。マンガ好きの、特撮マニアである。そして、相撲部の山森さん。モデラーで、アニメファンのソップ型力士だ。
この三人が中心になり、ほかに有志が何人か参加して学生服で応援する。
姉を中心に、央盛さんと山森さんが左右に立ち、旗を振る。頭には、日の丸と「必勝」の二文字の白ハチマキ。そして白ダスキ。学生服は、普通のものだ。
姉は、ハチマキとタスキは同じなのだが、学生服が違う。年代物であり、裾の丈がとても長く、襟も高い。。服の背中には不動明王が、裏側の全体には大日経が刺繍されている。
姉はサラシを巻いた上に、この学ランを着て、腕まくりで太鼓を叩くのだ。姉には、この学ランはサイズが大きいのだが、それが妙な面白さになっている。
もう星が出ているのに、まだ鳴くセミがいる。はたしてパートナーにめぐり会えるだろうか。
「ねえ、お姉ちゃん。いつも思うけど、応援のときの学ラン、どうしたの?あれ」
「あー、あれー。あれはねえ、お下がりー」
「え?お下がりって…ウチの姉弟で、お姉ちゃん一番上やんか?」
「違う、ちがうチガウ。ウチとちゃう、チャウ」
「え…ウチじゃない……と、すると……?」
姉は、ニヤッと笑って頭を掻いた。
「そうか…師匠か…」
「そういうことー。あのひとらあが、若うてブイブイいわしよったころのヤツ、もろーたー!」
「ハイはいハイ、仲のよろしいこって…」
「あー、そーいうワケじゃないよー」
「だからーお姉ちゃん、ノロケにしかなってないってー」
「つきおーて、ないからー。アタシらあ、ただのトモダチ」
「ほおおーーー、その口が言うかー」
「ホントよおおー。それにアタシ、あのひとの名字になりとーないもん」
「ええええー!なんでえーーー!?お姉ちゃん!?」
「あの名字になったら、エライことになるんよー、アタシは!」
「えぇっとぉぉ……『大場…カズ代』…べつに悪うないと思うけど、お姉ちゃん?」
「それ!その『大場カズ代』!モンダイはあああ!」
「どうして?普通やん?」
「普通じゃない!断じて!断っっっじてフツーじゃなあいいいいい!嫌だイヤだああああ!」
「ええ!?どういうこと?」
「自己紹介のたびに、『大馬鹿っすよ』『大バカっすよ』と聞かれるかと思うとー!アタシはーー耐えられんんんーーー!」
「考えすぎと思うでー、それー」
「アタシは嫌だ!頭に、それがよぎるのがもうイヤ過ぎるううう!」
「うーんんん………あ…ほらあ、お姉ちゃん。『カノコ』とか『カヤ』とか、『カナノ』とかよりは、ずっとマシじゃない?ねえ?」
「ああああああ~!ひどい!ひっどおおおおおい!ひどすぎるうううう!あんまりだ!あぁんまりだアアァァァーー!それに、全然フォローになってない!ゼンゼン、全んんーーーっゼン、フォローになってなあああああああい!」
いったい、姉はどうしたいのだろう?。
T県に、梅雨明けが宣言された夜のことであった。
日本男児の魂は 終
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