第18話 正義と悪との青と赤

 ときは元号が平成に代わるほんの少し前。

 ところはT県の西のはし、芯斗市中那村。

 ウチは、古い木造の日本家屋である。

 家族は姉と私。それに弟と父と祖母。


 七月最初の土曜日。ウチは、母の三回忌が終わった。

 終日、小雨の降る日だった。

 私たち姉弟は制服で参列した。


 その晩のことである。雨は降り続いている。私は姉の部屋をたずねた。いつもの白シャツにジーパン、姉もいつもの白シャツに赤ジャージだ。

「お姉ちゃん、おつかれー」

「おつかれートモ美ー」

「なんか…ね…」

「なんか……ひと区切り…ついた…ね…」

「そうやね…お姉ちゃん…」

「なんか…」

「…ね…」

「ホッとしたというか…ねえ…」

「そうやね…」

「次は…七回忌…か…」

「……四年後…やね…」

「…四年後…どうしよるろうか…ねえ…アタシら…」

「順調にいったら私、大学三年」

「アタシが四年で…ユウも入学。うわ!父さん大変だあ!」

「私らもがんばらんとイカンね」

「そうやね…子供三人もいっぺんに進学させたら、ねえ…」

「このウチ、お父さんとおばあちゃんだけ?」

「なんか…へんな感じやね…今…こうしてみんなでおるのにねえ」

「ねえ…毎日、会いよるのに…ね…お姉ちゃん…変わって…いくんやね…」

「ねえ…『ああ、アムロ、時が見える』か…」

「…そうやねえ……時の…移り変わりが…目に見えるのやねえ…」

「……………」

「……………」

 雨音が強まった。遠くで雷鳴が聞こえる。それでも、カエルは鳴きわめく。

「ねえ、お姉ちゃん」

「?」

「お姉ちゃん…気持ちの方、だいぶもどってきた?」

「……………」

「……………」

「………そう………やね……」

「……………」

「……まあ……いろいろ……あったし…ね………アノ人とも……それからも………アタシ自身にも………いろいろ………ね……」

「…そう…やねえ………あれからも………いろいろ……あった…ね…お姉ちゃん…」

「………だいぶ………うけいれた………うけることが……できてきた……いれることが……だいぶ…ね…」

「…ねえ…私からも…そう…見える…よ…」

「できる…できん…いうもんじゃあないかもしれんけど、ねえ…物理的なことじゃあないけんねえ…無自覚のうちに…できるようになってきた…いうの…が…ホントのところかもしれんねえ…」

「………ねえ………」

「あのころは……ねえ……お葬式…おわって…しばらく………アタシの夢にアノ人が出てきた……そのたびに…飛び起きて…ねえ」

「夜中に聞こえたよ…『お母さん!』いうて…」

「はは…は…ゴメン…ね…」

「あやまることじゃないよ。私……お姉ちゃん……まだ…しんどい思いせないかんのや…思うてね…かわいそうやったよ…」

「ありがとう、トモ美…」

「いえいえ…ねえ…不思議やったんやけど、私がこっちくるちょっと前に、お姉ちゃん、お母さんへの態度、変わった?」

「う……うん…」

「なんで?あれ……なんでお姉ちゃん、あんなに強くなったん?」

「………ああ…アレか…」

「それまで、お母さんの暴言、我慢してガマンして…ひたすらがんばって言われることして…またボウ言いわれてガマンして…」

「…そうやったね…」

「それが、こっちきたら強くなってたよね。なに言われてもパシーンと弾き返すみたいに…」

「…そう…やねえ…」

「お姉ちゃん、急に強くなった思って…」

「まあ…(ニッコリ)そうやったね…」

「私、フシギやったんよー」

「うん…うん……そうでねえ……………よし……いい機会だ、話してみるか!」

「きかせてくれる?」

「うん、ええよ。ととと、と、コレ長くなりそうやけん、お茶くれるかな?」

「ええよー、淹れてくるー」

「お菓子とともに、待ってるわ🖤」


 玉露を淹れて部屋に戻ると、外にイナビカリがはしった。すぐに、大きな雷鳴が響く。近いぞ、このカミナリ!

 姉が言う。

「隊長、連邦の新兵器です!」

 私が応える。

「慌てるな、あれは地球のカミナリというものだ」

 ハイタッチ、爆笑!

「お茶、ありがとう。あー、いい香りぃ!」

「わあ!このお菓子『泰作さん』やんかあ!私コレ好きー!」

「それでは」

「それでは」

「語らせていただきましょう」

「聞かせていただきましょう」

 お辞儀、深々ー

「まず、はじめに…アタシが変わる前のこと話す。アタシが、どう考えてどう思ってたかをね」

「うん、よろしくお願いします」

「アタシねえー、アノ人がああなってしまうのは、イライラやらモヤモヤやら、イヤなものがアノ人の胸にうかんできてああなって、アタシにぶっつけてくるんだと思うてたんよねー」

「うん」

「でー、アタシがアノ人のいうこときいて、このイライラ状態を流していったら、収まると思うていたわけなんよー」

「……うん」

「イライラが消えたら、元のアノ人に戻ると思うてね。イライラ状態のことを『洗脳モード』と名付けたんよ」

「せん…のう…もーど…」

「悪の組織に操られて、ホラ、母親が子供に襲いかかるシーンってあるやん。あの状態みたいやなあと思うてねー」

「なるほどー」

「怪人倒したら、もとに戻るやんか。まあ、第二話のコウモリ男のときは血清が必要やったけどねー。あとのはみんな、倒したら『ああっ!私はなにを…』ってすうっともとに戻るやん。あんな感じとねー」

「そーやねー、倒したら戻るもんねえ」

「実際…………はじめのうちは……優しい…トキも…あったし…ね…」

「そうやった………………そうやった…………………ね……ぇ…そう…………やっ…た…………ね…………え…………そん…な…とき…………も…………あっ………た…………ね…ぇ…」

「でも……段々…エスカレートして…きた…ん…よね…」

「そう……やった……ね……」

「なかなか戻らんなってきて、それでもアタシ、そう思うてたけどね……まあ、ねえ…………………そう…じゃないんよねえ……」

「…………………うん……」

「で、アタシはこう思った。『洗脳モード』から『怪人モード』になった……とね……アノ人が…」

「かいじんもーど…」

「そうそう、単なる洗脳じゃなくてー母親が組織に改造されて、民間人だけでなくヒーロー自体を襲いにいくやつ!」

「あー、それもあるねー」

「でも、それでも、何かのキッカケでもとに戻って『五郎お!』『ああ!母さん!もとに戻ったんだね!よかったああ!』っていうことになると信じてた…」

「………………………………」

「でも…………………違う…のよね………」

「………………………………」

「ずっと変な例えでゴメンね。アタシ『怪人モード』はアノ人の本質じゃなくて、あれはショッカーに脳改造された状態で…ショッカーの電波が届かんようにしたら、もとに戻ると信じてた………要するに、イライラさせんように、ストレス溜めさせんようにって…」

「……………………………」

「けど…………違う…のよね………『怪人モード』も『常人モード』も、両方ともアノ人の本質であり、素顔なんよね…」

「……………………………」

「アノ人は……………アノ……人………なんよ…………ね………。結局は…………ねえ…………こっちが……そう……思う………だけで……ねえ……。こっちが……あーだこーだ考えるのは……全然……関係ないと……わかって……ねえぇ……。こっちが…こっちがどんなにしようが……アノ人には…………どうーでもええことなんだよねえ…アノ人は………………………………………………」

「…………………………………………ん…」

「それに……………………気が…ついて………………………ね……………」

「……………そう………やったんや………」

「いうか…………ねえ…………そう…それに…気づかせて…………もらえて……ね…」

「………もらえた?」

「……そう…………気づかせて……もらえた……」

「誰に!?お姉ちゃん!」

「そうやね…話は……そこからやねえ………アタシねえ……こっち…来ても、下に用事があるときは、どうしても降りていかんといかんやんか?」

「うん、そうやねえ」

「その機会、狙うたようにアノ人、アタシを攻撃するわけよ…これはコレで、キツかったねえ…」

「あー………」

「こっち来て…三日くらいしたときやった…それまでで一番ひどい罵倒暴言罵詈雑言があびせられてねえ…よおおこんなにひとを蔑めるなあというぅ…まあーー、ヒドかったよ…………内容は………言いとうないし……ょぅ……ぃゎん……」

「……………………………」

「それでねえ、アタシどうしてもウチに居りとうのうなってねえ…。そのときの空気も、アノ人が近くに居るのも嫌でイヤで…ダダだだだだーっと飛び出したんよ…どうしてもどオオオオしても居れんかった……アノときは…ね……」

「!………」

「陽は、もう…落ちてた……うす暗い道、だアアあーっと走って、はしって息きれて……つまづいて…転んで……起きあがったら、西の空の端っこに、ちょっとだけ夕焼け残ってて………」

「………………………」

「その赤いとこ見上げたら、煙の臭いに気がついて………ああ…どこか、お風呂沸かしよるなあ…と思うてね…そしたら、料理の匂いも…してきてねえ。あ…みんな…これから…晩ごはんなんだなぁ………と、思うたら、ねえ…目から…すうううーっと涙が出てきて………ね……」

「……………………………」

「で、『あれええええええ?アタシ、涙が出よるぅ。何で?なんでえ?』と思うたら、イキナリだあああーっとまたナミダ出てきてね………」

「……………………………」

「あとから後から、どんどんどんどん蛇口全開どころじゃないよー。水道管大爆破みたいになってねえ…どばあァァァァァっと…」

「……………………………」

「もう、止まらんとまらん。大フィーバーよ。涙腺、どんな状態やったんやろうね。もう、どばどばドバドバ…滝みたいやったけん、アタシの両目が!どんな構造なんやろうねえ人間のこのへんは」

「……………………………」

「今やったら、『ジェームズ・ランゲ説』いうので説明できるけどねえ……。身体におこった反応に伴って感情が出てくる…いうね…そのころは……そんなん…知らんもんねえ。何で?なんでえ?思いながら……思いながらも……どんどんどんどん出てくる感情に…頭の中がいっぱいになってねえ…」

「………………………………」

「受験もあるのやに…なんでなんでこんなこと、毎日まいにち…毎日まいにち…こんな気分でおらにゃいかん…こんな気持ちにさせられにゃいかん…アノ人にこんなにせられにゃいかん…アタシの人生これからのハズやのに、どうして、どうして、これからつくっていこうとしよるのに、どうしてどうしてこんなのや!アタシはどうしてこんなんや!毎日まいにち、一生懸命やりよるのに!マジメに、キチンとしよるのに!毎日、ちゃんと生きよるのに!なんで、なんでアタシは!どうして、どうしてこんなことばっかりいいいいいいいい思うてねえ…」

「………………………………」

「それでね………暗ぁい中…ひっとり…泣きよっら…………………………………………ふうっと、抱きしめられた…………………」

「だれにい!」

「タエ子さんやった…………仕事の帰りやった…………タエ子さん、アタシを優しーく抱きしめてくれた………」

「タエ子さん……そうか……」

「それでね………アタシの髪……しずかーに…撫でてくれてね…」

「うん……」

「そのまま、こう言うてくれた…『あんたは、もうガマンせんでええよ…もう、ええよ…がんばらんで、ええんよ…もう、ええんよ…』いうてね…」

「うん……」

「それから『あんたが頑張ったのは、みいんな知ってる……けんど、もうせんでええ。もう、充分あんたはがんばったけん…もう、ええんよ…』てね…」

「うん…(ぐしゅん)…」

「それでね…『しんどいときは、あたしんとこに来なさい……。あたしは今、一人暮らしやけん、いつでも、きてや…』いうてね……」

「うん(ぐしゅぐしゅ)…」

「そのころにはアタシ、ナミダ止まってた…。タエ子さん、アタシの顔拭いてくれて、『なんやったら、うちの子にならんかね?あんたやったら、大歓迎で。たまにはジョウ治も帰ってくるし…あんたがおったら、アノ子たまげるろうねえ!』いうて、笑ったんよ…」

「うん(目を拭きフキ)」

「アタシも笑うてたー。で『アタシおったら師匠、ぶったまげるろうねえ、タエ子さん!』いうてね」

「うん(ニコリ)」

「不思議やね。笑うただけでも、笑顔見ただけでも、チカラわいてくるもんやね」

「うんうん!」

「で、タエ子さんにお礼いうて、笑顔で帰ったのよ」

「うんうん、それでそれで!」

「考え方、ぐるんと変わった。自分でもびっくりするほど」

「どんなに?」

「怪人と戦う必要ないってね」

「ほーほー?」

「怪人に、人間はかなわんやんか」

「そりゃ、そーやね」

「かなわんなら、逃げりゃあええって思うてね」

「逃げる…なるほど」

「アノ人に、向き合う必要ない…自分の方から、サッサと逃げりゃーええとね」

「なるほどねー」

「それでねえ、なんか言われても、聞きながすことにした」

「ききながす…」

「あーあー、なんぞ言いよらあ、みたいにね。ある意味、無視やねえ」

「そうともとれるかー」

「ナニ言われてもスルーして気にせんようにして、自分からサッと移動してね…」

「えーねー」

「けど……ね…けど………アタシも病んでたんやねえ…」

「え?」

「アノ人無視すること、楽しむ気持ちが出だしてねえ…」

「え?」

「人の心は、わからんもんやねえ…あれほどしんどいこと言われて泣きよったのに…アノ人にいろいろ言わせて面白う感じだした……アタシ……」

「それだけ…追い詰められて…いたんだ…よ…お姉ちゃん…」

「で、ある日アノ人またグダグダグーダグダ言い出した」

「うん…」

「こっちは、アノ人がバッカみたいに言うてくる姿がコッケイでねえぇ。今思うたらアタシ、うす笑みが出てたと思うよ」

「…うん…」

「言えばいうほどニタニタニータニタしてくるアタシに、アノ人ぶち切れてねえ」

「うん!」

「ホウキで殴りかかってきた」

「ええっ!」

「あそこの、長ボウキの柄でね」

「それで、お姉ちゃん!」

「そんなもん、避けるのカンタンやん。おもいっきり空振りした」

「そうやろねえ、私らの見切りは、シロウトには無理」

「前のめりにバランスくずしたけん、とっさにアタシ、足が出た」

「はらった?」

「うん。病んでるわー」

「で、で!」

「みごとに、すっころんだよ」

「まー、そーやねー」

「アタシ『リサリサ先生』みたいな冷たい目で眺めてたよ、その時」

「まあ、仕方ないよ、お姉ちゃん」

「で、アノ人またいで、すっすと自分の部屋にもどろうとしたらね」

「うん」

「そしたらアノ人、フォーク持って追いかけてきた」

「ブッチャーか!」

「アタシ全部無視して階段上がったんよ。それで部屋のフスマ開けようとしたら、アノ人追いついた」

「うん!」

「階段上がってきたけん、アタシ振り返った。真正面からニラみつけた」

「どうなった!」

「腕力でアタシにかなうわけないもんねえ。アノ人ビクッとのけぞった」

「それで!」

「階段上がって、のけぞったら、ねえ。後ろにどっしゃーん、よねえ」

「あ、そーか」

「アタシ、土間で動けんなったアノ人、もういっぺん『リサリサ先生』で見て、部屋入った」

「うん!」

「一時間くらいしてから見たら、アノ人おらんかった。それからやね…アタシにあんまりようせんなったんよアノ人…」

「そんなこと、あったんやねえ…」

「それからやろう、強うなったように見えたんは…

けど、見えただけでえ」

「そんなことない。お姉ちゃん、なんか一本、芯が通ったと思ったよ…」

「それは…タエ子さんのおかげやねえ。心が変わったいうと」

「そう、やねえー」

「アタシねえ、こう思う。『ジロー』良心回あ路、不完全やんか」

「ああ、『キカイダー』のジローね、うんうん!」

「不完全やけん、ギルの笛の音を聞いたら、悪いことをしてしまう…。」

「そやったねー。それが、あのドラマのポイントやったね」

「アタシねーあの悪い心も、もともと『ジロー』の本質と思う。もちろん良い心もね。普段は良心回路が悪い心を抑えてあるけど、それが機能せんなるともう片方の本質も出てくる…」

「人も…同じいうこと?」

「というか、ねー。みんな、仮面かぶって生きてるんよねー。素顔はだれもわからんし、本人すらもよーわからん。みんな、仮面つけて生活しよる。当たり前にねてた」

「うん…」

「何かのキッカケで仮面にはがれたら、素顔さらけ出したら、本人もまわりも何もかもがメチャクチャになる」

「うん」

「そんなに思ったけど…仮面でお互い、一生ケンメイ生きてる…」

「うん」

「何かのきっかけで仮面が剥がれたら…素顔さらけ出したら、何もかもがメチャクチャになる」

「うん…」

「そんなに思うよ…仮面でお互い、一生ケンメイ生きてる…」

「仮面が…はずれる…か…」

「アタシ、いろんな本読んで、こう思うようになった」

「うん?」

「誰でも仮面は、外れるときがある。アタシも、ちょっとはずれよったなー」

「なるほどねー」

「そう、誰でもあるんよ…はずれやすさにはそれぞれ違いはあっても、ボンドでべったり引っ付けたわけじゃない」

「うん、わかる」

「誰でも、一人で外したいときもあるろうしね。それでも、つけて生活する」

「そうやね」

「変なたとえでゴメンね」

「いいえ、全然」

「ねえ…『シガテラ』って知ってる?」

「しがてら?」

「あー、その前にフグの毒は、知ってる?」

「うん『テトロドトキシン』!」

「そう、フグの肝臓や卵巣に集中して存在。で、その毒、フグは生まれつき持ってないんよねー」

「そうそう!成長していくうちにエサの毒をため込んでいくんやったねー」

「そう、そんなふうにフグ以外の魚、カマスとかブリとか、普通に食べられよる魚も毒を持つことがあるんよ」

「へぇー」

「プランクトンの毒をため込むらしいんよ。それを『シガテラ化』いうてねその魚、人が食べたら食中毒おこす」

「へええー」

「いつでも売りよる魚に、毒ため込んで成長したヤツがおるわけよ。まあ、南のほうの海でみられる現象やけどね」

「へええー、わからんの?そうなった魚?」

「外見からは区別できんらしいよ」

「なんかコワイね。その魚は大丈夫なん?からだに毒ため込んでて」

「魚に聞かにゃあわからんけど、平気じゃないかね?食べ頃まで育つわけやけん」

「あ、それもそーやねー」

「アノ人も…そんな、ちょっとした毒を少しずつ、ちいとずつため込んでいったんやないかねえ」

「……うん、そう…やね…」

「本人、全然気づかんうちにねえ……ちょっとずつ…気づかんササイなこと…些細なササイな毒を……そのままじゃあ、とても効かん量の毒を少しずつ…ちいとずつ…それがたまって、溜まって溜って、溜まってたまって溜って…たまって溜まって溜って堪って……」

「……うん…」

「たまりかねて…たまりかねすぎて…周りに出てきた。あー、本人にも影響したけどね」

「うん…」

「そんな気がする…」

「うん…」

「まあ、アノ人もずいぶん苦しんだけどねえ…。辛いけど…ツラいろうけど……周りはたまらんもんやねえ…」

「うん…」

「溜まって溜って堪って…あたり攻撃して……キズつけて…毒撒き散らして………怪人やんか……」

「………………………」

「そう思うようになった、アタシ。それに、毒は誰でもため込んでおるのやなあとねえ…。アタシもケッコウあるんやろなあ…」

「うん………(私もそうだよ)………」

「そう考えたら………受け入れること………でき…はじめた……か…な…」

「…受け入れ……はじめ…た…」

「ねえ、だってアタシまだ『アノ人』としか、言えんもん。けど、ねえ…思い出したり…考えること…やっと……できだしたし…ねえ…」

「お姉ちゃん………その毒…全部は難しいかもしれんけど、消せると思うで!」

「どうやって?」

「一気に全部じゃないよ…。ちょっとずつ…ちょっとずつ…。それには『時間と人』…ねえ!ちょっとずつやけど、消していけると思う…私…あれからのお姉ちゃん…見よったら…そう思う…『時間と人』が……消していって…くれると…思う…私…。いろいろあったやんか、あれからも、ねえ…いろいろ…お姉ちゃん。それに、ええひとばっかりで、お姉ちゃんのまわり」

「そうか…『時間と…人』か…そうやねえ……ちょっとずつ…やねえ…」

「仮面も外れにくうなるんやないかね?」

「そうやねえー『時間と人』、そうやねえええ!トモ美ィィィッ…ありがとう!」

「いいえいいえ、こっちこそ貴重な体験談ありがとうね、お姉ちゃん」

「うっわあーーーースッキリしたあーーーーー!アタシ今、すっっっごいスッキリしたアアああ!」

「よかったあ、お姉ちゃん」

「スッキリしたあああ!『何か知らんが、こんなスガスガしい気分ははじめてだあー』のナチス兵くらいスッキリしたァァ!」

「次は『うわー、くちぐったーい』ですかァ?」

「わっはっはっはっはっはーーー!」

「ぎゃっははははははははーーー!」


 姉の顔が、涙でぐしゃぐしゃになっている。ぐしゃぐしゃな顔で大笑いしている…。と、おもったら私の両ホホに何かがつうううーーーーっと下がってきた。ええええええっ!何コレェェェェ!私、ナミダ放出しよるやんか!私が!この私が!なんやコレはああああ!大放出やんかあああ!鼻水まで飛び出たやんかあ!息しにくいやんかああ!私、むせはじめたやんかあああ!


 柱時計が十一時を打った。

 二人とも、晴れやかな笑顔で向き合っている(ナミダ付き)。

 姉は、鼻声で

「ぐずっ『なみだなみだ不思議なるかなそれんもて洗へば心戯けたくなれり』…」

「…石川啄木……ええね…」

 そして、また鼻声で

「それでは」「それでは」

「今宵はここまでにいたしとう存じまする」

 お辞儀、深々ー。

「さー、歯みがきハミガキ!」

「よっしゃああ!スッキリしたぜえええ!二千年くらい、寝られるぞおおお!」

 カミナリがまだ鳴り響いている。梅雨はもうじき、明けるんだろうか。


         正義と悪との青と赤 終










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