第17話 ひ~げをつけたらぁ ドラえ~もん~

 ときは元号が平成に代わるほんの少し前。

 ところはT県の西のはし、芯斗市中那村。

 ウチは、古い木造の日本家屋である。

 家族は姉と私、そして弟と父と祖母。


 その夜、私の部屋のフスマが叩かれた。

「ノックしてもしもーし!」

「どーぞー、お姉ちゃん」

 姉は私の部屋に来ると、イキナリこう言った。いつもの上下赤ジャージを着ている。

「あー腹が立つ!」

「どーしたん?お姉ちゃん?」

 今夜も、雨が降っている。

「またおったのよ!今日!ハラ立つぅー!」

「え?」

「今日!六月六日!またおったー!あーハラが立つ!」

「あー、また、あれ?アレやろ?ドラえもんやろう?」

「そーそー!それよ!ソレ!まーた今年もおったー!三人も!『今日はドラえもんの誕生日』言うとるヤツゥゥ!あーアタマにくるゥゥゥゥ!」

「月曜から、そんなに怒らんでも…」

「イライラするんよーあんなコト言うヤツらー!ロクに知りもせんくせに知ったよーなコト言う奴らあ!ムナぐらつかんで怒鳴り付けたいよ!」

「あ、お姉ちゃんって、そういうマチガイが嫌いやっけ」

「そう、そおなのだあ!ダイキライなのだああ!そおゆうマチガイが、大ッッッッッキライなのだあああ!黒い目出し帽かぶってわらわら出てくるヤツらは『ショッカー』じゃあないんだああ!あれは、アレは『黒戦闘員』なんだあああ!『ショッカー』は組織の名称なんじゃあああ!」

「あー、そーやねー。みんなアレをショッカーいうと思ってるよねえ」

「それに、ソレに黄色い奴はみんなカレー好きのデブじゃあないんだあああ!ソレは『キレンジャー』だけなんだああ!ロクに知らんクセにテキトーなコトぬかしやがってええ!そして『ウルトラセブン』はけっして『ウルトラマンセブン』じゃあないんだああ!決してケッして『マン』を付けてはならないんだああ!それにソレにッ『模擬実験』はけっして『シュミレーション』じゃないんだあああ!模擬実験および『模擬訓練』は『シミュレーション』なんだああ!どいつもこいつも堂々とマチガイやがってえええ!そしてソシて今日はドラえもんの誕生日では断じてダンジテだんっっじてないんじゃああああ!」

「まー確かにねー。ちゃんと公式設定であるのにねー。カン違いした人、多いんだよねー」

「そうそう、ドラえもんの誕生日は、ずっと前から九月三日と公開されているのにー!西暦二千百十二年のねえー!あー!もオォォォ!」

「六月六日が誕生日と思っている人、けっこういるよねー」

「六月六日は『ドラえもんの絵描き唄』の歌詞じゃああ!アタシゃあ、正しい誕生日を『アンキパン』にうつして、あんなヤツらの口にネジ込みたいよ!」

「まあまあ、過激な発言はそのくらいにして……あの…のび太くんは、誕生日いつやったっけ?」

「八月七日!あのひとと、ジョウ治師匠といっしょ!」

「そうかー、師匠とかー。ぎゃはははーー!なんとなくイメージ合うやんかー!師匠、ゴーカイぶって実際はすんごい繊細やしねー」

「やる時は、やる男でもあるしね」

「(ノロケかい)あの、伝説やったっけ?」

「そー、本人は何にも言わんけどねー」

「師匠と渡賀さんと円村さんの…えっと…『サンバルカン』やっけ…で、悪の集団を壊滅させたのやろ?」

「どこまで本当か、わからんけどねえ。伝説というかウワサとゆーか、前っからあるんよねー」

「ホントにありそうでねえ、あの三人やったら…」

「どーなんやろうねえ…」


 渡賀さんも円村さんも、ジョウ治師匠の一年後輩にあたる。永津流格闘術の兄弟弟子だ。三人は、親友といっていい間柄だろう。渡賀さんは『道の駅』の従業員をしている。気さくな人柄で、愛想がいい。師匠にもずけずけとものを言い、遠慮しない。愛車は、赤い四駆。地域では渡賀さんは男前ということになっていて、女子高生に妙に人気がある。

 ちなみに、三人ともタバコは吸わない。永津流は、喫煙は禁止なのだ。


「そーいえば、ずっと前にあの三人組、山籠りせんかった?お姉ちゃん?」

「そーそー!懐かしい!叔父さんとこの小屋借りてやったよ、あの三人!」

「やっぱりそーやったかー」

「夏休みに、高校生やった三人で意気投合して行ったよー。みんな、片っぽの眉毛剃って!」

「エー!そんなことやったの!?それで、どうやったの?」

「イキオイだけで行って、ご飯のことなんぞ全っ然アタマに無くて、つぎの朝アタシが見に行ったら、腹すきすぎてゴロゴロ転がっておったのよー!蚊に刺されまくって汗だっくだくで、ぐっっっったりして!水も無かったけんねえ…あのひとらあ……」

「それでー!どうしたの!?」

「オニギリとムギ茶とカルピス持って行ったよ、アタシが!蚊取り線香とキンカンも持ってね!どでかい高校生が小学生に世話焼かすな!ケナゲに尽くした少女だよ!アタシゃあ!」


 円村さんは、芯斗市内で写真屋を経営している。「マドムラ写真館」の若き社長である。ここは、芯斗高校の指定の写真屋でもある。三人で唯一の妻帯者で、美人の奥さん「ナオミさん」と新婚生活なのだ。ナオミさんも、空手の経験があるそうだ。円村さんはすごくマジメな人で、つねに敬語で話している。渡賀さん同様、オトコマエとされていて、青いジープで颯爽と撮影に来る。

 渡賀さん円村さん、二人とも地元の猟友会に所属しており、猟期になるとウチにもイノシシやシカの肉をわけてくれる。師匠も猟に誘われているのだが、今は事情があるのでそれは遠慮している。


「ねえ、師匠がのび太くんやったら、お姉ちゃんはジャイアン?スネ夫?」

「何を言う!?アタシは、絶ッっっっっっ対しずかちゃん!決まっとる!ソレ以外無い!ありえん!」

「ほおおおー、お姉ちゃん、絶対しずかちゃん……(ニヤニヤ)…そうか……お姉ちゃんは…しずかちゃんか……」

「え?」

「…そうか…(ニヤニヤ)…そうか…お姉ちゃん…じゃあ…将来…」

 私は無言で姉を見ている。

「え……と……………はッッッッッ!!!」

「……(ニヤニヤ)…」

「とっとっとっ…ととととと、とにかく!ぜっぜっぜっぜ、全国運動に、ししし、したいんよお!『ドラえもんの誕生日は、九月三日です!』とね!」

「お姉ちゃん…耳まで…」

 頭の先から、足元まで赤い。

「とっとっとっとにかく!こっこここここ、今宵はっこっここまでにいっいいたしとう存じまする!そそそそそ、そっそっそうだ!そうだそうだったああ!明日は『荒木飛呂彦』先生のお誕生日だった!そうだった!そーだった!そーだったのだああああ!でででで、でっでっでは、ささささ、さっさらばじゃあああ!」

「おやすみー」

 アカレンジャーは去っていった。


 数日後、小雨のつづく夕方、私たちが炊事をしていたところに、弟が飛び込んできた。

「カズ姉!カズ姉!カズ姉えぇぇ!」

「何?祐イチ!?イキナリ!」

「今日!聞いた!びっくりしたあー、たまげたー!アレ本当?ねえ、ホント?ねえねえねえカズ姉!教えて!あのハナシ!アノ話!カズ姉!カズネエ!ホンマ!?マジ?マジ?」

「何よナニ?なんのことやら、さっぱりワカランー!待ってユウ、まず、まずは何のハナシよ?」

「アレアレアレアレェェェッ!ボーリョク団カイメツ伝説ゥ!ホントォ?ねえ!ねえぇ?マジ!マジィ?マジィィィィィィ!」

「暴力団ねえぇ……ずいぶん話が大きくなったなあぁ…。不良グループでーソレー。暴走族やったかもしれん…」

「そーそーそーそー!ソレソレソレソレ!ジョウ治さんらあ三人で、カイメツさせたいう伝説!マジ?マジで!?ねえ、カズ姉!」

「その話か……まあ、ねえ…はあー…」

「ねえ、マジ?マジィ?マジーー?」

「あーソレー、私も耳にしたよー」

「あー、トモ美も知ってたよね…まあ、ねえー…ううーーんんンん…………」

「ねえ、お姉ちゃん。どうなん?ホントの話は?」

「アタシもよう知らんよー。あのひとらが学生のころのコトやもん…」

 ジョウ治師匠も渡賀さんも円村さんも、同じ高校出身。つまり私たちの先輩なのだ。

「アタシが知ってるのは、魔空やったか…風魔やったかな?なんか、そんなふうな名前のグループの、不良行為しよる団体を、三人でぶっつぶしたいう…」

「そー!そんなハナシ!バットか木刀一本でボッコボコにしたいうて!」

「そんなハナシになってるか…」

「今日きいた!オレ、今日きいた!学校で!でー『緒方んとこの知り合いの人?』いうて言われて!」

「お姉ちゃん、ユウずいぶん嬉しそう…」

「そうやねえ…男子中学生の『そこにシビれる!あこがれルゥ!』ってヤツやねえ…」

「でーオレ!『知り合いどころか、義理のアニキとその仲間!』て!」

「ババババ、バッカヤロウォォォ!許さんぞォォォ!」

 あかい赤いアカい紅い!

「それから、その仲間が『道の駅のオトコマエ』と『写真館の若ダンナ』いうことになって、女子が大騒ぎになって」

「そーか、あの二人は…」

「モテるんだよねえ、お姉ちゃん…」

「ジョウ治さんと三人で、つるんでるこことやら、ウチにも来ること話したら、女子がワンサカ詰めよってきて…このハナシの詳しいこと、教えろいうことになってねー」

「ユウ、あんたそんなに女子に囲まれたこと、無かったろう」

「まーユウのチカラじゃあないけどねー」

「まあまあ、お姉ちゃん。ユウに話ししてやってや、この話の真実を。私も聞きたい」

「ホンマかどーかアタシ、ホントに知らんのよー。悪のソシキも、三つあったいうハナシもあるけん…」

「お姉ちゃん、師匠に訊いてないん?」

「ずうっと前に…きいたことは……あるん…やけど…」

「どーやった!どーやった?カズ姉?おしえて!ねえ!教えて!」

「どうやったいうても…それが…そのこときいたら、あのひと…『いやぁ、ちょっとな…』いうてニヤッとして頭掻いた…」

「それから!それから?」

「それから…それっきり。ニヤっと笑うだけで、答えんかったよ…。だからアタシも、全然ホントのところはワカランのよー。ホンマに!残念やけど…」

「ええええええー…そーなんやー…カズ姉も知らんのかああああーー…ざーんねーん…」

「まあ、そのうちわかってくるろうねえ…あのひと、ああいうヤツら大キライやし…」

 一体………真実は……どう…なんだろう?


 ひ~げをつけたらぁ ドラえ~もん~ 終








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る