第16話 確保

「すいません!!自分の不注意で逃がしてしまいました。」


車に乗り込んで来るやいなや、ものすごい勢いで新人の敷島は謝ってきた。


「まぁまぁ大丈夫だよ、あれは我々も油断した面があったからしょうがない、気にすんな。」

「はい、すみません。」


そう言いながら、助手席にいる黒田が後部座席に座る敷島に上半身だけを向けて手を伸ばし、敷島の肩を叩きながら労いの言葉をかける。それを横目で見ながら私は尋ねた。


「それで敷島、どっちに逃げた?」

「えぇっと、この通りの交差点を五十メートル進んだとこで右に曲がって行きました。」

「ってことは駅に行ったのか。」

「はい、恐らく。」


それを聞くと、駅の方向とは別方向にハンドルをきり、車を加速させる。


「ちょっと部長、駅はそっちじゃないですよ。どこに行くんです?」

「待機中の班に押さえさせる。」


事前に駅には万が一に備えて神代香織の監視班の一部を無理を言って今回の作戦遂行前に回させていた。その班に取り逃した御見神総一郎と堂林裕美子を捕らえさせるつもりでいた。


「しかし、それでも後をつけないと逃げられませんか?それに堂林裕美子がいくら近いからといって最寄り駅に向かうとは限りませんし。」


敷島は任務達成できないのではと不安に駆られたのか再度私に尋ねてきた。ところがそれを傍で聞いた黒田がすかさず発する。


「お前は本当に馬鹿野郎か? その可能性があるからこそだろ。駅に目標の堂林裕美子が行くんだったら、駅で待機中の監視班がそのまま捕えるからこれでいいんだよ。」


黒田がこう言うのは、幸いにもここら辺一帯は住宅街で、逃げようにもタクシーなんかはほぼ巡回していない。バス停も最寄り駅(堂林裕美子が向かっている駅)にある一か所だけ。遠くに逃げるにしても徒歩以外は駅に行くか、駅裏のターミナルに行く以外に遠くへと逃げるための手段はない。

ところが敷島が言及したようにそうならなかった時、つまり、目標である堂林裕美子が駅に行かず、駅裏の方に逃げた場合、誰が彼女を捕えるのかという話になる。

それを防ぐためにも、今、この車に乗っている我々が向かうのはまず、駅ではなくバスターミナルとその近くにあるタクシー乗り場であった。


「それにな、お前が言うように目標を今追跡しても、作戦が失敗して頭に血が上った状態になってる俺達が追っかけたところで、どっかでボロを出してしまうのは見え見え。そんな状態じゃ相手が素人でも俺達を出し抜いて逃げることができる。そうなると作戦自体が失敗する恐れがある。ここはあえて頭冷やすためにも一旦引くんだよ。向こうに逃げ切れたと思わせて油断させればいい。そうすりゃ相手側からノコノコ現れる。そこを押さえりゃいいんだよ。」


黒田の言う通りだった。それに加え、目標の2人と直近で接触したと思われる家族や友人は神代香織ともう一人を除き、全員身柄をすでに押さえたと報告が本部から来ていた。それゆえに、誰かが車を出して堂林裕美子や御身神総一郎を迎えに来る協力者が現れる可能性もない。もうどうしようと彼らは詰んでいた。


「それとな、敷島、これはお前には悪いと思ってさっきは言わなかったが、要するにだ、お前の追跡行動は完全な無駄足だったってことだ。」

「そんな、、、」


とどめの一言だった。これは効いたのか力なく敷島はうなだれる。敷島が、私や黒田が所属する特務実行部に配属になってここ2ヶ月、一緒に仕事してきた中で彼にとっては今回が初めて、この部署らしい仕事をやる機会であった。それだけに気概十分で臨んだのであろう、この黒田からの痛烈な一言は想像以上に敷島にとっては響くものであった。


「そう落ち込むな敷島、新人にはよくあることだ。考え過ぎるな。次、頑張ればいい。」


これ以上黒田がしゃべれば折角引き抜いた新人も使いものにならなくなる。そう思って、黒田が次に何かを発するよりも先に答えた。


「はい、すいません、、、ありがとうございます。」


返答だけはしてくれたが、それでも落ち込んでいるというのは見てとれた。黒田もそれを察してか少し言いすぎたと思って、気を紛らわせるために胸ポケットから煙草を取り出し火をつける。


「黒田、さすがに最後のは言い過ぎだ。わざわざ言うことでもない。駅の監視班の準備のことは私とお前だけが初めから知ってたことで、敷島は知らなかったんだからしょうがないだろ。それに、お前が新人でも同じことをしたはずだ。後、タバコ吸うなら窓を開けろ。」

「へへ、すいませんねぇ。ちょっと熱くなっちゃったもんでねぇ。」


笑いながら言ってはいるがこれも狙って言ったものではないかとつい勘繰りを入れてしまう。


「ところで部長、対象Aの御身神総一郎はどうするんですか?このまま逃しちゃ部長もただじゃすまんでしょう?」


自分が責められるのが嫌なのか話の話題を変えてきた。ずるい男だ。


「あぁ、それなら問題ない。情報部が対象Aの御身神総一郎の携帯を通信傍受してる。それによると、対象Bの堂林裕美子と駅で合流して移動する旨のメッセージを送ったのを確認したそうだ。」


これは御身神邸で爆発があった後、作戦失敗の報告を駅の監視班に告げ、警戒態勢に移るよう指示し、しばらく次の一手を考えてる時に情報部の通信班から上げられてきた報告だった。

御丁寧に情報部は今回の作戦行動の実況中継を観戦していたという訳だ。まぁそれが彼らの仕事だからしょうがない側面はあるが、情報部というより'アイツ'に貸しを作る形になったのが釈然としない。


「そうですか、予想通りっちゃ予想通りですね。しかし、奴さんらは合流してでどこに行くつもりなんですかねぇ?」

「寛永寺だ。」

「寛永寺!?寛永寺ってあの寛永寺ですか?」

「そうだ。」

「はぁ、、こりゃまた遠い、、なんでまたそこへ?」


寛永寺は全国でも有名なお寺で、休日には観光客も多く訪れる人気の観光スポットだ。ここからだと県を1つ跨いだ下山にある。しかし、そこには対象AB共に誰も知り合いや親類縁者は住んでおらず、そこへ向かう理由は皆目見当もつかなかった。


「さぁな、そこに助けてくれる知り合いでもいるんだろ。そんなのは今の我々に関係ない。目的地に着いた瞬間に押さえる。それだけだ。」


本来なら目標も捕捉してるし、対象の2人が目的地に向かう理由が不明という不安材料もある分、さっさと捕えればいいのかもしれない。

しかし、先の行動で、準備不足かつ強行手段というのもあったがまんまと逃げられている。これを考慮するなら、黒田が言ったように相手が逃げようとする前に行動するんじゃなく、一度逃し、逃げ切れたと思わせ、油断している時を狙う。これが1番確実であるとふんでいた。


「それで、肝心の駅裏に着いてからはどう動くんです?集合地点に待機させてる実行班もこっちに呼び戻して動かすんですか?」


「いや、だめだ。負傷者が出てる。最初は無事なやつもいるから合流して次の行動に移すつもりだったがアイツらは一旦支部にそのまま引き上げさせる。その後のことは今待機させてる監視班と連絡をとって状況確認してからだ。確実に遂行したい。」


「まぁいつもの部長らしいですな、」

「・・・。」

(余計なお世話だ。)


こういう不足の事態が起きた時は即時撤退、状況確認、偵察を出し、そこから様子を見ながら機を窺う。セオリー通りではないかもしれない。が、これまでの経験上、焦って欲張ると失敗することのほうが多かった。他人からしたら慎重すぎるのかもしれないが私からしたら慎重すぎるくらい慎重で丁度いい。


おまけに今回の任務は急遽発令されたものにも関わらず上からは確実性を重視しろと念押しされている。ならなおのこと慎重にいきたい。


「ほら、おしゃべりは終わりだ。着いたぞ。」


そうこうしていると、バス乗り場やタクシー乗り場、ロータリーなどがある駅裏に着いた。その中のロータリーに車で侵入し、車をすぐに出せるよう、出口付近の空いていた駐車スペースの一角に停める。無線機を取り出して待機させてた監視班に連絡をとる。


「こちら狩屋、位置に着いた。KM2-2応答せよ。」


数秒空いたのち応答が来る。


「こちらKM2-2どうぞ。」

「こちら狩屋、状況を報告せよ。送れ。」

「こちらKM2-2、対象A、B共に発見、現在尾行中。両対象は電車を利用しての逃亡を計画中と思われ、20時03分発の在来線の本宮線に乗ると思われ、五番ホームにて待機中。どうぞ。」


それが聞こえてくると車内三人の微かな安堵の吐息が漏れた。続けて指示を出す。


「こちら狩屋、了解した。両対象をそのまま車両に乗せろ。その後接近、周りを固めて対象が降りるタイミングで確保しろ。送れ。」

「こちらKM2-2、作戦了解。行動に移る。アウト。」


「はぁ、これで一件落着かな。狙い通りに駅に行って合流してくれたか。」


横で聞いていた黒田はそう呟きながらやれやれといった具合にネクタイをゆるめる。


「しかし、新幹線を使わずに在来線で行くとは、なかなかやるなぁ。しかも寛永寺ってのは恐らくダミーだな。本当にあの2人素人なんですかねぇ。さすがに俺も少し恐ろしくなってきましたよ。」


黒田が言うのも最もであった。妙な違和感がある。目的地に早く着く新幹線に乗らず、わざわざ在来線で鈍行するというのは、目的地に行くことそれ自体が理由じゃないことを示している。というのも、仮に新幹線に乗車したとする。すると追っ手も同時に同じ車両に乗車していた場合、駅に頻繁には止まらない乗り物である新幹線に乗ることは自ら袋のネズミになりにいくようなもの。


ところが、各駅停車で、駅と駅の間隔が短い在来線の場合、例え前者のようなことになっても電車から降りられる機会が増えるため逃げれる可能性が大きくなる。また反対に、相手に降りたと思わせて自分は降りずにそのまま逃げ切り追っ手を撹乱することだってできるからだ。


この行動、そんなの当たり前ではと思うかもしれない。しかし、そう思えるのは落ち着いた状況かつノンプレッシャーな環境であるならその結論に辿りつけるであろう。ところが、追われていて、ましてや命の危険に晒されてると思い込んでる時に果たして普通の人間がそんなとこまで頭が回るかと言われれば疑問を呈さずにはいられない。余程の精神力の持ち主か日頃から訓練でも積んでないと咄嗟にそのように判断するのは難しいだろう。にも関わらずそれをやれている。こちらの行動を明らかに読んで動いているかのようにだ。


「部長、我々はどうするんですか?」


今度は敷島が尋ねる。数秒考えて、答える。


「監視班が目標を捕えたらこっちに引き渡してもらうために合流する。敷島、お前はこの車で駅の駐車場に行け。それから目標を乗せるための別の車を支部に言ってその駐車場に一台手配させてあるから、それに乗って目標が乗ってる電車を追走しろ。目標を監視班が確保した後にその車に乗せて帰投する。」

「了解。」

「それから黒田はここで降りて、監視班と合流、そこから班の直接指揮をしろ。それと後、敷島、こっちの無線機を持っていけ。」

「今度はミスるなよ。」

「ハイ!」


無線機を敷島に手渡した時に、もう一度彼の顔を覗くと、多少は元気を取り戻した様子ではあった。


「で、部長はどうするんです?」

「あぁ、私もここで降りて、一歩下がったとこから黒田、お前に指示を出す。だから無線は開いたままにしておけ。」

「了解。」

「それと当たり前だが確保のタイミングの時、1番現場近くにいる指揮官は黒田、お前1人になるがそれでも大丈夫だろ。」

「当然。」

「そうか、その言葉を聞いて安心した。いいか、もう失敗は許されないぞ。気を引き締めてかかれ!さっさと終わらせて帰るぞ。」

「「了解。」」


黒田と私はドアを開けて即座に駅の方に向かって早歩き気味に歩き始める。敷島も車を発進させて駐車場の方へと向かって行った。


「黒田お前はさっさと先に行け。私は車掌に事情を説明して、お前達の一つ後ろの車両に乗る。」

「了解。すいませんねぇ、部長にサポートに回って貰っちゃって。」

「いいから、さっさといけ。」

「了解。」


それだけ言い残し黒田は駅のホームへとそそくさと向かっていった。私は一度立ち止まりポケットの中からフリスクを取り出すと一粒口に含み、深呼吸をする。


(まだ終わってないぞ!ここが正念場だ!)


心の中で2回唱え、また歩き始める。

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思考の欠片 猪月頑瑛 @dutimo

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