第21話 オルフィの帰還

 やすやすとミアの侵入を許してしまったタラセドは存外、落ち着いていた。一人残ったオルフィへと意識がいく。

「ネメシスで我々に戦いを挑むことの無謀さを知れ、ベネの星読師」

 タラセドは再び玉座の間に背を向けた。

 懸念は残る。ハストラング、ハリス、そしてベルのことだ。姿の見えない敵がもっとも恐ろしい。情けない話だが、自分は障害を取り除き切れなかった。それでもタラセドの当面の敵として認められたことにまずオルフィは内心安堵した。ハストラングの安全を優先されてしまえば終わりだ。おそらく、今の自分では結界の中には入れない。

 とはいえ、分の悪い掛けではなかった。マレは弱肉強食だ。主への忠誠はもちろん備えてはいるが、それは『自分よりも強い』主に対するものであって個人にではない。いくら〈予言〉とはいえ、一度後れを取ったベネを今度は圧倒してほしい。それがタラセドの本音だろう。

「不利はお互い様でしょう。この限られた空間ではご自慢の翼も役に立ちません」

 軽口を叩きながらも頭の中では考えを巡らせていた。あらゆる可能性を吟味し勝機を探す。必死に考えるオルフィの耳が空を切る音を捉えた。

 反射的に右によけたオルフィの左腕に裂傷が走った。

「役立たず?」翼をはためかせ、タラセドは宙に浮いた「マレを舐めるな人間風情が」

 床すれすれの低空飛行で迫る。オルフィはその軌道上に岩壁を生成した。まっすぐ突っ込めば激突。が、タラセドよりも先に不可視の刃が飛び、岩の壁をまるでバターのように切り裂いた。次いで突撃するタラセド。オルフィは身を屈めることでなんとか回避するが、新たに占星術を発動する時間がない。驚異的な飛行速度だった。

 旋回しては高速で突っ込む。単調だが隙のない攻撃にオルフィはただ避ける他なかった。集中力を切らした瞬間が命取りだった。

 認識を改めざるを得ない。狭い空間は向こうにとって必ずしも不利には働かない。むしろ距離を取れない分、オルフィの方が攻め手に欠けて不利だった。とにかく攻撃を当てること。しかし駿敏な動きで攻撃を繰り出すタラセドに当てるのはまず無理だ。足を止めなくては。

 様々な方法が頭に浮かんでは消える。選択肢の多さにオルフィは驚き、やがて納得した。

 今ならわかる。何故トレミーは周囲の反対を押してまで自分に戦闘用の占星術ばかりを叩き込んだのか。〈転移〉や〈零時の鐘楼〉を始めとする日常生活では訳に立たない占星術を開発したのか。

 全ては極星の姫を守るため。ミアのためだけにトレミーは天星宮に戻ってきたのだ。

 オルフィは腕を下ろした。〈星〉の位置を変更。ホロスコープを完全に消して、タラセドと対峙した。

「覚悟を決めたか」

「僕の覚悟は決まっています。あなたはどうですか?」

 タラセドは鼻で笑い、オルフィ目がけて突っ込んできた。鋭い爪が身を切り裂かんとばかりに自分の伸びるのを、オルフィは『視』た。占星術で強化した身体は高速の動きを捉えて、受けとめる。が、殺し切れていない勢いがオルフィの全身に響いた。

「か……はっ」

 撞木で突かれたような衝撃に息が詰まる。嘔吐感と共に生ぬるい鉄錆の味がこみ上げ、オルフィは血を吐いた。視界がぼやけてすぐ目の前にいるはずの敵の姿さえ補足できない。遠のきそうになる意識を引き止めるためにもオルフィはタラセドの右腕を潰さんばかりに握り締めた。

「き、さまっ」

 タラセドの顔に焦りが浮かぶ。この至近距離で〈炎弾〉などの攻撃用占星術を炸裂させれば双方とも無事では済まない。オルフィが相討ち覚悟で挑んでくることをタラセドは恐れている。杞憂だ。マレと心中する趣味はない。

 自分は死ぬわけにはいかない。守るべき姫がいる。帰りを待たなければならない姫が。そのためには、もう手段を選ばない。

「もう遅いですよ」

 ホロスコープを再展開。残る〈星〉の全ての輝きをもって占星術を発動させた。座標の特定は既に完了している。失敗することなど全く頭になかった。ネメシスだからなんだ。大公直属の配下だからどうだというのだろう。自分は星騎士だ。トレミー=ドミニオンの弟弟子だ。兄弟子の遺志を果たすのは、自分の役目だ。

「ご招待致しましょう」

 オルフィは血のついた唇を歪ませ、凄絶な笑みを浮かべた。

「ようこそ、天星宮へ」

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