第22話 忌まわしい呪い

「お姫様ー、大丈夫ー?」

 遠慮がちにミアの腕にすり寄るジャックに、ミアは「ありが、とう」と切れ切れに礼を言った。

「たすけ、て、くれて」

「お姫様は相変わらず泣き虫だねー」

 無邪気で容赦無い言葉にミアは笑みが零れた。泣いている場合ではなかった。ベルと、イオを連れて帰らなくては。

「アトラスは?」

「大将ならーー」

「おやおや、とんだ番狂わせじゃないか」

 場違いに呑気な声と共にハリスが現れた。ベルが死んでいるのを見ても眉一つ動かさない。配下を一人残らず失っていても困っている様子もなかった。

「やはりベネの人間に任せたのが間違いだったかな?」

「ベルは死んだわ」

「見ればわかるよ」

 短いやり取りで察することができた。このマレがベルを利用し、そして切り捨てたのだ。ミアはゆっくりと立ち上がった。油断なくハリスを見据え、ホロスコープを起動させる。

「……あなたの目的は何?」

「教える義理はないと思うけど、ベルを倒した御褒美に教えてあげよう、極星の姫」

 悲痛に顔を歪めるミアを心底楽しそうに見つめながら、ハリスは語った。

「私の目的は〈不死の大公〉ハストラングを倒すこと。星騎士イオを奪ったのも、眠らされる恐怖を煽って極星の姫を天星宮から抜け出させるためだ。極星の姫をネメシスへと連れていき、ハストラングを倒すように仕向ける。その点、強硬に極星の姫を殺そうとするタラセドは邪魔だけどいい悪役だった。天星宮と奴に君の動向を流して襲わせたところに私の配下が救いの手を差し伸べれば、やがて信頼も得られると踏んでいたからね」

 しかし、ハリスの計画は序盤から大きく狂った。

「まさか極星の姫自ら星騎士イオ奪還のために動き出すとは思わなかったよ。おかげでベルには急遽君の旅の付き添いをさせる羽目になり、慣れないベネの地で満足に動けなかった我々は目立ってしまい、タラセド達に配下を殺されてしまった」

 しかし一番の妨害者はアトラスだったろう。揺さぶりのために仕向けた星読師やタラセド達をことごとく邪魔をした。全く想定していなかった駒が盤上で好き勝手に動いたせいで、ハリスはミアに接触することがなかなかできなかったのだ。

「大公を、同じマレであるあなたが倒すの?」

「ハストラングが星騎士を奪おうとして失敗した話は彼女から聞いただろ? まあ、古今東西計画に失敗はつきものだ。何度相手が生き延びたって、何度も殺せばいいだけのこと。〈予言〉が成就しないことは別段問題じゃない。許せないのは、大公が敗れたことだ」

 ハリスの目に怒りが閃いた。

「私が仕えていた大公は星騎士ごときに後れをとって、その後動こうともしないような愚か者だったんだ」

 ミアはジャックを後ろに庇うようにハリスと対峙した。敵対するか協力するか二択に一つの状況でも、心は決まっている。母とドミニオン導師を殺した者と手を組むことはできない。

「私を攫った時殺さなかったのは、やはり極星を狙ってのこと?」

「ハストラングが欲を出したんだ。私は殺せと言ったんだがね。とはいえ、血迷うのもわからなくはない。永遠に眠らせておけば害を成すことはできないのだから」

 絡みつくようなハリスの視線にミアは身を竦ませた。複製の存在を知った時と同じような嫌悪感だった。

 強固な防御結界に守られているからこそ、ハリスはミアにハストラングを殺させようとしたのだ。それがついえた今、彼が目的を達成させるにはハストラングよりも強い輝きを持つ〈星〉を手に入れることーーすなわち極星を、だ。

「軍師自らが戦うなんて、愚策中の愚策だ」

 自嘲の響きを含んだ声音は、存外落ち着いていた。

「どうしてそんなに、極星を狙うの?」

「私に言わせれば君が極星を守ろうとすることこそ不可解だね。北の大地を豊かに潤すかもしれないが、抱いている本人には何の恩恵も、もたらさない。君にとってはマレフィックよりもおぞましい死兆星だ」

 ミアは一歩後ずさった。ハリスは一歩踏み込んだ。

「ああ違うか」独り言のように呟く「おぞましいのは極星ではなく、それに群がる屑星どもだ。たいして痛くもならない物を差し出して、さも当然のごとく多くの代価を要求する。希望も、自由もーー命でさえも」

 ハリスは嘲笑った。その背後には眠れる騎士の姿がある。見えているのに、今はこんなにも遠かった。

「ベネの民が君のために何をしてくれたというんだ。現に今、君が窮地にあるというのに誰一人助けには来てくれない。共に戦おうともしない。そのくせ連中は安全な場所でがなりたてる。極星を守れ、使命を全うしろ、マレに奪われるくらいなら星騎士に殺されろ!」

「やめて」

「君が命と引き換えにしようとしているのは、そういう輩だ。さて最初の質問に戻ろう。そこまでする価値があるものかい?」

「あなたに渡すよりはずっといいわ」ミアは〈星〉の位置を変更した「来ないで」

 突き出すように掲げたホロスコープは新たな占星術の発動を示していた。〈星〉五つを用いる第一等級占星術。この術を発動させたら二人分の〈転移〉をするだけのエネルギーはなくなる。

「何も起きていないようだが?」

「もう終わったわ」

 帰りの心配をする必要はなかった。天星宮に帰るのは一人だけだ。

「私を眠らせたければそうしなさい。でも極星は手に入らない。あなたにような人には絶対に渡さない」

 トレミー=ドミニオンが開発した最後の占星術〈時計仕掛けの毒リンゴ〉。術者が任意に選んだ相手と自分に死の呪いを掛ける禁断の術だ。制限時間を過ぎるまでに術の効果範囲を抜け出すことができなければ、呪いをかけられた相手は死ぬ。逆に抜けられてしまった場合は術者が命を落とすもろ刃の剣ーーミアはそれをハリスに掛けた。

 あとは時間が過ぎるのを待てばいいだけだ。制限時間まで粘ればハリスは死ぬ。仮に、ハリスが効果範囲を抜けたとしてミアが死に、極星は手に入らなくなる。

 一度発動した〈時計仕掛けの毒リンゴ〉は術者の意思でしか解除はできない。たとえミアが意識を失っても効果は持続する。ミアかハリス。どちらかの死でしか終わらせることはできない。そして、どちらが死んでもミアの目的は達成されるのだ。

「何を仕掛けたのかは知らないが」

 ハリスは指を鳴らした。氷の矢ーーいや、細く、鋭い氷の槍が無数に現れ、ミアを取り囲んだ。もう、ミアの意思では防御結界を張ることはできない。

「心臓さえ動いていれば事足りるということを覚えておくといい」

 槍がミア目がけて飛ぶ。自動的に防御結界〈万華鏡〉が発動。飛来した氷の槍は不可視の壁に激突し、粉砕した。

「まずはこの障壁から壊そう。次は指、手、腕までいったら足、腿。腹と胸はなるべく避けるよ。首もね。早く終わってしまったらつまらない。女の子だから顔は後にまわそう。君の黒目も綺麗だから、潰すのは最後にしてあげる」

 ハリスは笑顔だった。心底楽しそうにミアをいたぶる計画を語った。

「何を言って……」

「君が極星を差し出すまで『説得』すると言っているんだよ。どのくらいもつか楽しみだ」

 ハリスは構わず次から次へと氷の槍を放ち続けた。雨の如く間断なく注がれる槍あられ。執拗な攻撃にさしもの障壁も耐えられず、亀裂が入る。

 段々と迫りくる死をミアは感じた。いや、死よりも恐ろしいことをされる予感ーーハリスの狂気と執念に怖気が走る。命を捨てる覚悟を決めていた。が、それが恐怖に圧倒されようとしている。

 恐怖を押しとどめていたものが決壊したのと、障壁が割れたのは同時だった。硝子の破砕音と共にミアを守っていた〈万華鏡〉が粉々に砕け散る。

「あ……」

 茫然とした呟きはどちらのものだったのか。中空で舞い散るようにきらめく無数の破片。星に似た輝きを持つそれらは次の瞬間、一斉にハリスへと飛来した。

 とっさに張った防護壁を突き破り、顔を庇う腕を、腹を、足を、切り刻む。さらに身体に貼りついた破片自体が発火。青い炎に包まれて、ハリスは絶叫した。

「ぐっあああああっ!」

 全身を震わせ、苦痛の悲鳴をあげながらもハリスは耐えた。力任せに炎を押さえ込んで鎮静。くすぶる残炎を振り払う足はおぼつかない。余裕の掻き消えた顔は驚愕に彩られ、ミアをーー自身を傷付けた不可視の壁を凝視する。

「そん、なはずは……っ!」

 信じられないもの目の当たりにしたかのように何度も頭を振る。予期せぬ反撃に対して、ではない。

「何故ハストラングと同じ術を!?」

 先ほどベルの命を奪ったハストラングの占星術と同じものだったからだ。

〈万華鏡〉は〈転移〉や〈零時の鐘楼〉と同じくトレミー=ドミニオンが後期に開発した攻防一体の占星術。占星術に限らず物理的攻撃に対して自動的に発動し、生成された障壁の許容量を超える攻撃を受けた瞬間に自ら砕けて反撃する。

 こと戦闘に関しては無敵と言うべき防御結界はしかしベネで扱えるのはミア一人、マレでさえも片手で足りるほど限られていた。おそらくトレミー=ドミニオンでさえも数秒が限界だっただろう。維持には膨大なエネルギーを必要として、普通の〈星〉ではまかなえない。

 裏を返せば、自分では扱うことのできない術をトレミーは開発したことになる。非凡な才が災いして生み出された失敗作ーーと天星宮では判断し、見向きもされていなかった。

ミアは早くなった鼓動を押さえるように胸に手を当てた。

「私も訊きたいわ。どうしてハストラングがドミニオン導師の術を知っているの?」

 心当たりは一つしかない。ベルだ。同じライラ導師の門下である彼女ならば、兄弟子が編み出した奥義を入手することだって不可能ではないはず。何故ハリスに〈万華鏡〉のことを教えずにハストラングに教えたのかはわからないが、ベルもなんらかの方法でハリスを出し抜くつもりだったならばつじつまは合う。しかし、自分が流出させた術が元で命を落とすとは皮肉なものだ。

「不測の事態に対処しきれなくなったか、ハリス」

 唐突にジャックから低い男の声がした。カボチャが宙で一回転。その下から勢い良く胴が突き出る。すらりと伸びた足が特徴的な長身痩躯。首にカボチャを据えた男が悠然と降り立った。

「……え?」

 呆気に取られるミアとハリスの面前で、男は頭のカボチャを取った。ざんばらな黒髪が現れる。小脇にカボチャを抱え、もう片方の手を首に当てて関節を鳴らしたのは、見知った人物だった。

「あ、アトラス……」

「よう、久しぶりだな」

 場違いな気安さでアトラスは挨拶した。そのくせミアとハリスのちょうど真ん中に割って入る足運びには隙がない。

「どうやってここに入り込んだ。結界を抜けるにはお前の〈星〉は力不足だったはずーー」

 ハリスの言葉が途切れた。アトラスが起動させたホロスコープで軌道に沿って旋回する〈星〉の数は二つ。予言宮に納められていたはずの〈星〉が動いていたのだ。

「どういうこと、だ……っ?」

「簡単なことだ。俺の〈予言〉が成就した。だから予言宮から〈星〉が解放された」

「馬鹿な。ハストラングはまだ生きている」

「じゃあ『極星を宿した者』が死んだんだろ」

 ハリスは目を見開いた。何か気付くことがあったのだろう。倒れ伏すベルを睨みつける。そこでミアも同様に〈予言〉の意味に思い至った。

「もしかして」

「ご明察」アトラスはベルを指差した「こいつが〈予言〉にあった『極星を宿した者』だ。考えたら、今現在極星を宿している者とは〈予言〉されていなかったな」

 たった数日。しかしベルは間違いなく極星を胸に抱いたものであり、極星の姫だったのだ。たとえアルディール王国の星読師達が捨て置いたとしても、天の星はそう認めていた。

「じゃあ、ベルがハストラングを滅ぼす者だったの……?」

「その点に関しては疑問を差し挟む余地はあるが、今となっては追究しても無意味だ。ハストラングの滅びの〈予言〉は終わった。お前は失敗したんだ、ハリス」

 アトラスはジャックを放り投げた。床にバウンドし、カボチャは転がる。

「ハストラングに続いて君までも裏切るつもりなのか?」

「少なくとも、お前の仲間になった覚えはねえな」

 失笑を伴う返答に、ハリスは不快を露わにした。

「ベネに加担するつもりなのかと訊いているんだよ」

「お前がやっていることはマレのためだとでも?」

「当然だ」

 ハリスは迷う余地もなく断言した。

「ハストラングは星騎士に敗れた。不死を誇るマレの大公が、ベネの星読師風情に後れを取ったんだ! 復活しても眠ったまま、〈予言〉に抗おうともせずに全てを放棄している。そんな奴を大公と仰げるものか!」

 失望と焦燥と憤怒。激情を剥き出しにするハリスに対して、アトラスはどこまでも冷ややかだった。少なくとも、表面上は。

「あくまでも〈予言〉は選択肢の一つ、従うのも抗うのもそいつが決めることだ。同じように大公を引きずり降ろそうが俺は反対しねえ。下克上、大いに結構」アトラスは一歩前に踏みだした「だがやり口が気に食わねえ」

 ハリスは一歩下がった。アトラスの怒気に圧されたかのように見えるが、いくぶんか冷静さを取り戻した彼の口元には余裕の笑みが浮かんでいた。

「君は私に手出しできない」

「何故そう思う?」

「簡単なことだ。私は強い。君はそれを知っている。万全ならばまだしも満足に星も動かせない状態で敵うはずがない。勝ち目のない戦いを挑む程、君は切羽詰まっているわけでもない」

 ハリスの指摘を無視して、アトラスは右手を胸の前に掲げた。ホロスコープを起動させるまでもなく、一言の詠唱でその手に黒い箱が現れる。見覚えのある箱だった。

「肝心なことを忘れているぞ。俺は自分の〈予言〉が利用されるのを黙って見ているほど温厚でもなければ、お前の計画を邪魔しないでやるほどの義理もねえ」

 アトラスは「ジャック」と名を呼んだ。刹那、床に転がっていたカボチャが発光。星を思わせるほどの眩い光を放つーーと、気づいた時にはミアの手は黒い箱の中身を掴んでいた。

「ミア、走れ!」

 叱咤する声に身が震えた。走れって、どこへ? 混乱する頭を置いて足は望む方へと動き出す。彼の腕を抱きかかえて、玉座の傍ら、支柱に身を預けるようにして眠れる騎士へ。

 ミアはイオの胸に飛び込み、抱きしめた。意思のない身体は冷たかった。自らの熱が伝わるように、ミアは抱擁する腕に力を込めた。力なく垂れ下がった片腕がミアを抱きしめ返してくれることはない。ミアの知る星騎士『イオ』はもう、いない。

「我は汝ーー」

「させるか!」

 火弾が足元で炸裂。衝撃でミアはイオと共に倒れながらも、誓約の言葉を紡いだ。

「なん、じはーー我なり!」

 押し付けるだけの、拙い接吻。七年前と変わりないーー違うのはミアはもう、守られているだけの姫ではなかったことだ。騎士を助けに単身マレの本拠地に乗り込むような姫になった。

(イオ、戦って)

 誓いのように厳かに、祈りのように切実に、願いを込めてミアは星騎士に口付けた。

(私と一緒に)

 背後に刃が迫るのがわかった。避けられる体勢ではない。〈万華鏡〉ではミア自身は守れても、そばにいる人までは守れない。防御結界を張る暇も、どんな占星術も間に合わない。薄れゆく意識の中、ミアはとっさにイオを突き飛ばした。

「な……っ!」

 視界が反転。ミアーーいや、星騎士イオはミアの身体が不可視の刃に裂かれるのを目の当たりにした。

ミアの腹から鮮血が飛び散るのと、痛みが爆発したのはほぼ同時だった。いくら意識が他の器に宿っていようとも、精神は本体が傷付いた痛みを容赦なく知覚してしまう。

「く、ぁ……」

 身体から意識が離れた時点で〈万華鏡〉は発動しなくなる。それゆえ、この事態は想定内だったが、麻痺などしない純然たる痛みは想像を絶した。が、逆を言えば、意識を失うことも星騎士の身体が痺れて動かなくなる心配はなかった。

 イオは痛みを無視して床を大きく蹴った。抜き放ちざまに右へ横一線。ハリスが発動寸前までためていたエネルギー球をーーそれだけを断ち切る。

 後ろに下がることで間一髪刃を避けたハリスは無防備になったイオに間合いを詰める。避ける間も、左の剣で受け止める間もなかった。

 イオは最初の勢いのまま身をひねり、右手に持った剣を繰り出した。

「二刀、だとっ!」

 剣光一閃。星騎士の刃はハリスの胸を深々と斬った。

「かっ、は……」

 身体が崩れ落ちる。胸に抱く星の輝きが、展開していたホロスコープごと消えた。

「さようなら」イオは片方の剣を鞘に収めた「もう二度と会わないことを願って」

 心臓の動悸が止まらない。痛みも増すばかりだ。イオは深く息を吐いた。まだやるべきことはあった。

 星騎士の身体を確認。抱きついた一瞬でつけたにもかかわらず、右腕は支障なく動いた。ケイルが知ったら大目玉になるだろう。丹精込めて修繕・管理する星騎士をまたしても乱暴に扱ってしまった。

 腹に感じる痛みは増していくが、イオの身体自体は至って綺麗だった。これならば、次の姫にも渡すことができるだろう。

 驚愕に凍り付いたまま天井を仰ぐベル。うつ伏せに倒れたハリス。眠ったように動かないミア。そして、玉座におわす〈不死の大公〉ハストラング。

 情け容赦なく責め立てる痛みが意識を引き剥がそうとする。その痛みに耐えるためにもイオは強く、剣を握り締めた。

「ハストラング」

 イオは宿敵の名を呼んだ。

「また会うとは思わなかったよ」

 返事はない。文字通り眠ったまま動かない大公は、まるで覚醒の時を待つ星騎士のように映る。マレフィック〈凶星〉の権化にベネフィック〈吉星〉の騎士を重ねたことに思わず笑みがこぼれた。どうやら思考能力すら衰えてきたようだ。

 なんだったのだろう。星騎士イオの中でミアは思った。ハストラングと自分は一体なんだったのだろう。

 こいつは母の仇だ。ニアンナを殺し、トレミー=ドミニオンを陥れ、幼い時から何度もミアを殺そうとした。そして、攫って閉じ込めた。倒したのに生きながらえて、今度はそいつの配下が星騎士イオの身体を奪った。ミアを殺そうとした。

 でも、ミアは死ななかった。

 ミアの抱く極星を手中に収めるため、ともっともらしく取り繕っても理由にはならない。ハストラングはミアを殺そうとしていた。にもかかわらず、殺さなかった。自分の破滅と知りながらもミアを眠らせておくにとどめたのだ。

 そして今、ミアーー星騎士イオはそのハストラングに刃を向けようとしている。復讐のためではない。ましてやアルディール王国の為でも。ただ、自分が生き残るために、だ。ハストラングと変わらないではないか。いや、相手に意識がない分もっと悪い。

 イオは自分の掌を見下ろした。多くのマレを傷つけ、殺した手は星騎士イオのもの。ミア=リコの手には汚れ一つ、ついていない。笑ってしまうような話だった。

(もう、たくさん)

 命を奪うのも、奪われるのも。

「殺さないのか?」

「ああ」

 イオは剣を鞘に納めた。以前問われた時とは違って、確固たる意志を持って。

「寝込みを襲うなんて、騎士らしくない」

 不意に、視界が揺らぐ。引っ張られるような感覚を最後にミアの意識が飛んだ。

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