第12話 ドミニオンの帰還

 かつて天星宮始まって以来の天才と呼ばしめたトレミー=ドミニオンが地図にも載らないような辺鄙な村で、羊や馬の世話をしているとは誰も思うまい。おかげで煩わしい追及から逃れることができてトレミーは平穏無事な日常を送っていた。羊の毛を刈ったりしていると今までのことが全て夢のようにさえ思えてくる。

 自分が星騎士に選ばれハストラングに敗れたのも、極星の姫が死んだのもーー苦い記憶は月日が経てば薄れてしまうのだろう。そんなことさえ考え始めた頃に、そいつはやってきた。

 故郷に戻ってからの来客者は、もしかしたら初めてだったかもしれない。納屋で馬の手入れをしているトレミーに向かって、一方的に用件を切り出した。

「いと高き天と地をあまねく照らす星々の名において」

 儀礼的な常套句の後に〈予言〉を告げる。よどみなく、淡々と。トレミーの都合などお構いなしに。その身勝手さはいかにも〈予言〉をする者らしいーーなどと呑気なことを考えていられたのは、そこまでだった。

「……あの子が、極星に?」

黒いフードを深く被ったマレが頷いた。

歳は十かそこらだろう。身長はトレミーの腰ほどにしかない。小柄な少年だった。たぶん。断言できないのは彼の首から上、頭がカボチャだからだ。目鼻にあたる部分は三角形にくり抜かれ、口は大きくギザギザに。魔除けのランタンを首に据え、漆黒のフードコートを纏う姿はーー場違いに可愛い。悪戯をたてに脅されなくても菓子をたんまりやりたくなる。外套の裾を引きずっているのがまたなんとも。

突然の来訪者に意識を向けていたら、催促するように馬が鼻面を押し付けてくる。トレミーは手入れを再開した。

「お前、名前は?」

「名は重要ではない」

「特にないのなら、ジャックでいいか?」

「聞け。そして手を止めろ」

カボチャ少年もといジャック(仮)は憮然としながらも去る気配を見せない。鉄櫛で馬のたてがみを整えるのを黙って見守ることしばし。

「……で?」やや焦れた声音で問う「どうするつもりだ」

「さあ」

「あまり驚いていないようだな。知っていたのか」

「いや全く」トレミーは肩を竦めた「これでも驚いているさ。俺の記憶が正しければあの子は生まれて二ヶ月。祝福式もまだ執り行われていない。それが、どうして」

そうさせたのはトレミーだった。

ミアの母ニアンナが死んだのは二週間前。悼む間もなく次の極星の姫探しに天星宮は心血を注ぐことになった。本来ならば生まれた月に行われる祝福式は延期となり、改めて日取りも決めていなかった。喪が明けるのを待たずして天星宮を去ったトレミーがその後を知らないのも無理はない。

「〈予言〉に意味も理由もない。ただ結果があるだけだ」

少年にそぐわない大人びたことを言う。

「祝福式は来週行われる」

「それも〈予言〉か?」

「アルディール王国にいれば誰でも知っていることだ。次の極星の姫も選ばれた」

早いことだ。ニアンナの死を引きずっている自分を置いて、どんどん先へと進んでゆく。

非情だとは思わない。国王も導師も、ニアンナに酷い仕打ちをしたわけではない。極星の姫に対して払うべき敬意も、然るべき警護もされていた。やるべきことはやっていた。王国に落ち度はなかった。トレミーもまた星騎士としてなすべき使命は果たした。

しかし、それはつまり、義務以上のことはしなかったということだ。

(俺は命までは掛けていなかった)

だから生き残った。一方でニアンナは死んだ。歴代の姫がそうであったように彼女は命を賭して極星を護った。たった一人で。

「新しい極星の姫も祝福式には出席する予定だ。もっとも半年後には姫でなくなるわけだが」

姫の任期としては最短。気まぐれに宿主をかえていく極星の行方を都度探すのは予言宮を持つ星読師の役目だ。

これまでがそうであったように天星宮はマレよりも早く極星の姫を見つけ出すだろう。極星の輝きが弱まりはじめたら即座に占星する。精度にもよるが一ヶ月もあれば新たな極星の姫ーーミアにたどり着くはずだ。これもまた最短。

しかし、次に生後間もない赤ん坊が極星を身に宿すこと、そしてハストラングが狙っていることを鑑みると、遅すぎる。まだ『誠心の刃』を装着することさえできない赤子だ。

今すぐにも極星の姫として天星宮に入れなければ。

誰かが警告しなければーー護らなければならない。

「話はわかった。それで? 俺にマレの内情を暴露するお前の目的はなんだ」

胡乱な眼差しを向ける。

「ベネの味方をするマレなんざ聞いたことがない。仮に親切心だとしても、だ。既に天星宮から離れた元星騎士に教える意味はあるのか?」

「予言を伝えろとハストラングに頼まれた。お前を選んだ理由は知らない。本人に言うよりは有益と考えたのやもしれない」カボチャの少年は投げやりに答えた後で何を思ったのか「自分が占った予言に携わる者の望みを一つだけ叶えることにしている」と小さく補足した。

「じゃあ俺の頼みも聞いてくれるのか」

「お前は〈予言〉に直接関係ない。却下だ」

愉快な見た目に反して手厳しい。トレミーは苦笑した。

ハストラングの意図はわからないが、親切心ではないことは確か。間違いなく罠だ。既に天星宮を去った者が戻って何になる。ましてや自分はハストラングに敗れた。再び関わることにより、かえって極星の姫を危険にさらすことになるかもしれない。行かない理由はいくらでも思い浮かぶが、どれも弱かった。

他人の助言や命令は選択肢の一つに過ぎない。予言もまた然り。羅針盤が北を示しても進路を決めるのは本人の意志だ。そして、自分の意志はもう決まっていた。

手入れを知った馬が色めき立つ。トレミーは鉄櫛を籠に戻した。

「どこへいく」

「帰るんだよ」トレミーは投げやりに答えた「祝福式には間に合うだろ」

この広い世界に強い星騎士なんざ星の数程いる。しかし姫の使命に寄り添えるのはきっと自分だけだ。

「……嘘だとは思わないのか?」

 トレミーは足を止めて振り返った。カボチャで覆われてはいるが小さなマレからは微かな動揺が見てとれた。

「マレの〈予言〉だぞ? そもそも予言宮を持つマレなんか聞いたこともないはずだ」

「嘘を吐きにわざわざこんな辺境の村まで来るとは考えにくい。仮に〈予言〉が真実なら俺は天星宮に戻る。嘘だとしても、そこまで手間を掛けた悪戯なら騙されてもいいとは思うからやっぱり天星宮に戻る」

 トレミーは苦笑した。そもそも、最初から嘘を吐くつもりの者から疑いを持たれる台詞は出てこない。

「どっちでもいいよ。結局決めるのは俺だ」

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