第12話 夏と祭と祭と男女

数多の出店が通りに並び、道ゆく人は着物を着てなんだか浮かれているようだ。かくいう僕の隣を歩く水薙も艶やかな着物に身を包んでルンルンだ。


「先輩、夏祭りですね!あ、タピオカ屋さんです!」


かれこれ何軒目かになるタピオカ屋を水薙が指差す。今日も今日とて水薙のテンションは高い。


「…、そうだな」


せっかくの彼氏彼女で夏祭りってことで僕は先ほどからさりげなく手を繋ごうと企てているのだが、タピオカ屋を見つける度にあちらこちらと動く水薙の手を捕らえることができない。さすがにノールックだと厳し目かな。


「先輩先輩、夏祭りってことで夏祭りあるあるです!いぇーい‼︎」


「え、急にどうした⁉︎」


どうしよ、テンションについて行けてない。


「第3位、気合を入れて着物を着て足には慣れない草履を履いてきたガールの鼻緒が不意に切れる。そしてそして、そのガールをボーイがおんぶして背中にあたる柔らかな感触を堪能する。え、私にはそんな柔らかいものなんてないじゃないか?安心してください。私、着物こそ着てますが鼻緒切れ対策で靴はクロックスです」


水薙はかつてないほど捲し立てた。それはもうツッコミ隙もないマシンガントーク。アルコールでも入ってる?


「とりあえず、クロックス履くくらいなら普通にスニーカーでよかったんじゃない?」


クロックスの時点で風情なんてないのにどうして草履の類似品に手を出した。普通に歩きづらいでしょうに。


「盲点でした。あ、タピオカすくいですって先輩!」


水薙が指差す方を見ると、水の入った水槽に大量のタピオカが浮いていた。察するにポイを使ってタピオカをすくう金魚すくいの亜種だろう。一回1000円とタピオカブームの終わりがけに挑戦的なプライスだ。


「やるの?」


長らく水薙と回っているが、今のところ水薙は何も買っていない。


「いえ、いいです。こういうお祭りってお値段高めですし雰囲気と7時からのだけでいいです」


ごもっともだ。なら、なんで長々と歩いてるんだと思うけど、いつもと違う街並みを散歩するのもデートと思えば楽しい。


「ところで、もう6時半近いけど動かなくて大丈夫なのか?」


「あと少しは大丈夫です。てことで、夏祭りあるある第2位です」


あ、それまだやるんだ。


「第2位は夏祭りの人混みに揉まれて道路に押し出されると運悪くトラックと衝突、そして異世界へ」


「完全に初見⁉︎あるあるなの?交通整備仕事しろよ」


第3位は漫画とかでわりとよくあるやつだけど、コレは多いっていえば多いけど夏祭り関係なくない?


「夏はトラックと少年を異世界へと誘うのです」


水薙は右手を顔にあてなんかカッコつけ言った。トラックも異世界行っちゃったか。


「先輩、そろそろ動きましょうか。付いてきてください。私のぷれしゃすしーくれっとぷれすに連れてきますよ」


水薙は出店の並ぶ通りから外れて住宅地の方へ進み始めた。目的地を言わないのは着いてからのお楽しみということだろう。因みに僕は未だに水薙の手を捕らえれてない。もう素直に提案しようかな。


「なあ水薙、手を」 


「おっと、先輩。全部は言わせませんよ」


僕が提案しようとすると水薙に遮られた。どうやら水薙も同じ想いだったようだ。ホントは男の僕から言いたかったが、譲ってあげるか。何せ僕は先輩だからね。


「もう、先輩はイケない人ですね」 


水薙は僕の手を掴むと、そのまま自身の臀部へと僕の手を運んだ。僕の手に感じる柔な感触と温もり…


「っはい?」


素っ頓狂な声が思わず出てしまった。慌てて僕は自分の手を水薙の臀部から離す。何故にこうなった?え?うれしい。え?


「あれ、私なんかやらかしちゃいました?は!もしかして直がよかったんですか!いやけど、でも先輩が望むなら」


暴走機関車水薙は話を自己完結させてしまっている。よっぽど今、興奮してんだな。


「落ち着いて、水薙」


一旦冷静にならないと話ができない。


「お乳もついでに?まさか胸でしたか、おっぱいでしたか、すいません。いやけど、私のは、その、ないというか。いえ、でもこんな貧相なモノでも先輩が望むなら!」


どうしよう、今は何を投下しても燃料にしかならなそうだ。落ち着いてとお乳もついでにって別に似てないからね。最初の2文字までしか合ってないからね。


「とりあえず公衆の面前だし声のボリューム下げてね」


今は出店が並ぶ通りから離れて住宅街を歩いているが、それでも人が多い。まだ致命的なワードは発していないが公序良俗に反する言葉を水薙が言うのはそう遠くないだろう。


「わかりました。人目につかない場所で」


「ちょっと誤変換がすぎるよ⁉︎え、どうしてこうなってるの?」


僕はただただ手を繋ぎたかっただけなのに。


「どうしてって先輩が求めたんじゃないですか!」


え、僕が悪い感じ?いや、まあ良いものは触らせてもらいましたけど。


「どこですれ違ったか知らないけど、僕はただ手を繋ぎたかっただけだよ?」


おそらく、ていうか確実にこれが伝わっていなかったのだろうと察す。以心伝心など存在しなかった。   


「え⁉︎痴漢プレイがしたかったんじゃないんですか?」


水薙が驚愕の色に満ちた声を上げた。僕、そんな性獣みたいな思考してると思われてる?ていうか、水薙が性獣なの?


「自論だけど、「手を」からいくら頑張っても「痴漢プレイ」に持っていくのは無理があると思うんだよね」


ていうか、大抵のワードは痴漢プレイに持っていくのは無理がある。なんなら、痴漢プレイに無理がある。


「そうですか?…ん、先輩、ヤバイです!アレの時間がもうすぐです。走りますよ」


言うが早いか水薙は僕の手を掴むと走り出した。水薙の手は柔らかった。確かに柔らかった。だが、


「さっきもっと柔らかいモン触っちゃったからなぁ…」 


なんというか言葉にするのが難しい虚しさがある。


「先輩、喋ってると舌噛みますよ」


水薙はクロックスにも関わらず僕の全力よりも速く、僕が引っ張られる形になった。さすが運動部というべきか。


 数分後、辿り着いたのはが一棟のマンションだった。なかなかに立派な高層マンションだった。


「ここは?」 


マンションなのはわかるし、ここの前を通ったこともある。でも、このシチュエーションでここに連れて来られたいということは、もしやもしかすると、


「私の家です」


水薙は自慢げに胸を張って答えた。唐突の彼女の家に行くイベントが開幕したのだ。


「マジか」


しーくれっとぷれいすではないじゃん。てか、この時間帯ならご両親がいる可能性も高いし、そもそも女子の家に行くなど初めてだ。急に緊張してきた。


「マジですよ。あ、安心してください。両親は今日いません。おっと、そろそろ時間まで近いですね。チャンスは一度きりですので逃せません。早く行くましょう」


水薙は慣れた手つきでパネルをタップして、マンションの入り口のロックを解除した。


「チャンスって?」


別にこれから行われることに一度きり性はないはずだが。


「私、先輩と夏祭り行くって決まったときからやりたいことがあったんです。さあ、夏祭りあるある第1位です!夏祭りで良き雰囲気になった男女が愛の囁きをするが花火の音でかきけられる。私、それがやりたいんです!」


水薙は両手を広げて語った。


「確かにあるあるだけど、狙ってやるもんじゃないよね」


花火の時間に合わせて愛を囁くのも難しそうだし。


「そう言わずに、先輩は純粋に花火を楽しみにしてるだけでいいんですよ。私が花火と合わせて愛を囁くので「え、なんだって?」って言ってくれるだけで充分です」


「あ、水薙が囁くサイドなんだ」


自然と僕が囁くもんだと思ってた。


「さ、先輩、行きますよ!けど、文字数的に次話ですね。さあ、さあ!」


ま、さっき僕も良い思いしたし、次は水薙が良い思いする番か。僕は別に特別なこと言わないでいいっぽいし、付き合ってやるか。でも、水薙の愛の囁き聞きたいし、全力で聞き耳たててやろ!

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